第40話:氷ゴーレム、宰相と戦う
スタニックが不敵に笑った瞬間、金属の剣が高速で飛んできた。
先ほどの矢より何段階も早い。
「《氷防壁》!」
氷魔法で硬い壁を生み出して防ぐがスピードは衰えず、剣が突き刺さるや否や瞬く間にひび割れていく。
数秒後には激しい破砕音が響き、防壁は砕かれた。
剣の動き自体を止めることはできなかったものの、勢いはだいぶ落とすことができた。
「刀身の面を狙って叩き落とせ! 《攻防強化》!」
「了解! えいっ、《アイアンクロー》!」
俺はスキルで強化した拳で殴り、リゼリアは魔力で覆われた爪で剣を叩き切った。
「リゼリア、怪我はないか?」
「大丈夫! コーリちゃんが壁を作ってくれたから叩き落とせたよ! 今度はこっちの番だね、金属なんて私の火魔法で溶かしちゃうんだから! ……《豪炎砲》!」
リゼリアは両手を重ね、黒みがかった炎を勢いよく放つ。
近くにいるだけで強い熱気が伝わり、触れていない地面の草も燃えるほどだった。
スタニックは《豪炎砲》を見ても眉一つ動かさず、そっと右手を翳す。
「《障壁鎧門》」
漆黒の巨大な門が生み出され、真正面から《豪炎砲》を受け止める。
瞬く間に真っ赤になったが、融解することはなかった。
リゼリアの炎が消えると同時に門も消え、スタニックは穏やかに笑う。
「大した火力だ。でも、私が生み出す金属はその程度の火力じゃ溶けないよ。熱くはなったけどね」
「むぐぅぅ、私の中じゃ結構強い魔法なのに! 溶けないなら溶けるまで攻撃すれば……うっ、身体が!」
「大丈夫か、リゼリア!」
直後、リゼリアは苦しそうに身体を抑えた。
顔も腕も真っ赤で、体温が急激に上昇したことが容易にわかる。
このまま連戦しては彼女の負担が大きすぎる。
「リゼリアは一旦身体を冷やすんだ。ここは俺が攻撃する……《氷刃の舞》!」
氷の鋭い丸鋸刃を生成し、スタニック目掛けて猛スピードで飛ばす。
それぞれカーブを描いた曲射による、多方向からの攻撃だ。
「氷如きが金属に硬度で勝てるはずがない。そうは思わないかい、コーリ君? 《閃連撃》」
「ああっ、コーリちゃんの氷がっ!」
スタニックは生み出した金属剣を握っては素早く振るい、全ての氷刃を砕く。
見たところ、剣には傷一つついていない。
金属と氷じゃ、さすがに硬度が違いすぎるというわけか。
氷の破片がキラキラと舞い落ちる中、ヤツはさらなる金属魔法を発動した。
「さて、あまりだらだら続けてもしょうがないね……《剣雨》」
俺とリゼリアの頭上に、何本もの鋭い剣が広範囲に出現する。
空一面とも言える量から、確実に仕留めるつもりだと考えられた。
なぜかすぐに攻撃は来ない。
警戒する俺たちに、スタニックは淡々と話した。
「コーリ君、取引をしよう。戦いながら考えていたんだけど、やはり君は有能だ。私と一緒に新しい国を作らないか? それなりの要職を用意するし、命の保証もする。断ったらどうなるか……わかるよね?」
スタニックの目には温度がなく、氷の俺でも冷たさを感じるほどだ。
断ったらどうなるか……か。
そんなもの、初めから答えは決まっている。
「ふざけるな。俺はそんな取引には乗らない。ここでお前を倒す」
「そうだよ! コーリちゃんを馬鹿にしないで! あなたの部下になんかならないよ!」
「……そうか、残念だよ。君がいてくれたら、私の地位は極めて強固になっただろうにね。では、死んでくれ」
スタニックが手を振り下ろした瞬間、上空の剣が一斉に襲い掛かってきた。
単純に氷の防壁で防いでは、先ほどまでと同じ結果になる。
相性が最悪とも言って良い金属魔法だが、俺は戦いながらある作戦が思いついていた。
頭上の空気を急速に冷やす。
「《急速冷凍》!」
金属剣は一瞬で凍り付くが、無論その勢いは衰えもしない。
俺はさらに氷の塊を何発も放って迎え撃つ。
「これで撃ち落とす……《氷弾嵐》!」
「だから、無駄だよ、コーリ君。金属の方が何倍も硬いんだ」
氷塊と金属剣が激しく衝突し、ガラスを割ったような破砕音が響く。
上空で起きた現象を見て、スタニックは唖然とした声で叫んだ。
「ば、馬鹿な……なぜ、私の剣が折れた!?」
粉々になってキラキラと宙を舞うのは、決して砕かれなかったスタニックの金属剣だ。
何が起こったかわからない様子の彼に、俺は単純な"種明かし"をする。
「さっきお前は俺に聞いたな。金属と氷、どちらが硬いか……。通常は金属の方が硬いが冷やすと氷の方が硬い、が正解だ」
そう伝えると、初めてスタニックの表情に微かな苛立ちが表れた。
攻撃を打ち破った光景に、リゼリアは歓声を上げる。
「どうして、今度は金属の方が砕けたの!? コーリちゃん、すごく硬くなったの!?」
「金属が持つ低温脆性という性質を利用したんだ。簡単に言うと、金属は激しく急冷すると脆くなるんだよ」
「コーリちゃん、物知りですごい!」
スタニックの生み出した金属を急激に凍らせてから攻撃すれば、逆にこちらの硬度が上回る。
氷に転生したからか、氷や温度に関する豊富な知識が頭に浮かぶようになったのだ。
俺は魔力を練り上げ、《急速冷凍》と別の氷魔法を同時に発動する。
「今度はこっちの番だ……《氷大氷礫》!」
目の前の空間に直径30cmほどの氷礫を生み出し、高速で放った。
《急速冷凍》の効果を付与した攻撃だ。
すかさず、スタニックは多数の金属剣を放って迎撃する。
「コーリ君、さっきのはまぐれだよ。私の《金属魔法》の方が何倍も強い。直接その身に刻み込んであげよう……《剣の襲撃》!」
氷礫を破壊した勢いのまま、俺を攻撃するつもりだろう。
金属剣と氷礫が当たる寸前。
俺が纏わせた《急速冷凍》は、金属剣を即座に中心部まで急冷させた。
金属の内部に熱応力を生み出し破断させる。
結果、氷礫はスタニックに襲い掛かった。
「コーリちゃんの攻撃が通ったよ! 氷魔法が勝ったー!」
「うぐっ……! こんなことが……っ!」
スタニックは防御に手一杯で、直接攻撃のチャンスが生まれた。
俺は足下に氷の柱を生み出し、その勢いで突進する。
さらに周囲の水蒸気を吸収して、右拳を巨大化させた。
一方のスタニックは、周囲の金属片を凝縮させ大剣に変換し、突進する俺に叩きつけてきた。
「粉々に砕いてあげるよ、コーリ君! 《葬送斬撃》!」
「俺は負けない! 《冷凍一撃》!」
真正面から大剣を殴りつけ、即座に急速冷凍。
熱応力が発生し脆くなった大剣を粉々に砕き、スタニックを10mほども吹っ飛ばした。
「ぐぁっ……!」
俺の攻撃が腹部に直撃したスタニックは、フラフラと足下が覚束ない。
急速冷凍の余波により身体の一部も凍り付いており、状況は非常に厳しいことが推測された。
この隙に周囲の乱闘状況に目を走らせる。
正当な騎士団の方が優勢で、“黒葬の翼”に所属する騎士で立っている者は少ない。
勝敗の差が色濃く滲み始めた光景に、リゼリアが歓声を上げる。
「コーリちゃん、いけるよ! 冷凍攻撃、効果抜群だね! このまま戦えば勝てるって!」
リゼリアは喜ぶが、まだ油断はできない。
現に、スタニックは吐血を拭きつつも、その目の奥には未だ黒い信念が渦巻いていた。
「……なるほど、私の金属魔法にこのような弱点があとはね……。私も気づかぬ弱点を突くなんて、コーリ君の方がよっぽど《金属魔法》にふさわしいよ」
「お前の攻撃は全て俺が無効化する。スタニック、投降しろ。これ以上、罪を重ねてはいけない」
投降を促したが、スタニックは高笑いした。
「ははは、魔物にそんなことを言われるとは私も落ちぶれたものだ。さて、コーリ君、まさか私のスキルは《金属魔法》だけだとは思っていないだろうね? ……私の真髄はこのスキルさ!」
直後、スタニックの全身に魔法陣が浮かび、ヤツがいた場所に巨大な生物――全長、およそ100mもの巨大な龍が出現した。
頭には2本の角が伸び、黄色の瞳は煌々と輝く。
体表は赤黒い鱗に覆われ、口からは真っ白の蒸気が漏れ出る。
龍が現れただけで、周囲の気温が何度も上昇した。
空気が質量を持ったかのように全身に重くのしかかり、じりじりと締め付けてくる感覚まである。
今まで対峙した敵とはまったくレベルが違う敵、ということが明確にわかった。
俺もリゼリアも体勢を整え、新たな敵を見やる。
「コーリちゃん、なんかでっかい龍が出てきたよ! すごくおっかないし暑いね!」
「ああ、あいつの最後の隠し玉ってわけだな」
スタニックは龍の頭に乗っており、遥か上空から俺とリゼリアを見下ろす。
顔には影が差しているが、不思議とその表情――凍てつくほど冷たい表情が見えた。
「これはドュームハルトたち、本家の人間さえ知らない私のシークレットスキル《古代龍の召喚》だよ。この龍は古文書に記された伝説の龍――煌獄炎龍グラヴアークさ。数千年前、たった一晩で大地を焼き払い、焦土に化した。この凶暴な龍を使役した男はあらゆる敵を葬り去り、強靱な国を築いたという話だ。今夜、私はその伝説をここに再現する」
「そんなことさせるものか。お前はその龍ごと倒す」
「コーリちゃんと私は、どんな敵も倒してきた最強のタッグなんだよ!」
俺とリゼリアの言葉に、スタニックは勝利を確信したように笑う。
「その虚勢も聞けなくなると思うと寂しいよ。心配しないでくれ、コーリ君。確実に葬り去ってあげよう。今度は硬度ではなく、正当に"熱"でね」




