第5話:氷スライム、街に入り冒険者登録をする
「「……せーのっ……着いたー!」」
俺とリゼリアは、同時に歓声を上げる。
森を抜けた俺たちは街道に出て、ベル=グリナスという街に到着した。
異世界転生の定番である中世ヨーロッパ風な感じの街並み。
冒険者の街らしく、ありがたいことに出入りは自由だった。
「もうだいぶ日も暮れてきたし、完全に夜になる前に街に着けてよかったな」
「そうだね。これもコーリちゃんが道案内のアドバイスをしてくれたからだよ」
ベル=グリナスの道は舗装されておらず、家々も急ごしらえで作ったと思われる風体だ。
でも、結構大きな街で活気にあふれている。
道端には露店が並び、店主や客、子どもたちの明るい声が響く。
15年前の大戦争とやらで起きた気候変動の影響か、やはりこの街も気温が高い。
道行く人々も軽装。
まったく、氷には世知辛い世の中だ。
これから遠く離れた大氷原を目指すに当たり、俺はとりあえずのプランを練る。
「この街でしばらくレベル上げと資金集めをしようと思うんだが、どうかな。大氷原の旅路に関する情報収集もできるだろうし」
「いいじゃん! コーリちゃんの言うことに間違いはなーし!」
「冒険者の資格とかゲットすれば、旅もスムーズに進められるかもしれないな」
「うん、そうだね。人間さんの国の事情はよく知らないけど、ずっと身分不詳じゃさすがにまずいかも」
リゼリアも賛成とのことで、ベル=グリナスでの目標が決まった。
レベル上げ、資金集め、大氷原の情報収集、そして冒険者資格の入手。
剣と魔法の世界でそれらが一度に達成でき、さらには冒険者資格を得られる場所と言えば……。
「「まずは冒険者ギルドに行こーう!」」
と、歩き出すが、なぜか周囲の視線が俺たちに集まり、こそこそと話すのが聞こえた。
「なぁ、あれ氷スライムだよな? まだ絶滅してなかったんだ」
「隣にいる子は龍人族? いやぁ、珍しい組み合わせだ」
「女の子は森林ウルフの死体を持っているけど、流れの冒険者か?」
俺は慌てて氷漬けにされた森林ウルフの死体に乗っかって、氷と同化する。
忘れがちだが、今の俺は魔物。
気をつけないと討伐されるかも……などと考えたとき、俺はとんでもない可能性に気づいてしまった。
「俺、冒険者ギルドに行って平気かな……討伐されたらどうしよう……。ほら、俺って魔物の氷スライムだし」
「コーリちゃんなら大丈夫だよ。こんなに可愛い魔物他にいないし、テイムした魔物で戦う人だっているんだから。コーリちゃんは私のテイムした子、ってことにすればいいでしょ?」
「なるほど、その手があったか! さすが、リゼリア!」
思わず歓声を上げる。
前世で楽しんだゲームや漫画、小説でも魔物をテイムする冒険者――テイマーを見たことがある。
そいつらのフリをすればいいのだ!
喜ぶ俺に対し、リゼリアは恍惚とした表情で満足げに話す。
「それにしても、注目を集めるのって気持ちいいねぇ……」
「王女って身分を考えると、あまり目立たない方がいいんじゃ……」
「まぁまぁまぁ、細かいことは気にしなーい!」
5分ほども歩くと街の中央に着いた。
四階建ての巨大な建物がそびえる。
煉瓦造りのどっしりとした佇まいからは風格と威厳が伝わった。
看板には力強い獅子の絵とともに、太く赤い字で名前が書かれている。
冒険者ギルド――"紅牙団"。
《人間模倣》スキルのおかげか、この世界の文字もちゃんと読めた。
剣や槍で武装した人がひっきりなしに出入りしており、まさしくファンタジー世界のザ・冒険者ギルド、といった感じ。
ゲームの世界に来たみたいだなぁと思い眺めていたら、リゼリアの心配そうな声が聞こえた。
「ど、どうしよう、コーリちゃん、緊張してきちゃったよ。こんなに人間さんの冒険者がいるの初めて見た。剣とか槍、尖っててすごく痛そう……」
その表情からはいつもの天真爛漫な雰囲気が消え、代わりに硬さが漂っていた。
龍人族のリゼリアは、他種族である人間がまだ怖いのだとわかる。
彼女の緊張感がよく伝わり、俺は少しでも励ましたくなった。
「大丈夫だ、リゼリア。冒険者の持っている武器は魔物の討伐に使う物だろうし、何もしていないヤツを攻撃することはないさ。それに、俺がついている。もし襲ってくるヤツがいたら、氷魔法で氷漬けにしてやる」
「……コーリちゃぁ~ん」
途端に、リゼリアの瞳はうるうると潤む。
元気が出たようなので、俺たちはギルドに入った。
広大なロビーには丸テーブルがいくつも並び、屈強な男達が地図やポーションを広げては何やら相談していた。
壁の掲示板には依頼票と思われる紙がびっしりと貼られる。
冒険者ギルドそのままなイメージに、俺は深く感動してしまった。
一方のリゼリアは、また恍惚とした表情を浮かべる。
「注目を浴びるのって気持ちいいねぇ~……」
「リ、リゼリア、しっかりしなさい」
いつの間にか冒険者たちの視線を集めてしまっており、みんながこっちを見ている。
リゼリアはいかにも珍しそうな龍人族だし、俺は氷スライム……人間ですらない。
そもそも、氷漬けにした森林ウルフの死体まで持っているし、目立つなという方が無理だ。
なるべく、森林ウルフの氷漬けに同化できるよう頑張る。
ロビーの奥にはカウンターがあるので、とりあえずそこまで行った。
テーブルに森林ウルフの氷漬けを乗せ、俺たちは奥に向かって呼びかけてみる。
「「すみませ~ん、誰かいますか~」」
「はいよ、そんな大声出さなくても聞こえるさね」
呼びかけると、カウンターの奥からザ・おかみさん、みたいな女性が現れた。
茶色の髪は無造作に1つにまとめられ、切れ長の茶色い目は鋭くも優しさを感じる。
おかみさんは俺とリゼリアを見ると、たちまち驚きの表情になった。
「龍人族なんて珍しいお客だねぇ。最後に会ったのは10年も前だよ。しかも、氷漬けになった森林ウルフの土産付きとは驚いた。お嬢ちゃん、見かけない顔だね。冒険者になりたいのかい? 即戦力は歓迎だよ」
「あの、私はリゼリアって名前でコーリちゃんと……」
「ちょっとお待ち! こっちにあるのは、もしかして氷スライムかい!? ……いやぁ、氷属性の魔物も久しぶりに見たね。すっかり絶滅しちまったと思ったけど、こんな綺麗な死体を見つけるなんて運が良いよ。砕いて食べたらとてもおいしいのさ。どれ、さっそくハンマーで砕こうかね」
突然、おかみさんは痛そうなハンマーを取り出したので、ぴょんぴょん跳ねて必死に生存をアピールする。
「生きてます! 俺、生きてます! 生存してます!」
「この氷スライムは喋るのかい!? ひゃああ、こりゃぁたまげたね! 喋る魔物なんて滅多にいないよ!」
「「喋る氷スライムだって!? 激レアじゃねえか!」」
俺が話した途端、おかみさんはさらに驚き、周りの冒険者もやいのやいのと集まってきた。
前世のアニメや漫画、小説でも喋る魔物は貴重な存在だった。
きっと、この世界でもそうなのだろう。
最初は討伐されるんじゃないかと心配していたけど、冒険者のみんなは好意的に迎えてくれて安心した。
徐々に喧噪は収まり、俺たちは自己紹介する。
「俺は氷スライムのコーリです。よろしくお願いします」
「私は龍人族のリゼリアって名前。仲良くしてね」
「申し遅れたね、あたしはカリナ。紅牙団のギルドマスターさ」
俺とリゼリアはカリナさんと握手を交わす(俺は手に触るだけ)。
自己紹介が終わると、カリナさんは森林ウルフの氷漬けをコンコンと叩きながら話した。
「もしかして、あんたらが自力で倒したのかい? 死体を拾ってきたんじゃなくて?」
「ええ、そうです。俺の氷魔法で凍らせてあるんです」
「コーリちゃんと一緒にバトルしたの。おっかなかったけど、コーリちゃんがいたから倒せたのよ」
森での戦闘を伝えたら、ギルド全体に「おぉ~っ」という感嘆とした声が響いた。
カリナさんも感心した目つきに変わる。
「森林ウルフを2体も倒すなんて、あんたらやるね。鋭い牙と爪があって動きも素早いし、まず初心者じゃ無理だよ。返り討ちに遭って、臓物を喰われるのがオチさ。今まで何人も命知らずの愚か者が、奴らの腹に収まってきたんだからね」
「きゃあっ、怖いっ。コーリちゃんがいなかったら、私も死んじゃってたかもっ」
「リゼリア、くっつくと溶けちゃうから……」
森林ウルフは冒険者ギルドにとっても結構強い敵だった……という話を聞き、リゼリアは俺にしがみつく。
ボディの表面がちょっと溶けちゃう。
この溶けた水も吸収できたらいいのだが、そうは問屋が卸さない。
森からギルドに来るまでの間、スキルをいろいろと試してみた。
結果、《給水》は俺のボディや氷魔法の氷から溶け出した水には使えないことがわかったのだ。
要するに、ぽかぽか陽気で死んでしまう事実は変わらない。
世知辛い世の中に涙しつつ、俺はカリナさんに旅のアドバイスを求めることにした。
「俺たちは最北端にある大氷原を目指しているんですが、スムーズに旅をするにはどうすればいいでしょう」
「へぇ~、大氷原かい。ずいぶんと遠くを目指すんだね。それなら、冒険者の資格を取るのが一番さ。国内のギルドはどこも国が管理しているから、正規の冒険者なら問題なく街を移動できると思うよ。相当の実力者になれば、国境を越える許可もすぐに貰えるだろうしね」
「そうなんですね! じゃあ、冒険者登録を2人分お願いします!」
「コーリちゃんと冒険する旅楽しみ~!」
カリナさん曰く、旅をする上で冒険者は定番の職業とのこと。
徐々に、未知の異世界生活が具体的になっていく。
「コーリとリゼリアは即戦力になりそうだ。あたしの見立てじゃ、Dランクは硬いね。でも、冒険者ランクは一番下のFからになるよ。悪いねぇ、決まりなのさ」
そう言いながら、カリナさんは冒険者の仕組みについて教えてくれた。
実力によってS~Fまでランク分けされており、Fは"冒険者見習い"という立場。
クエストをクリアし、ギルドに承認されることで昇格が決まるそうだ。
このランクはあくまでも冒険者としての区分。
よって、俺は氷スライムとしてのランクはEだけど、冒険者としてはFとなる。
カリナさんはそれぞれのおおよその強さも一緒に教えてくれた。
「冒険者ランクはEが初心者で、Dになるとようやく一人前という扱いさ。Cが平均的な強さで、Bは中堅。ほとんどの冒険者は、B~B+まで昇格するのが精一杯さね。Aなんて、ギルドどころか地域全体のエース級だよ。国境越えの手続きはA辺りからスムーズになるから、できればB+は目指したいさね。王国が他国に出しても恥ずかしくない人間の証なのさ」
「「なるほど……」」
「行商人にでもなれば旅はしやすいだろうけど、商業ギルドに登録して商売の実績を積み立てて、宮殿の信頼を得る必要があるから、商売の心得がないのならおすすめはしないよ」
「「ほぇ~」」
この世界では、前世ほど国を介した往来が簡単ではないらしい。
行商人ルートも難易度が高そうだし、やはり冒険者になるのが一番みたいだ。
改めて俺たちの目的を整理すると、リゼリアがカリナさんに尋ねた。
「ねえねえ、カリナさん。Sランクの人ってどのくらい強いの?」
「冒険者というより、もはや英傑や英雄、傑物さ。一人で国を救うほどの功績を上げないと昇格できない、もはや伝説上の存在だよ」
「ひょえ~、そんなに強いのね~」
「この王国で最後に昇格したのはもう15年くらい前になるかねぇ? ほら、あの大戦争のとき……おっと、いけない。長話が過ぎちまった。あんたらに渡したい物があるんだよ、よっこいしょ」
と、カリナさんは引き出しから小さな金属のプレートを取り出した。
表には両脇に剣と杖の紋章(ノヴァリス王国の国章とのこと)が刻まれており、中央部分は空白だ。
「はい、これが冒険者カードさ。王国が管理している物だから、国内どこでも通用するよ。2人とも魔力を注いでごらん」
カリナさんに言われ、俺とリゼリアは魔力を注ぐ。
すると、空白部分に自分たちの名前及びFランクと表示された。
「「うわぁ……かっこいい!」」
思わず、リゼリアと歓声を上げてしまう。
大氷原に向かう旅の始まりを、さらに強く実感する一場面だった。
「無くすと再発行になるよ。Fランクから再スタートだから管理には気をつけなね」
とは、カリナさんの談。
「厳重な管理が必要ということですね。任せてくだ……そうだ、俺は氷スライムだから持てないんだった……」
「大丈夫だよ、コーリちゃん。私が代わりに持っててあげるからね」
「ありがとぉ、リゼリアぁ……」
しばらく、冒険者カードはリゼリアに管理してもらう。
少しでも早く進化して、自分で物が持てるようになりたい。
森林オオカミの死体は併せて銀貨1枚――だいたい、5日間は食事や宿代に困らないくらい――でカリナさんが買い取ってくれた。
なんと、"紅牙団"では冒険者見習いに宿の特典がついているそうで、街の宿より何割か安く泊まれ、夕ご飯までついてくるとのこと!
さっそく、食堂の大テーブルに案内され、大柄のおじさんコックが熱々のステーキやスープ、ふんわりしたパンなどを勢いよく置いてくれた。
「よぉ、新入りども! 今日のメニューは"紅牙団"名物、ボア牛の炭火焼きセットだ! 氷スライムと龍人族の新入りなんて聞いたときは驚いたが、マジで激レアな2人組だったんだな! サービスしといたぜ! いっぱい喰ってくれ!」
「「おいしそー!」」
香ばしい肉やスープの香りが漂い、食欲をそそる。
さっそく、リゼリアは大きな口を開けて分厚いステーキ肉を頬張った。
直後、彼女の瞳がキラキラと輝く。
「びゃああああ、おいしいいいいい! コーリちゃんもお肉どうぞ! すんごいおいしいよ!」
「ありがとう。でも、俺は水があれば大丈夫みたいだ。リゼリアが全部食べていいよ………いや、やっぱり俺も食べる! ……うまい!」
氷スライムは食事ができない……というか水だけ飲んでいれば平気らしいが、そこは元人間。
《人間模倣》スキルにて、せっかくの異世界飯もしっかりと味わわせていただく!
氷スライムってどうやって食べるのだろう、と思ったら、ボディに触れると体内に吸収される仕組みと把握した。
ボア牛とは、猪と牛が合わさったタイプの魔物らしい。
噛み応えのある肉は。濃い目の塩味と相性が抜群。
具沢山の野菜スープはうまみが溶け出していて、飲むたびに栄養が五臓六腑に染み渡る!って感じ。
熱々なので食べるたびボディは溶けるが、《給水》スキルで水を飲めばその都度回復できるので問題ない。
大満足の食事を終えるとリゼリアはギルド備え付けの風呂に行き(俺も誘われたが、諸々の理由から丁重に断った)、カリナさんがギルドの3階に案内してくれた。
「はいよ、ここがあんたらの宿さ。Eランクになるまではここを使ってていいよ」
「ありがとうございます、カリナさん! めっちゃ良い部屋じゃないですか!」
「広くてベッドもふっかふかー!」
通された部屋はシングルだったけど十分に広い。
寝る準備を整え、俺は床の片隅に落ち着く。
「じゃあ、おやすみ、リゼリア。明日はクエストに行ってみよう」
「ちょっと待って。なんでそんなとこにいるの、コーリちゃん。一緒に寝ようよ」
「えっ? だって、ベッドは狭いし俺は一応男で……うわっ!」
「はい、捕まえた! 冷たくて気持ちいいー」
ひょいっと持ち上げられ、俺はリゼリアに抱えられてしまう。
相変わらず体温は高くてボディが溶けるのを感じるが、彼女が寝やすいならそれでいい。
横になると、リゼリアはやはり疲れていたのかすぐに寝息を立て始めた。
明日は初めてのクエストに行く予定だし、俺もさっさと寝よう……と思ったとき。
「……大好きなコーリちゃん……ずっと一緒にいてね……」
リゼリアの閉じた目に、一筋の涙がぽろりと流れた。
自分の国を追い出されるなんて辛かったろうに……。
いつもは明るい彼女の、悲しくて辛い境遇がひしひしと伝わった。
「大丈夫。俺はずっと一緒にいるよ……」
呟くように誓い、俺もまた瞳を閉じる。
異世界に来て初めての夜は、静かに静かに更けていった。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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