第8話:氷スライム、進化する
ベル=グリナスで冒険者生活を始めて、あっという間に5日が過ぎた。
朝はだいたい7時前に起きて、朝ご飯を食べ、日が暮れるまでクエストや大氷原の情報収集に勤しむ。
見る物全てが新鮮で楽しい!
"紅牙団"にもすっかり溶け込んで、だいぶ異世界生活に慣れてきた感じ。
今日も"フィラドの森"で巨大鼠を討伐する予定だが、受注しにいく前に俺とリゼリアは宿泊部屋で大きな地図を広げていた。
「リゼリア、一旦今後のルートを整理しよう」
「そうだね。しっかり考えておかなきゃ」
この5日間で、俺たちがいる大陸――ラズファラム大陸の簡易的な地図を入手した。
中世ヨーロッパ風な異世界といえども、測量や地図製作の技術はきちんとあるらしく助かった。
地図には各国の名前や位置関係しか描かれていないが、大まかなルートを決められるだけでも大変にありがたかった。
「えーっと、仮に真っ直ぐ北上した場合、俺たちがいるノヴァリス王国の次はオルゼ帝国か。結構大きいんだな、王国の1.5倍はありそうだ」
「大氷原に行くまでは、あと大きな国を3つと小さな国を2つ通るって感じだね」
地図を見る限り、残り合計5つの国を経由することで大氷原に到達できる。
「各地域の詳細な地図は、旅を進めながら手に入れることにしよう。道程は遠いけど真っ直ぐ進むのみだ」
「だねっ。まずは、一歩踏み出すことが大事なんだから」
「……そういえば、リゼリアの国が載ってないな。別の大陸にあるのか?」
入手した地図はラズファラム大陸を網羅しているはずだが、彼女の母国の名前はない。
やはり、龍人族の国ともなると特別な場所にあるのだろうか。
疑問に思う俺に、当のリゼリアはさらりと告げた。
「地図には載ってないよ。フレイムハート王国は空飛ぶ王国だから」
「空飛ぶ王国!?」
「あれぇ~? 言ってなかったっけ~?」
「聞いてない!」
空飛ぶ王国なんてめっちゃファンタジーじゃん。
さすが、亜人の中でも珍しいという龍人族の国……。
リゼリアの特別感がさらに増したような気がする。
「いつかコーリちゃんにも見せられたらいいんだけどね。空から見る地上はとっても綺麗だよ。夜はお星様が降ってくるみたいなの」
「それは楽しみだ」
追放は辛い思い出だけど、王国から見える雄大な景色は大変に好きだったと話す。
その後、俺たちはギルドの受付に行き、いつもの巨大鼠討伐クエストを受注し、"フィラドの森"に向かった。
□□□
「……《氷弾》!」
『ピギャッ!』
「コーリちゃん、お見事!」
巨大鼠に氷の塊を当てて倒す。
これで累計18体目の討伐だ。
順調にレベルも上がってきて、進化まではあと一歩といったところ。
討伐と合わせて薬草の採取を進める。
森を進むと、幹の根元に目当ての薬草を発見した。
氷スライムの俺は視線が低いので見つけやすいのだ。
「リゼリア、また新しい薬草を見つけたぞ」
「コーリちゃん、すごいっ。もう薬草探しのプロだね!」
場所を知らせると、リゼリアは笑顔で薬草を採取する。
この植物は繁殖力がそこそこ強いようで、たくさん採取しても少し探せば見つけることができた。
《鑑定》スキルのおかげで良い品質の薬草を重点的に納品するたび、カリナさんはとても喜んでくれる。
一方で、彼女はずいぶんと気が滅入っていた。
「今日もカリナさんが話していたけど、ネルヴァ村の病気は全然治まらないんだってな。村人たちが心配だ」
「そうだね。私たちの薬草が少しでも役に立つといいけど」
薬草採取は"紅牙団"全体で進んでいるものの、まだまだ足りないらしい。
早く終息してくれることを祈る。
いつもよりもう少し足を伸ばしてみると、広場みたいにぽっかりと開けた空間に出た。
この辺りは木々が少なくて日当たり良好なためか、良い品質の薬草がたくさん生えている。
たちまち、リゼリアはパァッ! と笑顔になった。
「薬草がこんなにいっぱい! たくさん採取できるよ!」
「そうだな、持てるだけ持って……リゼリア、敵だ!」
直後、10mほど離れた草叢がザザッ! と動いたと思いきや、巨大鼠の集団が姿を現した。
全部で9匹。
一度に現れた数としては最多だったが、俺たちが怖じ気づくことはない。
「リゼリア、手分けして倒そう!」
「了解っ、そうこなくっちゃ!」
二手に別れ、巨大鼠に立ち向かう。
5日前ならいざ知らず、今の俺たちはだいぶ戦闘経験を積んできたのだ。
前衛の巨大鼠が3匹、俺に向かって走り出す。
すぐに《氷弾》は使わず、あと数mで射程範囲に入るのを待つ……今だ!
「《氷結》!」
『『ピィッ!』』
一瞬で、3匹は氷漬けとなった。
巨大鼠クラスの魔物では動きも完全に封じられるし、破壊されることもない。
接近してきた個体は《氷結》で氷の塊に閉じ込め、遠くのヤツは《氷弾》で倒す。
この5日間で、だいぶ氷魔法での戦い方も身についてきた。
俺の担当分を倒したところで、頭の中に例のアナウンスが響いた。
〔進化が可能になりました〕
やった!
進化来ちゃぁ!
一人喜ぶ俺に対し、ちょうどリゼリアの戦闘も終盤に差し掛かっていた。
「喰らえー、《炎の矢》!」
『『ピギャギャッ!』』
空中に10本ほどの炎の矢が生み出され、巨大鼠を襲う。
直撃すると爆発し、周囲の薬草や木々も少なからず燃やしてしまった。
「ああー、大変! 薬草が燃えちゃった! 《封熱》!」
すかさず、リゼリアが炎を吸収して事なきを得る。
彼女は火魔法のぶっ放しが楽しいようで、いつも加減を間違えてしまう。
でも、この5日間で少しずつ上達してきた。
「だいぶコントロールもうまくなってきたな。この調子だ」
「ありがとう、コーリちゃん。どうしても、火魔法のぶっ放しが楽しくて止められないのよ。……ねぇ、身体が熱くなっちゃったからコーリちゃん持っていい?」
「どうぞ」
「……うーん、冷たくて気持ちいい~」
リゼリアが俺を持って涼んでいると、さらに追加で4匹の巨大鼠が現れた。
「おっと、新手か。この辺りに巣があるのかもしれないな」
「コーリちゃん、ちょっと試したいことがあるの。このまま抱えさせてくれる?」
「もちろん」
リゼリアは息を吸い込むと、勢いよく4発の火球を放った。
「《炎連弾》!」
『『ピギャギャッ!』』
火球はドンドンッ! と全ての巨大鼠に直撃。
あっという間に全て倒してしまい、しかも今回は周囲の薬草や木々を燃やすことはなかった。
「おお、すごい。ちゃんとコントロールできたな!」
「やっぱり、コーリちゃんを抱えてると体温が上がらないから、火魔法を連発できるね。精度だって高くできるよ。もっと早くコーリちゃんに会えていれば迫害されなかったのかな……」
俺を抱いたまま、リゼリアはぽつりと呟いた。
その黄色い瞳にはうるうると涙が浮かぶ。
彼女の辛く悲しげな表情から、迫害を受けた瞬間が想像されるようだった。
どうにかして元気になってほしいな……。
そう思ったら、絶対に伝えたい気持ちが思い浮かんだ。
「俺には慰めることしかできないが、これだけは言える。俺は……リゼリアに会えてよかったよ」
「コーリちゃん……」
「俺は訳あってこの世界に生まれたが、最初は本当に心細かった。果たして、一人で生きていけるのか……不安で胸がいっぱいだった。でも、リゼリアに会えたから俺は楽しく暮らせているんだ。まだ一週間も経ってないけど」
本心だ。
リゼリアに出会わなかったら、異世界暮らしはとても寂しかったと思う。
《氷族進化》のスキルも覚醒しなかっただろうし、すでに氷として溶けて死んでいたかもしれない。
だから、彼女は本当に大事な存在なのだ。
俺の言葉を聞いたリゼリアはしばしぼんやりとしていたが、すぐに俺を力強く抱き締めた。
「コーリちゃぁん~、優しいよ~。私もコーリちゃんに会えて良かった~。むしろ、迫害されて良かったかも~」
「ほ、ほらっ、くっつきすぎると溶けちゃうからっ。……ところで、リゼリア。俺はもう進化できるみたいだ」
「ほんと!? 見たい!」
「進化するとレベルが1に戻るから、安全なところに行こう」
ということで、俺たちは手際よく薬草を集め"フィラドの森"から出る。
安全を確保できる場所で進化するためだ。
周囲に巨大鼠や他の魔物がいないことをしっかり確認し、脳裏にステータス画面を思い浮かべた。
――――――
名前:コーリ
種族:氷スライム
性別:男
レベル:10/10 ※進化可能
ランク:E
体力:3/5
魔力:2/7
攻撃力:4
防御力:4
魔攻力:5
魔防力:7
素早さ:4
《種族スキル(種族に特有なもの)》
〇言語系
・氷語(氷の言葉がわかる)
・氷スライム語(氷スライムの言葉がわかる)
〇戦闘系
・氷魔法Lv.1(氷属性の魔法が使える)
〇非戦闘系
・給水Lv.1(水を吸収して体力を回復できる)
《ユニークスキル(個体に特有なもの)》
〇非戦闘系
・人間模倣(人間の行動を模倣できる)
・鑑定(魔物と物の鑑定ができる)
《シークレットスキル》
〇非戦闘系
・氷族進化(氷属性の他種族に進化できる)
〔称号〕
・転生者(種族スキルを継承できる)
――――――
ちゃんと〔※進化可能〕ってなってた!
だいぶ消耗してきたからちょうどいいタイミングだ。
進化先はどんな魔物になるんだろう。
意識すると、今回も3種類だった。
○氷ネペンテス
・等級:Dランク
・説明:氷属性のウツボカズラ魔物。食事の代わりに溶解液にて栄養を摂取する。植物なので動けない。
・種族スキル:①氷ネペンテス語(氷ネペンテスの言葉がわかる)
②溶解液Lv.1(種々の物体を溶かす。食物を溶かした場合、栄養分として摂取することも可能)
○氷クラゲ
・等級:Cランク
・説明:氷属性のクラゲ魔物。ふわふわと宙に浮かぶ様は妖精のように美しい。触手は全部で6本。
・種族スキル:①氷クラゲ語(氷クラゲの言葉がわかる)
②回復氷生成Lv.1(回復効果のある氷を生み出すことができる)
③浮遊(宙に浮かび、移動することができる)
○氷スパイダー
・等級:Cランク
・説明:氷属性の蜘蛛魔物。敏捷性が高く、壁を登ることも可能。足は全部で8本。
・種族スキル:①氷スパイダー語(氷スパイダーの言葉がわかる)
②氷糸(氷で作られた糸を生成できる)
③毒牙Lv.1(毒を持った牙で噛むことで、敵を毒状態にさせる)
ふむふむ、三者三様の進化先といった感じか。
しっかり考えたいけど、今回も時の流れはゆっくり?
念のため周りを見ると、リゼリアの大きく口を開けた顔が飛び込んできた。
「コォォォォォォォォォォ……リィィィィィィィィィ……」
流れる時間はゆっくりだと確認できたので、進化先を十分に吟味することができる。
まず、氷ネペンテス。
ウツボカヅラ魔物とあるし、あの食虫植物の姿と思われる。
《溶解液》スキルはまだしも、"動けない"の四文字が致命傷過ぎる。
せっかく異世界転生したのに、植物としてジッと生きるのは嫌だ。
見た目も気乗りしないのでこの進化先は却下だ。
ネペンテスって名前がかっこよくて、一瞬心惹かれてしまったぞ。
次は、氷クラゲ。
氷スライムはEランクだから、なんと二段階上のCへの進化ができる。
進化によってはランクを飛ばせるのか。
触手ではあるが、腕があると生活の幅も広がりそうだ。
さらに、特筆すべきはスキルの有用性。
《回復氷生成》に《浮遊》……どっちも冒険する上で非常に便利だ。
特に、回復能力が身につくのは大変にありがたい。
それに、今ベル=グリナスで流行している病気にも対処できるかもしれない……。
第一候補。
最後は氷スパイダー。
これも等級は1個飛ばしたCランクへの進化。
名前の通り、氷でできた蜘蛛の魔物なのだろう。
《毒牙》スキルは強そうだが、《氷糸》スキルはどうなのかな。
氷でできた糸ってすぐ溶けてしまうのでは?
たしかに、アクセサリーとか作ると綺麗そうだが、俺たちの旅にはそれほど重要な能力じゃないと考えられる。
もし、こいつを進化先に選ぶとインセクトな氷生を送ることになるのだろうか?
……うん、止めておこう。
というわけで、それぞれの進化先について吟味を重ねた結果、俺は氷クラゲに決めた。
氷クラゲに進化!
念じると俺の身体が白い光に包まれ、姿形が変わった。
ボディから6本の触手が生え、クラゲテイストとなる。
頭の脇にはメンダコみたいな角が2本生えていた。
可愛い!
《浮遊》スキルが発動しているためか、ふわふわと宙に浮かべている。
本当に浮かべるんだ……すごい。
ステータスはどう?
――――――
名前:コーリ
種族:氷クラゲ
性別:男
レベル:1/20
ランク:C
体力:12/12
魔力:18/18
攻撃力:9
防御力:8
魔攻力:14
魔防力:12
素早さ:10
《種族スキル(種族に特有なもの)》
〇言語系
・氷語(氷の言葉がわかる)
・氷スライム語(氷スライムの言葉がわかる)
・氷クラゲ語(氷クラゲの言葉がわかる)※New!
〇戦闘系
・氷魔法Lv.2(氷属性の魔法が使える)※Level Up!!
・回復氷生成Lv.1(回復効果のある氷を生み出すことができる)※New!
〇非戦闘系
・給水Lv.2(液体を吸収して体力を回復できる)※Level Up!
・浮遊(宙に浮かび、移動することができる)※New!
《ユニークスキル(個体に特有なもの)》
〇非戦闘系
・人間模倣(人間の行動を模倣できる)
・鑑定(魔物と物の鑑定ができる)
《シークレットスキル》
〇非戦闘系
・氷族進化(氷属性の他種族に進化できる)
〔称号〕
・転生者(種族スキルを継承できる)
――――――
ステータスもめっちゃ上がった! 嬉しい!
体力や魔力などは念願の2桁に到達したし、魔法関連の値もとても上昇した。
素早さが10あるのも大きい。
新スキルの習得は元より、《氷魔法》と《給水》の各スキルもレベルアップしているではないか!
《氷魔法》はより強い魔法が使えるし、《給水》は水以外の液体を吸収できるのがとてもありがたい。
生存の可能性が上がったことを実感する……と思っていたら、リゼリアが輝く瞳で俺を覗き込んでいるのに気がついた。
「コーリちゃん、かわいいー! 前も可愛かったけど、もっとかわいくなっちゃったね! ナデナデしてあげるー!」
「溶けない範囲でね!」
笑顔のリゼリアに抱き締められながら、俺たちは"紅牙団"へと戻る。
□□□
ベル=グリナスの街に入り、ギルドへの道を歩いていると人だかりに遭遇した。
十数人の大人が輪を描いて立ち並んでおり、離れていても喧噪が聞こえる。
「なんか人がいっぱいいるねぇ。出し物でもやっているのかな? コーリちゃん、見に行こっ」
「納品してからがいいんじゃないのか?」
「その間に終わっちゃうかもしれないよ!」
「こ、こらっ、走ると危ないぞっ」
リゼリアは俺を抱いたまま走る。
最初は大道芸か何かを見たくて集まっているのかと思ったが、近づくにつれまったく違うことがわかった。
聞こえてきた喧噪は……罵倒だ。
「……おい、なんで橋を渡ってきたんだ! 街には来ない約束だったろう!」
「俺たちに感染したらどうするんだよ! 薬師の薬ができるまで待ってろ!」
「今すぐ帰れ! 村に帰るんだ!」
叫ぶ大人たちの中央には、幼女が跪いている。
顔は赤らみ、呼吸は浅くて苦しそう。
一目見て病気だとわかる。
何より、彼女の肌が異常事態を示していた。
ぽつぽつと浮かぶのは……紫色の斑点模様だ。
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