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第3話 覚悟はできた?

 制裁―――その言葉に頭の芯が“じん”と痺れる。

 だが、日南ひなみの顔を思い出すと恐怖と罪悪感が胸を覆う。



 Yu-no『どうしたの? 不安?』


 Keisuke『正直 ちょっと怖い』



 指が強張って上手く動かない。


 日南に逆らうなんて考えたことがない。

 いままでずっと彼女は強者で、俺は弱者だった。


 俺の弱気を払うように、Yu-noの言葉が俺に降りかかる。



 Yu-no『怖がることなんてない』

 Yu-no『強者は 君』



 俺が……強者?



 Yu-no『恋愛は惚れた方が負け』

 Yu-no『惚れられた君が 勝ってるの』


 Keisuke『でも』


 Yu-no『勝者の権利を行使する―――』



 ウィンドウに流れてきたその次の言葉に、俺は思わず目を伏せた。



 Yu-no『―――今まで君がされてきたことだよ?』



 ……そうだ。俺がいままで受けてきた仕打ち。

 彼女に感じている後ろめたさは、決して彼女自身に対してのものではない。


 されていたことを返すのは―――本当にそれほど悪いことなのか?




 Yu-no『覚悟はできた?』



 俺は椅子に座り直すと、背を伸ばしてキーボードを叩く。


 迷いはない。

 指はもう思い通りに動く。

 


 Keisuke『何からすればいい?』



 ――――――

 ―――――――――



 放っておけば時間は過ぎ、朝は来る。

 どんなに嫌でも、無関心でも。


 ―――階段を上る無遠慮な足音。

 俺は深呼吸をしながらそれが近付いてくるのを待つ。



「あんた、いつまでも寝てるんじゃ―――」



 乱暴に扉を開けた日南は怪訝そうに眉をしかめた。


 朝から彼女が来るとき、いつも彼女と視線を合わせたく無くて布団をかぶっている。

 だが今日は既に身支度を整え、作り物の微笑で彼女を待ち受ける。



「おはよう、日南」

「……あんたにしちゃ珍しいわね。感心じゃない」



 日南は用心深げに部屋を見回す。



「数学の宿題は?」

「ああ。それならデスクに置いてあるから写しちゃって」



 素直な俺を気味悪そうに睨みながら、椅子に座る日南。

 俺はその背中を見ながら、Yu-noに教えられた通りに頭の中で繰り返す。



 ―――日南は―――この女は、俺の事が好きだ。



 日南がページをめくる音に耳を澄ます。

 そして彼女が二度目にページをめくった所で、俺は静かに立ち上がった。


 ノートを走る日南のシャーペンが止まった瞬間―――

 計算通り。俺は日南の背後に立っている。


 日南の指がイラついたようにシャーペンをクルリと回す。


 

「ちょっと、啓介! ここ式が書いてないじゃ―――」

「ああ、ごめん。抜けてたね」



 間髪入れず、俺は日南の身体に覆いかぶさるように手を伸ばす。



「っ!」



 日南の息を飲む音が聞こえる。

 俺は構わずそのまま日南の右手を握り、ノートの空白を埋める。



「公式を入れるだけだし、覚えておくと便利だよ」

「ちょっと、なに触ってんのよ!」



 日南は俺の手を振り払う。



「ああ、ごめんね。日南、急いでると思って」



 ―――口では謝りながらも決して申し訳なさそうにしてはいけない。半面、偉そうにしてもいけない。


 ―――ただ淡々と、思いやりと余裕を……装って。



「啓介のくせに調子乗らないで」

「分かったよ。それより時間、大丈夫?」

「誰のせいよ!」



 苛々を隠そうともしない日南に、俺は苦笑いをしながらベッドに腰かける。


 ノートを叩きつけるシャーペンの音を聞きながら、俺は重なるように響く心臓の激しい鼓動に気付く。


 ……表面は平静を装いながらも、脂汗が止まらない。

 日南に対する恐怖。思ったよりも深い所まで沁み込んでいる。 



 俺は汗を拭う。


 これまでは問題ない。

 展開も日南の反応も、全部想定内だ。

 

 答えをすべて書き写したのか日南がノートを閉じる。



「ねえ、啓介あんた今日―――」

「なに?」



 日南は言いかけると、俺の顔を見たまま首を振る。



「何でもないわ。ねえ、それよりもう着替えてるんなら―――」

「分かってるよ。日南が出てから時間をおいて出ていくんだよね?」

「……そうよ。良く分かってるわね」



 ―――Yu-noに教えてもらった通り。余計なことは言わない。


 部屋を出た日南が階段を下りる音を確認すると、俺は飛びつくようにパソコンのモニターを付ける。



「……どうだった?」



 俺がマイクに向かって言うと、Re-liance(リライアンス)のチャットウィンドウにメッセージが現れる。



 Yu-no『うん 良かったよ』


 Yu-no『種まきは 順調だね』



 ……マイクに向かって話す俺と、チャットウィンドウ越しのYu-no。

 どことなく寂しさを覚える。



 Yu-no『さっき喋ってた女が 雁ヶ音日南だね』


「あれ、フルネーム教えてたっけ」



 俺の質問にしばらく間が空く。



 Yu-no『まずは彼女に 知ってもらわないと』



 返ってきたのは別の答え。

 俺は少し怪訝に思いながらも問い返す。



「知ってもらうって……何を」


 Yu-no『君が彼女の一番の味方だってこと』


「……え?」



 どういうことだ?

 日南に思い知らせるためにやってることなのに、俺が日南の一番の味方だって?



「それってどういうこと?」



 Yu-no『追い詰められた時 彼女は君にすがってくるわ』


 Yu-no『一番の味方の君に』


 Yu-no『ボロボロになって 最後の最後に―――実は好きな君に』



 日南が―――追い詰められる?

 追い詰められるような何かが起こるというのか……?


 そして追い詰められた日南が最後にすがってきた時―――



 Yu-no『最高の瞬間が待ってるんじゃない!』



 ……俺の額から引いたはずの汗が再び流れ出す。


 いや、覚悟は決めたはずだ。

 Yu-noと、俺はやり遂げる。


 俺の沈黙をどう受け取ったのだろう。

 届いたメッセが俺の瞳に映る。



 Yu-no『ねえ、Keisuke  わくわくするでしょ?』

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