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第14話 シークレット

 ―――私は少し歩いていくから、貴方は乗って行きなさい。



 日南はそう言い残して学校の手前で車を降りた。



 俺は車の窓にぐたりと寄りかかり、遠ざかる日南の姿を視界の端に捉える。


 彼女のスラリと伸びた肢体は完璧な均整を保っている。


 それを保つのにどれだけの努力が必要か。

 ただの高校生の日南が、今でもそれを続けている気持ちを思うと———



 俺はそれ以上考えないように頭を振る。


 野々原さんに頼んで裏門で降ろしてもらうと、しびれの残る足を引きずり歩いていく。



 とにかく誰もいない場所を探そうと、見慣れない建物の裏に回った。



 ……その途端、当てが外れたことを知る。

 建物の裏、袴姿の一組の男女が笑い合っている。


 どうやらこの建物は武道場だったらしい。

 男は俺に気付くと、軽く手を上げる。


「南原、ずいぶん早いな。どうしたんだ?」

「……唐澤。そっちこそ朝練か」


 袴姿の女には見覚えがある。

 確か新任の体育教師で―――


「主将、先に行ってるよ」

「分かった。アカ姉、すぐ行くから」

「こら。赤羽先生、でしょ?」


 赤羽先生は唐澤の肩を軽く小突くと、俺に軽く手を上げてから踵を返す。

 俺は半ば呆れながら、先生の細く引き締まった後ろ姿を見送る。


「随分、仲良いんだな」

「ああ。アカ姉―――赤羽先生はガキの頃から道場で一緒だったからな。今になって先生とか呼ぶのも照れくさくてさ」

「なんか悪かったな。邪魔したか?」

「……そう見えたか? まあ、そんなんじゃねえけどさ」


 まんざらでもなさそうな唐澤の顔に、俺は思わず口元を緩める。

 俺の表情に気付いた唐澤は、取って付けたように真面目な顔をする。


「お前こそ、なんでこんなに早いんだよ」

「日南のお付きさ。俺のご主人様は気まぐれでね」

「ああ、雁ヶ音のお嬢さんか。お前も大変だな」

「お互い様さ」


 思わず顔を見合わせて笑っていると、赤羽先生の声が飛んでくる。


「おーい、主将! いつまでも油売ってんなー」

「了解。アカ姉、今行く」

「せ・ん・せ・い!」


 言い残すと姿を消す赤羽先生。


「じゃ、俺行くわ」

「お疲れ」


 唐澤の後ろ姿を見送りつつ、自分とのあまりの差に小さく笑う。



 俺は朝から幼馴染の日南に追い込みをかけられたってのに、あいつは昔馴染みのお姉さんと逢引きだ。


 ……人生はままならないし、大抵ろくなことが無い。

 みんなそんなもんだと思っていたが、人によってはそんなことは無いのかもしれない。



「ま、遠い世界のおとぎ話だ」

 


 またもあても無く歩き出すと、スマホが震えたのに気付く。

 何気なく画面を見ると、アメピグからの通知。心臓が大きく跳ねる。



 ……どっちだ?


 アプリが立ち上がる十数秒がもどかしい。

 凝視する画面に俺の『部屋』が映し出される。


 部屋の真ん中にはYu-noが飾り付けた俺のアバター。

 そしてその前には、猫耳フードを被った少女―――Yu-noのアバターだ。



 一瞬、指が止まる。

 アメピグでは“招待”をしないと部屋に他のアバターを入れることはできない。


 ……俺はゆっくり深呼吸をする。


 今更だ。IDもPASSもYu-noからもらったものだ。彼女にとって、このくらいのことは造作ない。


 Yu-noのアバターが可愛らしく手を挙げる。

 


 Yu-no『おはよう』


 Keisuke『おはよう』



 Yu-no『あのね お話 大丈夫?』



 ―――おはなし



 ……Yu-noからこの単語が出て来た時は、彼女の機嫌が良いか悪いかのどっちかだ。

 俺は気を引き締めながら返事を打つ。



 Keisuke『いいよ どうしたの?』

 


 Yu-no『昨日は ごめんね』


 Yu-no『少し 苛々してて』


 Yu-no『私のこと 嫌いに なった?』



 Keisuke『ならないよ』


 Keisuke『こっちこそ ごめんね』


 

 ……今日は恐らく“当たり”の側だ。

 俺はほっとしながら、通りかかった花壇の縁に腰を下ろす。 



 Yu-no『ううん 君は悪くないよ』


 Yu-no『お詫びに プレゼントを準備しているの』



 ―――プレゼント。


 彼女から大量に届いたレアアイテムを思い出す。

 俺が返事を迷っているのに気付いたか、Yu-noの言葉が続く。


 

 Yu-no『物じゃないよ』


 Yu-no『君が喜ぶこと してあげたいの』



 Keisuke『喜ぶこと?』



 一瞬、夜縁よすがの幼い笑顔が脳裏によぎる。


 ……あまり迂闊なことは言いたくない。

 黙る俺に焦りを感じたのか。Yu-noのアバターが大きな汗マークを飛ばす。

 


 Yu-no『君の 周りに』


 Yu-no『手を出したり しないよ?』


 Yu-no『反省したの 私 いい子になったから』



 Keisuke『Yu-noは いつもいい子だよ?』



 Yu-no『ほんと? 嬉しい!』



 Yu-no『じゃあ 何して 欲しい?』



 して欲しいこと、か。


 彼女はある意味、苛烈なほどに純粋だ。

 一度思い込めば、どんな無茶な願いでも叶えようとするだろう


 俺は慎重に返事を打つ。



 Keisuke『君とたくさん Re-liance(リライアンス)で遊びたい』


 Keisuke『とかは?』



 Yu-no『!』


 Yu-no『!!!』


 Yu-no『すごい! 一緒!』


 Yu-no『私達 気が合うんだね!』



 Yu-noのアバターが両手を挙げて飛び跳ねる。



 Yu-no『そんな君に』


 Yu-no『Re-liance(リライアンス)のシークレットイベントを プレゼント!』



 Keisuke『イベント? 公式で予告あったの?』



 Yu-no『シークレットって 言ったじゃん』



 Yu-noのアバターが“ぷんすか”マークを投げて来る。



 Yu-no『Yu-noプレゼンツの スペシャルイベント!』



 Keisuke『君が?』


 

 Yu-no『君のために ずっと ずーっと準備してたから』


 Yu-no『そろそろ 収穫時期』



 ……準備。


 思い至ることはある。

 最近追加された新クエストに、戦士と白魔導士の二人パーティーでは難しいのが一つある。


 この前もクエストの攻略について空が白むまで話し合ったばかりだ。



 Keisuke『分かった』

 

 Keisuke『じゃあ 期待してるよ』



 Yu-no『期待してて?』


 Yu-no『しばらく 仕上げの準備をするから』


 Yu-no『少し 一緒に遊べない』


 Yu-no『ごめんね 私も寂しいよ?』



 その言葉に俺が感じたのは、焦りにも似た感情。

 


 Keisuke『俺も 手伝えない?』


 Keisuke『一緒に 準備したいな』



 ……打ったメッセを見ながら、自分の女々しさに驚いた。

 これじゃまるで、寂しがり屋の子供みたいだ。



 Yu-no『そうしたいけど』


 Yu-no『ちょっとだけ』




 Yu-no『いい子で我慢 できる?』




 ―――

 ――――――



 名残を惜しむ様に話し込んでいると、いつの間にか何人もの生徒が俺の前を通り過ぎていた。

 すでに予鈴の時間が迫っている。



 Keisuke『ごめん そろそろ授業が始まるや』

 

 Yu-no『そっかー 私もねむねむだ』 



 Yu-noのアバターの上にZzzマークが浮かんでいる。

 


 Keisuke『それじゃ お休み』


 Yu-no『それじゃ いってらっしゃい』



 ―――Yu-noはログアウトしました。



 俺は『部屋』の中に一人取り残されたアバターを見つめる。

 ……中でも外でも、俺はYu-noに買って貰った服に身を包んでいる。


 どうにも俺はご主人様に縁があるようだ。

 自嘲気味に笑みを浮かべる。



 気が付けば『部屋』の中にも家具や飾りが増えている。

 机やタンスにベッドにPC―――やけに生活感にあふれている。



 Yu-noの趣味にしてはごく普通だ。

 普通に高校生が暮らしているような飾り気のない部屋は―――




「―――まるで俺の部屋みたいだな」




 ふと呟いた俺の耳に、チャイムの音が流れ込む。


 俺はスマホをポケットに滑り込ませると、校舎に向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] Yu-noさんとの会話に選択肢、と言うか会話の流れの持っていき方や受け答えに緊張感が……(^^; 脊髄反射で答えると一気にヤバくなる状況楽しいです(錯乱) それでいてなんだかYu-no…
[気になる点] え、嘘既に監視体制敷いてんの怖すぎ
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