第26話 這い寄る悪意
誰もいない教室。
グラウンドから朝練をする生徒の掛け声が聞こえる。
昨夜はRe-lianceにもYu-noの姿は無かった。
電話も通じず、メールにも返事は無い。
結局何もできず、ただ早い時間にこうして教室で座っている。
―――昨夜Yu-noに気持ちを伝えた。
好きだとか愛してるだとか、二人の間では安っぽく思えて、それでも言葉の限り想いを伝えたつもりだ。
そして、Yu-noもそれを受け止めてくれた―――
……そのはずだ。
にも関わらず陥っているこの状況。
俺は何を間違ったのだろうか。
なんとはなしに日南の机を眺める。
窓から入る陽の加減なのだろうか。
机の上、何かが白く光っている。
……なんだろう。
俺は微かな不安を覚えながら日南の席に近付く。
小さな光沢のある紙片が乗っている。
……写真?
近付くにつれ、写真を照らす陽の光の筋がズレて、その中身が見え始める。
――頭が理解する前に身体が気付いた。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
肌も露わな少女がシャワーを浴びているその写真。
DVD『片翼の天使』の初回特典。
10才の日南の裸身だ。
それが机にテープで丁寧に貼ってある。
俺は写真を引きはがすと残ったテープを爪で剥ぎ取る。
力任せに机を擦っていると、表面に血が広がる。
爪が割れたのだ。
俺は反対の手でテープをすべて剥ぎ取ると、ハンカチで血を拭う。
写真をポケットに押し込み、誰もいない教室を見回す。
―――誰だ?
俺が来るより前、誰かがいたのか?
それとも昨日の晩、誰かが貼っていった?
考えても答えは出ない。俺はスマホを取り出す。
コール音がやたら長く聞こえる。
5回目のコールでようやく繋がる。
『……なに?』
「日南、今どこにいる!?」
『車の中よ。どうしたのよ朝から』
「なにか身の周りで変わったことは無いか?」
唐突な質問。
日南が黙ったのも無理はない。
「あの……日南?」
『あんたの他には何もないわよ。迎えにでも来て欲しいの?』
日南の口調が苛立ちと気安さの間を揺れている。
「大丈夫。もう学校にいるから」
『何なの一体。怖い夢でも見たのなら、頭くらい撫でてあげるけど』
……何を言えばいい。
君を陥れようとしていたら、相棒が動き出したので気をつけろ……?
馬鹿な。言えるはずもない。
俺は日南から見えもしないのに首を振る。
「……何もないならそれでいい。気をつけて」
それだけ言って電話を切る。
俺は苛立たし気に拳を握り締める。
……認めざるを得ない。
俺は心の中でYu-noを嘘つき呼ばわりしていたが―――
自分も何一つ変わらないということを。
――――――
―――
「前々から怪しかったけど、三井の奴そこまでやるか……」
唐澤は腕組みをしながら悔しそうに目を伏せる。
……俺の心配とは裏腹に、午前中は何も起こらなかった。
まずは心配事を一つ片付けようと昼休みに唐澤を呼び出したのは、皮肉にも昨日三井と話した階段の踊り場だ。
「あくまでも俺の想像だ。でも引き続き注意はしてくれ」
「分かった。もしアカ姉に危害が及ぶようなら容赦はしないけどな」
「おい、せっかく何事もなく済んだんだ。暴力沙汰はやめてくれよ」
並んで階段を下りながら、唐澤はふざけたように力こぶを作って見せる。
「これまで三井の“オイタ”を随分庇ってやってたんだ。怪しい動きをしたら“教育的指導”だな」
どちらにせよ唐澤なら荒事までには至るまい。
と、スマホを取り出した唐澤が不思議そうに画面を見つめている。
「どうした」
「啓介、クラスのグループLINEになんか変なの来てないか?」
「変なのって?」
「アダルトサイト……かな。俺の趣味じゃないな」
男子生徒のいたずらか。
しかし、クラスのグループに送ってくるとは随分といい根性をしている。
「つーか送ってきたユノってやつ、誰だっけ。うちのクラスに居たか?」
「!」
思いがけない名前に心臓が飛び跳ねる。
慌ててスマホを取り出し、LINEを起動する。
メッセージに添付されている画像は―――見間違えるはずもない。
日南のDVDのパッケージ写真だ。
そしてメッセージの送り主は―――Yu-no
「おい、啓介!」
気が付けば俺は走り出している。
俺は唐澤の声を背に教室に飛び込んだ。
そこに日南の姿は―――ない。
帰宅部の俺には数秒の全力疾走すら荷が重い。
教室の入り口で息を整えながらクラスメートたちの様子を窺う。
謎のグループメッセ。
クラスの連中は教室のそこかしこで、スマホを手に盛り上がっている。
「なにこれ。ウイルスとか?」
「ユーノとか誰だよ。何この写真」
「懐かしいな。茅ヶ崎姉妹の姉の方だろ。俺このDVD持ってたし」
「マジかよロリコンじゃん」
「男子サイテー」
……落ち着け。
俺は胸に手を当てて深呼吸をする。
クラスの連中は茅ヶ崎ミサが日南だと知っているわけではない。
……いまはまだ正体不明の誰かのいたずらだ。
昼休みの話題に使い潰されれば、明日には誰も話題にすら出さなくなる。
俺は周りと目を合わせないように自分の席に向かう。その矢先。
「ねー、これ日南に似てない?」
教室に響き渡る無遠慮な大声。
声の主は薬師湯女。
日南の取り巻きの一人で、俺にも悪意のこもった『イジリ』を向けてくる一人だ。
クラスの視線が薬師に集まる。
視線を感じた薬師は得意げに足を組み、スマホをヒラヒラと振って見せる。
「茅ヶ崎ミサってあたしらと同い年でしょ。日南、引きこもりの妹がいるしピッタリじゃん」
こいつ、突然何を言い出した?
睨むような俺の表情に気付いたか、薬師が俺を手招きする。
「ねえ、ワンちゃん。これ日南って本当?」
「そんなわけないだろ。学校でそんなもの見せないでくれ」
……落ち着け。
こいつの目的はともかく、騒ぎを大きくする訳にはいかない。
俺は心の中で6秒数える。
「ワンちゃん、言っちゃいなよ。あんたいつも日南に酷い目にあわされてるでしょ?」
「だから違うって。日南とは昔からの付き合いだけど、全然違う」
装った素っ気なさ。却ってそれが答になったのか。
薬師のピンク色に彩られた唇が皮肉に歪む。
「そお? 年齢だけじゃなくて、見た目もそっくりじゃん。日南がこっちに来た時期と引退したのも同じ時期だし、本人としか―――」
「止めろ!」
我慢の限界だ。
俺は薬師の机に手の平を叩きつける。
「つまらない噂を広めるのは止めてくれ!」
「涙ぐましい忠犬ぶりじゃん。ひょっとして、ご褒美でいつもこんな格好してもらってるの?」
薬師はスマホの画面を俺に見せ付ける。
幼い日南の肌が俺の視界を白く染め上げる―――
「ねえ、ホクロの位置とか分かれば、本人が特定―――」
「―――!」
無意識の内に振り上げた俺の腕を、力強く抑える感触。
唐澤が二人の間に割って入る。
「薬師。そろそろ止めとけ」
「なにさ唐澤まで。あんたまで日南のワンちゃんに立候補なの?」
「まさか。俺は雁ヶ音のお嬢さんは苦手だな。おっかないし」
唐澤は俺の手を放し、厳しい目付きで薬師を睨み付ける。
「じゃあ口挟まないでよ」
「だけどあいつもクラスメートだろ。つまんねえ噂流してんじゃねえよ。不愉快だ」
薬師は思わぬ援軍の登場に戸惑いつつ、強気な表情を崩さない。
「あんた本気で日南の犬になったの? ご褒美になに貰ったのよ」
「相手が誰とか関係ねえよ。クラスメートが理不尽な目に会ってたら誰でも手を貸す―――困ってるのが薬師、お前でもだ」
睨み合う唐澤と薬師。
張り詰めた空気を破るように、剣道部の山口が巨体を揺らしながら皆に呼びかける。
「とにかくこんな悪趣味なの消そうぜ。お前ら、こんなん彼女に見られたらフラれるぞ」
「山口の言うとおりだね。こんなのみんな消そうよ」
クラス委員の相浦がそれに乗り、皆に見せつけるように例のメッセージを削除する。
「そういや山口。あんた彼女いないでしょ」
「折角いい話だったのにそれ言うか?」
二人の軽口に笑いが漏れる。
それを見た周りのクラスメートも同じようにメッセージを消していく。
そして、睨み合いから最初に降りたのは唐澤だ。
苦笑いしながら、薬師の前でメッセージを消す。
「薬師―――」
「分かったわよ! 私も消すわ。発言は撤回する。それで満足?」
「悪い。お前が悪者みたいになっちまって」
「慣れてるわよ。どうせ私はこんな役どころだし」
薬師は不貞腐れたように唇を尖らせる。
……俺はただボンヤリと流れる目の前の光景を眺めていた。
無論、この流れに反発してその場を去る連中もいる。
関わりたくないと無視を決め込む奴もいる。
しかし、このやり取りでクラスの流れは決まった。
今回のことは―――なかったことにする。
日南の過去には触れない、大人の対応ということだ。
だが、これで本当に解決した……のか?
クラスの誰もが日南の過去を知っている状況で、今まで通りに過ごせるとは―――
「啓介、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。それより日南はどこ行った?」
明日からのことはいい。今は日南の居場所だ。
周りの連中が顔を見合わせる中、山口が気まずそうに話し出す。
「お前が来る前、急に血相を変えて出ていったけど―――」
当然だ。
クラスのグループLINEなのだから、日南が見ていないはずはない。
そして送り主の名はYu-no。
Re-lianceのアカウントを消されたとき、日南の口からYu-noの名前が出たのを覚えている。
Yu-noと俺が手を組んで自分を陥れた。
それが日南の目に映っている真実で、何より重要なのは―――
それが事実だということだ。
――――――
―――
下駄箱に日南の靴が無いことを確認すると、俺は人の流れに逆らい校舎の外に出る。
昼休み終了のチャイムが、遠い世界で鳴っているかのように身体を通り過ぎていく。
日南を探しながらも、同時に見付かって欲しくない気持ちを否定できない。
彼女に会ったとして何を話せばいいのだろうか。
Yu-noの提案に乗ってから。
日南と決別し過去の清算をするために、Yu-noと共に自分自身を変えてきた。
皮肉なことに、その過程で日南と向き合う覚悟を身に着け、違った形で過去を受け入れ始めていた。
……昨晩のYu-noの言葉の通りだ。
日南の呪縛から抜け出し始めた今、彼女への制裁だとか復讐なんてどうでも良くなっている。
思えば日南は哀れな被害者に過ぎない。
家族の温もりが指の隙間から零れ落ちていくのを、ひたすら一人で耐え続けた小さな少女。
……そして俺は加害者だ。
Yu-noと二人掛りで、日南の唯一の居場所を奪おうとしている。
胸を締め付ける罪悪感と憐憫。
俺にそれを感じる資格があるのどうかすら分からない―――
考えのまとまらないまま掛けた電話は、予想と異なりすぐに繋がった。
「日南?! 今どこにいる?」
返事は無い。
砂嵐のような静かな雑音。
回線の向こう側から伝わる静かな息遣い。
俺は深呼吸をして心を落ち着かせると、静かに語りかける。
「もしもし。どこにいる? すぐ行くから動かないで」
『―――な―の?』
サーッと流れる雑音に交じり、かすれた声が聞こえて来る。
「日南?」
『…………あんたなの?』
……違う。
そう言いかけて、言葉に詰まる。
……違う、だって?
Yu-noが勝手にしたって言うつもりか?
俺は止めたのにって言うつもりか?
ここまでするつもりは無かったって?
こんなことになるなんて思って無かったって?
どれこもれも言い訳にもならない。
確かに最初はYu-noが言い出したことだ。
でも、最後は俺が選んだのではなかったのか。
俺は出もしない唾を飲みこむと、言い訳をするように、喘ぐように言葉を絞り出す。
「日南、会って話をしよう。俺は―――」
ブツリ、と通話の切れる音。
日南に電話を切られた。
そのことに気付くのに時間がかかった。
我に返ってリダイヤルをする。
まもなく繋がったスマホに向かって、俺は叫ぶように呼びかける。
「日南! 話を―――」
俺の言葉に被るように、冷静な女性のアナウンスが流れ出す。
―――この電話は、お客様のご要望によりお繋ぎできません。
――――――
―――
俺の前にお茶を置くと、光枝さんが応接室を出ていく。
扉が閉まるのを待っていたかのように、夜縁は疲れの隠し切れない顔で無理に笑って見せる。
「お兄ちゃん、ありがとう。わざわざ来てもらって」
「こちらこそ、わざわざ迎えの車まで出してもらって」
……日南が姿を消してから一晩が経った。
家にも帰らず、昨日の昼に電話を切られてから一切連絡が取れていない。
「夜縁ちゃん、昨日は大丈夫だった?」
「うん。光枝さんが泊ってくれたから寂しくなかったよ」
光枝さんは通いの家政婦だ。
掃除や料理は別に業者のサービスを使っているので、彼女は夜縁の専属と言っても良い。
俺はガランとした応接室を見回した。
部屋にいるのは俺と車椅子に乗った夜縁だけで、建物の中もやけに静かだ。
「おばさんは? どこかに探しに行ってるの?」
「ママは―――そうね、とても心配しているわ」
……心配?
娘がいなくなって一晩経ったのだ。
心配するのは当然だ。
しかし困ったように首を傾げる夜縁の態度に、俺は違和感を覚える。
「……ひょっとして、こっちに居ないの?」
「先週から北海道に行ってるの。大事な用事なんだって」
……どういうことだ? 娘の家出より“大事な用事”……?
「どういうこと? おばさん、本気で戻ってこないつもりなの?」
「……なんで夜縁に言うの?」
夜縁は泣き笑いのような表情で、ゆっくりと首を振る。
「ママが戻ってこないのは夜縁のせい? 夜縁が何か悪かった?」
「ごめん……夜縁ちゃんは悪くないよね」
……駄目だ。
俺の何倍もつらいはずの夜縁にこんな顔をさせてしまった。
しかも俺に夜縁の母親を責める資格なんてない。
「……ううん。お兄ちゃんもほとんど寝てないんでしょ? 学校も昨日から行ってないって」
俺の様子を見てどう思ったのか。
反対に夜縁が俺を気遣ってくれている。
……昨日の昼から明け方まで日南を探し回ったが、なんの収穫も得られていない。
無理もない。
何の手掛かりもなく、ただ街中を駆け回っていただけなのだ。
……正直に言えば。
休みなく日南を探し回っていたのは、雁ヶ音家に立ち寄るのを避けるため―――だったのを否定できない。
だから今朝、夜縁から連絡をもらった時は、怯えると同時に安堵も感じていた。
「お兄ちゃんに朝から来てもらったのは他でもないの。朝早く、お姉ちゃんから電話があったの」
「日南から!? 元気なの? 何て言ってた?」
矢継ぎ早の質問を黙って受け流すと、夜縁は確認するかのようにゆっくりと話し出す。
「電話は光枝さんが受けたの。少し頭を冷やしたいから探さないで欲しい、とだけ」
「警察には連絡したんだよね。発信位置の特定とかしてもらえないの?」
「事件性が無いからそこまではしてくれないんだって。単なる家出の扱いだから」
夜縁は真面目な表情で俺を正面から見つめる。
「夜縁ちゃん?」
「……お兄ちゃん、昨日学校で何があったの?」
昨日から避けてきたこの問い。
俺は思わず目を逸らす。
「……ごめん、夜縁ちゃん」
「夜縁はね、謝って欲しいんじゃないの。何があったのかを知りたいんだよ」
「日南が茅ヶ崎ミサだってことが……クラスの皆にバレた」
重い沈黙。
どのくらい経ったのだろう。
夜縁は長い溜息を漏らす。
「バラしたのは俺とYu-noだ」
「……Yu-noが? どうして?」
「俺のために動いてくれたんだ。俺が日南と縁を切るため……日南を突き放すために、Yu-noに協力をお願いしたんだ」
……俺はまだ顔を上げることが出来ない。
伸びた爪に視線を落としながら、次に繋げる言葉を探す。
「ごめん……俺がちゃんと日南と向き合って、話し合うべきだった。こんなことになったのは全部俺のせいだ」
―――綺麗ごとだ。
罪の告白のはずが、それですら言葉を選び自分を守ろうとしている。
……仕方ない。俺はそんな人間だ。
今までそうやって生きてきて、きっとこれからもそうやって生きていく。
俺は顔を上げ、夜縁の瞳を正面から見つめる。
「だから……夜縁ちゃんも気を付けて欲しい」
「夜縁が?」
「Yu-noは俺のために周りを巻き込むことも厭わない。君への悪意は無くても、君が被害を受けることもある」
言いながら夜縁の様子を窺う。
幼い彼女は俺の言葉に傷付くだろか。
それとも混乱、否認……どのような反応を示すのか。
不安に待ち受ける俺の前、夜縁から出た言葉は予想外のものだった。
「……自業自得だよ」
「自業自得……?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃん……。なんだか変な関係だったもん」
夜縁は大人びた表情で俺に笑いかける。
「気付いてないと思ってた? お姉ちゃんの部屋で何をしてたか―――夜縁、知ってるよ?」
「……!」
秋野市に移ってからも、しばらく俺と日南の爛れた関係は続いていた。
俺の家だけではない。
この屋敷でも何度かそうなった記憶がある。
しかし……夜縁に知られていた?
これは……ブラフか? それとも本当に夜縁は知っていた……?
「やっぱり、お兄ちゃん嫌だったんだね」
夜縁は意味ありげな口調でそう言うと、ゆっくりと車椅子を漕ぎだす。
ソファの外を回り、ゆっくりと俺の背後に回る。
「……二人の間に何があったのかは詳しく聞かないよ。それよりお姉ちゃんを探すことが先決だと思う」
「それはそうだけど―――」
振り向こうとした俺の頬に、夜縁が後ろから掌を当ててくる。
背中から、いつもの面白がるような夜縁の声が聞こえて来る。
「……ね? お姉ちゃんを探そ?」
是非もない。
俺も日南との仲をこれ以上話すのは抵抗がある。
俺は夜縁に背を向けたまま話し出す。
「……日南の立ち寄りそうなところに心当たりは?」
「市内のホテル、それと行きつけのレストランにはお姉ちゃんが来たら連絡するようにお願いしてあるの。今のところ立ち寄った形跡はないみたい」
「日南、財布もカードも持ってないんじゃないのか?」
「うん。でも、夜縁は使ったことないけどスマホでお買い物とかできるんじゃないの?」
「電子マネーのことかな?」
日南はコンビニでもカードを使っていた記憶がある。
確か大半の電子マネーは課金かクレカの登録が必要だ。
だから現金やカードが手元にない日南が使えているかは―――
「……服は?」
「服?」
「制服姿だと流石に目立つはずだ。どこかで服を買ったかもしれない。ツケで服を買えるような店は無いかな」
「デパートなら外商の人も来てくれてるし……掛けで大丈夫だと思う」
「あと、日南のカードの明細が見たい。いつも立ち寄ってる店をあたってみるよ」
「分かった。税理士の先生に聞けば分かると思う」
……他に何か手掛かりは無いか。
「もしだけど。例えば日南が東京に向かってたら―――」
「東京はパパが心当たりを探してもらってるから大丈夫」
当然だ。
俺が考えるようなことは大人達が考えてくれている。
俺は日南に近い者として、彼女の行動を考え抜くのが役割だ。
日南ならきっと―――
ギシリと車椅子の軋む音。
後ろから、夜縁が俺の身体に腕を回してくる。
「……夜縁ちゃん?」
「ありがとね。一生懸命、頑張ってくれて」
……ありがとう?
そもそもこんなことになった原因は俺なのに。
返す言葉も見つからない俺の首元に、夜縁が顔をうずめて来る。
「お兄ちゃん、昨日からほとんど寝てないでしょ。ベッド用意するから、少し家で寝ていく?」
「ありがとう。でも俺も日南を探しにそろそろ行くよ」
「もう行っちゃうの?」
俺を放そうとしないしない夜縁の手をポンポンと叩く。
夜縁はしぶしぶと腕を緩める。
「うん、そろそろ店も開き始めるしね。聞き込みを開始するよ」
「じゃあタクシー呼ぶね。一日貸し切りにしておくから気にせず使って」
夜縁はパンと手を打ち鳴らす。
その途端、まるで待ち構えていたかのように光枝さんが姿を現す。
「お嬢様、お呼びしましたか」
「光枝さん、タクシーお願い。それとお兄ちゃんにお茶をもう一杯」
「もう俺は―――」
言いかけた俺の頬を、夜縁が悪戯っぽく摘まんでくる。
―――既視感。
いや、少し違う。
俺の脳裏に浮かんだのは、ほんの二日前。上機嫌で俺に絡んできた日南だ。
日南に似たその瞳から目が離せない俺の前髪を、夜縁が指先で弄ぶ。
「お茶一杯分だけ。夜縁にお兄ちゃんの時間をください」




