第34話:氷ゴーレム、国王陛下に褒められる
「……コーリ、リゼリア。準備はいいか? この扉の向こうがすぐ"国王の間"だ」
「あ、ああ、俺は大丈夫だ」
傍らに立つモンセラートに、やや硬い声音で返す。
騎士団の宿舎に泊まった翌日の、昼過ぎ。
俺とリゼリアはモンセラートとともに、宮殿で最も豪華な場所――"国王の間"を訪れた。
今は重厚かつ芸術的な扉の前で、心の準備を整えている。
扉の両脇には重装備の衛兵がいることからも、物物しい雰囲気が漂っていた。
謁見までは最低でも数日はかかるという話だったが、裏でモンセラートがいろいろと動いて早めに設定してくれたらしい。
「段取りをありがとう、モンセラート。謁見の下準備なんてすごく大変そうだ。俺たちは何も手伝わなくてごめん」
「いや、国王陛下に大湿原での話をしたら、すぐにでもコーリとリゼリアに会いたいと仰っていた。今日は王女様もいらっしゃる。直接話を聞けるのを楽しみにされているそうだぞ。ところで……おい、リゼリア、大丈夫か? 私はお前が心配でならないのだが」
モンセラートに聞かれたリゼリアは、表情が張り付いたように硬い。
「コクオウヘイカ、エッケン、コウエイノキワミ」
緊張のためか片言になってしまっている。
昨日は、「私も(元)王女だから、謁見なんて全然緊張しないよ~。あはは」って笑っていたのに……。
なにか緊張を和らげる方法がないかなと考えていたら、ふと思いついたことがあった。
「リゼリア、ちょっと手を出して」
「カシコマリマシタ」
ぎこちなく出されたリゼリアの右手の平に、人の字を3回書く。
「これを飲んでみてくれ」
「カシコマリマシタ」
リゼリアは素直にごくりと呑み込む
直後、彼女の顔からは瞬く間に緊張が消えた。
「あれ~!? さっきまであんなに心臓がドキドキしてたのに、もうすっかり普通になっちゃった! コーリちゃん、何したの~!?」
「気持ちを落ち着けるおまじないだよ。効果があってよかった」
リゼリアの緊張も消えたようなので、いよいよ謁見となる。
モンセラートが衛兵に指示を出し、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
室内は宮殿の中よりさらに清廉潔白な雰囲気。
壁や床、柱は汚れ一つない白が輝き、上品な赤絨毯が20mほどまっすぐ伸びる。
奥には小さな階段があって、その上には玉座が鎮座する。
大きい玉座にはくすんだ銀髪を短く刈り込んだ骨太の男性――ノヴァリス王が座り、小さな玉座には幼い少女――オーロラ様が座っていた。
彼女も銀色の髪で、肩くらいまでのストレート。
澄んだ赤目はルビーみたいに綺麗で、8歳というお話だが俺より落ち着いて見える。
ノヴァリス王国の王族は、みな銀髪赤目が特徴とのことだ。
そんな2人の傍には背の高い青年が立つ。
宰相のスタニック閣下。
モンセラートから見せてもらった、宿舎の肖像画と瓜二つだから間違いない。
こちらも王族の血を引くということで、美しい銀髪と燃えるような赤目をしている。
髪の毛は清潔なポニーテールにまとめており、イケメン具合が半端ない。
この世界の平均気温は高いためか、3人とも漫画やアニメで見る王族の格好よりラフな服装だった。
俺とリゼリアはモンセラートの後に続いて静々と歩き、玉座の前で片膝をついた。
首を垂れると、国王陛下の感嘆とした声が降ってきた。
「おお、お主が氷ゴーレムのコーリ殿か。本当に魔物の姿の冒険者とは……いやはや、面白い。最後に氷属性の魔物を見たのはいつぶりだろうか。そして、隣にいるのは龍人族のリゼリア嬢だな。我が輩はこの国の王、ドュームハルト・ノヴァリスだ。2人とも、会えて嬉しい」
「私は……オーロラ……。氷の身体……宝石みたいで綺麗……。龍さんの角……可愛い……」
「「はいっ! ありがたき幸せっ!」」
国王陛下の言葉に、俺とリゼリアは上擦った声を上げる。
跪いたままピシッと姿勢を正す俺たちに、国王陛下は変わらず気さくに話してくれた。
「コーリ殿にリゼリア嬢、どうかもう少し肩の力を抜いてくれ。我が輩は堅苦しいのが嫌いなんだ。もっと気楽にいこうじゃないか。ほれほれ、片膝などつくな。立って顔をよく見せなさい」
ありがたいお言葉をかけられ、俺とリゼリア、そしてモンセラートは立ち上がる。
国王陛下は36歳というお話で、肖像画で見るより少し若く見えた。
「さて、モンセラートから2人のことはよく教えてもらった。エイルヴァーン大湿原での異常魔物討伐任務、ご苦労だった。我が王国騎士団でも苦戦する相手――しかも、ただでさえ強力な喰尽スライムを倒してしまうとは、本当に素晴らしい功績だ。死体の提供もありがとう。大量のサンプルが手に入って、所長のジルも喜んでいたぞ」
「コーリ……強い……まさしくAランク冒険者……」
「ありがとうございます。俺たちの旅路と重なっていましたし、モンセラートたちの役に立ててよかったです。異常魔物の分析結果から、"紫呪病"と何かしらの関連性が見つかればいいのですが……」
ネリファ村で発生した身体に紫色の斑点が浮かぶ流行病――"紫呪病"について話すと、国王陛下の表情は引き締まった。
異常魔物にサンプル○○と名がついていたことや称号の件なども、モンセラートはすでに伝えてくれているのだ。
「ああ、我が輩もコーリ殿と同じ心境だ。"紫呪病"については、幸か不幸かネリファ村でしか確認されておらん。これ以上の被害が出る前に、この国で何が起きているのか解明しなければなるまい。民を苦しめようとする組織があるとは考えたくないが、状況証拠から見て存在はたしかだろう」
そこまで話したところで、ずっと静かに佇んでいたスタニック閣下が初めて口を開いた。
「ご心配なく、国王陛下。この私が必ずや全てを解き明かします故。愛する祖国の混乱が終息するのも時間の問題でしょう」
吟遊詩人が詩でも詠っているかのような穏やかさの中に、芯の強さを感じる声音だ。
……などと思っていると、国王陛下が紹介してくれた。
「おっと、紹介が遅れてしまったな。彼はスタニック。我がノヴァリス王国の宰相だ。内政はもちろんのこと魔法や剣術にも優れており、王国騎士団の大騎士団長――要するに、最高責任者も担っている。我が輩より一回りも年下なのだが、極めて優秀でしょうがない。我が輩より王に向いているかもしれんな」
「ははは、ご冗談を。この国の王は国王陛下。それは決して変わらぬ事実でしょう。オーロラ様からも仰ってくださいませ」
「お父様……恥ずかしいからやめて……」
快活に笑う国王陛下を、オーロラ様は窘める。
出会ってからまだ数十分も立っていないのに、彼らが普段からどんな日々を送っているのかよくわかった。
「コーリ殿、リゼリア殿、今日の夜にでも宴を開こう。モンセラートも参加するように。2人の旅の話をもっと聞かせてくれ。なに、そう硬い表情をするな。礼儀など気にせんでいい。我が輩は宮殿における礼儀を撤廃しようと思っていてな、ちょうど良い機会かもしれん。無礼講大好き」
「お父様は……ちょっとお気楽すぎ……。そろそろ……ご褒美の件をお話しないと……」
「おお、我が輩としたことがすっかり忘れておったわ。さすがは我が娘だ。……さて、コーリ殿にリゼリア殿。今回の褒美を考えたのだが、お主らは北の大氷原を目指していると聞いた。そこで、ノヴァリス王国を旅立ち、諸外国を通行できる外国旅券の発行ではいかがだろうか。もちろん、旅の物資や資金も支援させてもらう」
褒美!
しかも、外国旅券とはパスポートのことだ。
今一番欲しい物!
隣のリゼリアを見ると笑顔でこくりと頷いた。
「ありがとうございます、国王陛下。ぜひ、外国旅券をいただきたいです」
「ありがとー、コクオーヘイカ! 最高のご褒美だよ!」
言わずもがな、相手はこの国で一番偉い。
それなのにリゼリアは敬語も何もなく話したので、礼儀に厳しい(元)日本人としては背筋が凍り付いた。
……いや、俺の身体はすでに氷なのだが。
いつも以上に冷や冷やする中、国王陛下は変わらぬ笑顔で話してくれた。
「そうかそうか、それはよかった。補足すると、我がノヴァリス王国と北に隣接するオルゼ帝国、さらにその上のストラ連邦は友好条約を結んでいる。よって、我が国で発行した外国旅券があれば、その三国は自由に行き来できるぞ。2人が我が王国を去るのは寂しいが仕方あるまい。……では、スタニックよ、外国旅券について説明を頼めるか?」
「はい、国王陛下」
スタニック閣下は優雅に玉座前の階段を降りる。
目の前まで来ると丁寧に頭を下げてくれたので、俺とリゼリアも深く礼を返す。
彼は懐を探ると、B7サイズくらいの小さな冊子を差し出した。
表紙には国章である剣と杖の紋章が描かれ、それこそパスポートそのものだ。
「こちらが外国旅券の見本だよ。製作は偽造防止のため、高度な技術と複雑な手続きを要する。どんなに早くても5日ほどはかかるだろう。コーリ殿は魔物だし、リゼリア殿は龍人族だから、多少伸びるかもしれないね。お待たせて申し訳ないが、それまで王都の観光でもしてもらいたい」
「ええ、わかりました。待つのは全然大丈夫です。俺たちも王都を見て回りたかったですし。むしろ、魔物の俺にも外国旅券を発行してくださりありがとうございます」
「私も全然大丈夫! 国民じゃないのに発行してくれてありがとー! 王都観光楽しみ~!」
俺とリゼリアが答えると、スタニック閣下は安心したように微笑んだ。
そのまま謁見は終了となり、俺たちは一礼して退出する。
国王陛下もオーロラ様も手を振ってくれた。
「2人ともご苦労だったな。今晩、また会えるのを楽しみに待っておるぞ~」
「バイバイ……コーリ……リゼリア……。また後で……」
スタニック閣下はわざわざ扉の前まで見送ってくれ、俺とリゼリアと握手を交わす。
「コーリ殿、リゼリア殿、素晴らしい2人に会えて私も嬉しいよ。なるべく早く外国旅券の発行ができるよう、手続きを進めさせてもらう」
「ありがとうございます。お忙しいだろうにすみません。どうぞよろしくお願いします」
「後で王都のお土産持ってくるね」
"国王の間"を退室し宮殿の外に出ると、ようやく肩の荷が下りた気がした。
リゼリアはぐーっと背伸びして、固まった筋肉を解している。
「……ぬああ~、疲れた~。肩と背中が固まっちゃった~」
やはり、俺も思っている以上に緊張していたのだろう。
ひと息吐いたところで、モンセラートが疲れを労ってくれた。
「コーリ、リゼリア、お疲れだった。王都の街で甘い物でも食べて休憩しないか? こう見えて、私はカフェ巡りを趣味としていてな。店選びには自信があるんだ」
「「もちのろーん!」」
モンセラートのありがたい申し出に、俺もリゼリアも賛成する。
ということで、俺たち3人は王都の街に向かった。
□□□
謁見が終わって、小一時間ほど。
俺とリゼリアは甘く穏やかな世界を漂っていた。
今いるのは、王都の一等地にあるおしゃれなカフェ――"アストロジーの夜"。
店名は星読みの夜という意味らしく、室内の装飾やメニューは星モチーフで彩られている。
おしゃれで綺麗で素敵。
モンセラート御用達のお店で、今日は全部奢ってくれるとのこと。
気を利かせて落ち着いた個室まで用意してくれたので、他の客に騒がれることもなかった
のんびりとスイーツを堪能する俺とリゼリアに、当のモンセラートは楽しそうに話す。
「2人とも、この店のスイーツはどうだ? 私のスイーツランキングを急上昇している激熱なカフェだ」
「いやぁ、本当にすごくおいしいよ。チョコの甘みは味わい深くて、スターベリーの酸味がとても爽やかだ」
俺が注文したのは濃厚なチョコレートケーキで、苺みたいな星形のフルーツ――スターベリーがスポンジに入っている。
どこをフォークで切ってもチョコとフルーツが一緒に食べられる設計らしく、甘みと酸味の調和が素晴らしい。
一方、リゼリアは30cmくらいの高さがある巨大なパフェを頼んだ。
星が瞬く夜空を思わせるデザインで、この世界の星座――ユニコーン座を模したクッキーが刺さっている。
リゼリアはラーメンでも食べているような勢いでスプーンを動かし、ガツガツと食べる。
「コーリちゃん、これすごく甘くておいしいよ。なんかね、アイスも入ってた。冷たいデザートは身体が冷えて気持ちいいね。モンセラート、もう一個ちょうだい」
「ああ、もちろんだ。好きなだけ食べてほしい」
リゼリアのお願いに、モンセラートは嫌な顔一つせず頷いた。
追加のパフェが運ばれ半分ほどに減ったとき、自然と今後の予定の話になった。
「コーリにリゼリア、この後だがどうしようか。王都は国の中枢であると同時に、観光名所でもある。千年近い歴史を持つ教会や、古今東西様々な地域から集まった名画が収まる美術館、美しい歌が聞こえる不思議な橋梁など、それはもうたくさんだ。どれも国を出る前に見ておいて損はないだろう。まぁ、私は別のカフェ巡りを勧めるが……」
「どれも行きたーい!」
リゼリアは両手を上げて喜び、観光名所を回った後にカフェに行くことになった。
食事を終えて外に出たら、俺はたちまち住民に囲まれてしまう。
「コーリさんだ! こんにちは! 本当に氷魔物なんですねぇ、そこら辺の宝石より美しいお身体だ」
「騎士団の皆様から、異常魔物討伐のお話を聞きました! いっぱい倒してくださりありがとうございました! エイルヴァーン大湿原は王都に近いので、魔物たちが来たらどうしようかと心配してたんです!」
「甘い物がお好きなんですか? でしたら、ぜひ私の店にも来てください! お安くしますよ~!」
王都に着いたのは昨日なのに、もう俺とリゼリアの話が広まっていた。
モンセラート曰く、王都は噂好きな貴族が多いので、情報の伝達も早いということだ。
集まる住民の間を丁寧に避けて進んでいたとき。
不意に、男の叫び声が喧噪を切り裂いた。
「……どけ! おい、そこをどけ! 道を開けろ!」
武装した騎士の一団が住民をかき分け、こちらに歩いてくる。
彼らの厳しい顔つきを見るや否や、リゼリアがそっと俺の身体に触れた。
「コーリちゃん……」
「……ああ、嫌な予感がするよ」
瞬く間に、騎士たちは俺とリゼリア、モンセラートを囲む。
いずれも帯刀しており、長閑な街は一転して物物しい空気に包まれた。
リゼリアは身構え、モンセラートからも戦闘態勢のオーラが伝わる。
俺たちが警戒する中、騎士たちの奥からまったく様相の異なる人物が進み出た。
「呑気に王都を観光しているとは、ずいぶんと余裕じゃないか」
なんと……ジル所長だ。
王立魔法研究所に属する彼が、どうしてここにいるんだ?
なぜ騎士団を率いている?
ジル所長の瞳が不気味に輝いたとき、不穏な気配は一気に色濃くなった。
「コーリ、貴様を国王陛下暗殺未遂及び王女様誘拐の容疑で拘束する!」




