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第32話:氷ゴーレム、王都に着き研究所の気難しい所長に会う

「「……せーのっ……着いたー!」」


 青い空に俺とリゼリアの明るい声が響く。

 エイルヴァーン大湿原を突破して、およそ2日。

 俺たちは王都ルミナリエに到着した。

 石材で作られた頑丈そうでありながらおしゃれな建物が建ち並び、全体として白く清潔な印象を受ける。

 街の中心部にはタレット(屋根が三角形の細長い塔)がいくつも並ぶ中世ヨーロッパ風のお城が建っており、ザ・王都! というイメージ。

 通行人も多く、みなきちんとした身なりだ。

 石畳の道は隅々まで整備されていることからも、これまで訪れた街や村より一段と発展した様子を受ける。

 リゼリアと一緒に「「ほぇ~、すご~い」」と眺めていたら、モンセラートが呆れた口調で言った。


「まったく、そんなに喜ばれると調子が狂うな。では、さっそく宮殿に向かおう。まずは、コーリが収納してくれている異常魔物の死体を王立魔法研究所に引き渡したい。魔法研究所とは銘打っているが、魔物の生態など幅広く研究している機関だ。国王陛下との謁見については、早くても数日後になると思う」

「わかった。よろしく頼むよ」

「コーリちゃんが《収納》スキルを使ったらビックリしちゃうだろうね」


 モンセラートに続いて、俺とリゼリアは歩を進める。

 王都の道はしっかり整備されており、とても歩きやすい。

 頑丈な石畳には天使や動物などの精巧なモザイク画が描かれ、芸術的な美しさも感じられた。

 当たり前といえば当たり前だが、魔物である氷ゴーレムの俺は住民や通行人の視線を浴びまくる。

 王都は周囲を城壁に囲まれており、魔物や盗賊の侵入を阻む都市構造だ。

 だから、街中に"俺"がいることは異質なのだ。

 騒ぎが大きくなる間に、モンセラートが街に向かって声をかける。


「みんな、大丈夫だ。この氷ゴーレムは私の友人で、非常に優しい心を持っている。善良な民を傷つけることはないから、温かく迎えてくれると嬉しい」


 一言伝えただけで、住民たちの表情から緊張が消えた。

 打って変わって、笑顔で手を振ってきたり、「氷の身体が綺麗」とか「涼やかで美しい」とか褒めてくれた。

 むしろ、クリスタル調のボディが良い注目を集めてしまった。

 歓声が飛び交う中、なぜかリゼリアは頬を赤らめる。


「注目されるのって……気持ちいいねぇ~」

「リゼリアッ、目が虚ろになってるぞっ」


 やっぱり、彼女のこの趣味は改めてもらった方がいいような気がする……。


 そのまま歩くこと、およそ15分ほど。

 俺たちは宮殿の正門に到着した。

 王立魔法研究所は宮殿の敷地の一角にあるらしい。

 門番が2人いて、俺たちを見ると驚きの表情を浮かべては警戒心を滲ませた。


「モ、モンセラート様、そちらの氷でできたゴーレムはいったい……? しかも、その隣にいるのは龍人族の少女でしょうか? なぜ、モンセラート様と一緒に……」

「驚かせてすまない。王立魔法研究所に用があって来た。この2人は私の良き友人だ。国王陛下は元より、人々に危害を加えることもないから安心してほしい」


 モンセラートが軽く説明すると、門番は敬礼しながら道を開けてくれた。

 顔パスに近いようなやりとりに思わず感嘆としてしまう。

 

「さっきもそうだけど、こんなにすんなりと話が通るなんてさすが公爵令嬢だな。衛兵や住民からの信頼が厚いことを実感するよ」

「いやいや、別に大したことではない。日頃から自分を律して、きちんとした行動を心がけているだけだ」


 モンセラートは謙遜するが、実際に人望の厚さがわかる。

 エイルヴァーン大湿原での掃討作戦でも、部下たちに慕われる場面はよく見られたのだ。


 宮殿内も街と同じように石畳が続くが、花壇や木々が整備されており自然も感じられる。

 それでも、武装した騎士や衛兵の姿があちらこちらで見られるので、重厚な雰囲気が漂っていた。

 王立魔法研究所は敷地の隅にあるとのことで、モンセラートが歩きながら説明してくれる。


「元々は宮殿に隣接していたのだが、今の所長に変わってから宰相閣下の薦めもあって宮殿の端に移転したんだ。彼らは今回のように魔物の死体の分析や、スキル・魔法の危険な研究も行う。万が一にでも、宮殿に被害が出てはいけないということだな。まぁ、その弊害としては前より出入りが面倒にはなったが」

「魔法の事故とか起きたら大変だもんね。コーリちゃんがいつもいるわけじゃないし。……あっ! コーリちゃんは研究所に渡さないよ。研究させないからね」

「大丈夫、俺はずっとリゼリアの傍にいるよ。……ところで、モンセラート、この国には宰相閣下がいるのか?」


 宰相とは国王の政治のサポートを担う地位、という話を何かの漫画かアニメで見たような気がする。

 同時に、絶対にいるわけではないとも聞いた覚えがあった。

 俺が尋ねると、モンセラートはこくりと頷く。


「ああ、いらっしゃる。……そうか、コーリは魔物だから知らないんだな。この国は王政だが、政治は国王陛下と宰相閣下の2人で行うのが通例だ。宰相閣下はスタニック・ノヴァリスという方で、最近は国王陛下の代わりに諸外国との折衝を担うことも多い」

「なるほど、昔からいるんだな。……待てよ? ノヴァリスということは……」

「宰相閣下は王族の分家ご出身だ。王位継承権としては、王女様の次だから第2位となる。非常に地位の高い方だがそれをひけらかすこともなく、我々にも丁寧に接してくださる。あれで私の4つ上でしかないというのだから、頭が下がって仕方がない」


 彼女の言葉には他の騎士たちも頷いているので、スタニックという人物がどれほど人望を集めているのかよくわかった。


 そのままさらに10分ほど歩き、俺たちは宮殿の一角に着いた。

 他の場所より自然が多く、ちょっとした森のような様相を呈する。

 木々が生えているためか音が静かで、この環境だけでも研究に集中できそうな印象を受けた。

 遠目に白っぽくて清潔な雰囲気を持った建物が見えてきたところで、モンセラートが俺とリゼリアに話す。


「あそこに見えるのが王立魔法研究所だ。所長はジルという初老の男性で、優秀なのだが少々変わったところがある。簡単に言うと、自分の考えは絶対に曲げず他人の意見に耳を傾けない人物だ。コーリは魔物でもあるし、もし不快な思いをさせてしまったら済まない」

「わかった。忠告ありがとう。でも、慣れてるから大丈夫だよ」

「コーリちゃんを馬鹿にしたら怒っちゃうんだから」


 森を抜けると建物の全容が現れた。

 地上5階建てで地下1階という話だ。

 建物の外には薬草の類いを育てる畑が広がり、水をやっている人間がちらほらといる。

 騎士や衛兵とは違う白衣的なローブを着ているから、研究所の職員だろう。

 氷ゴーレムの俺を見るとざわめきが上がり、あっという間に静寂な森は喧噪に包まれた。


「みんな、落ち着いてくれ。この氷ゴーレムは魔物だが敵ではない。私たちとともに、エイルヴァーン大湿原の異常魔物討伐任務を手伝ってくれたんだ。繰り返すが、我々の仲間で敵ではない」


 モンセラートが説明すると、徐々にざわめきは収まっていく。

 このまま研究所に入れるかと思いきや、建物の中から初老の男が出てきた。

 若白髪がたくさん生えた黒髪に、灰色の目。

 研究員たちが即座に整列して並ぶことから、この組織において一番の権力者――王立魔法研究所所長のジル、という人物だと想像つく。

 どことなく気難しいというか、カリナさんやマリステラなど今まで出会った穏やかな人たちとは別の雰囲気を感じる。

 男は俺たちを見ては、狐を思わせる狡猾な印象の笑顔を浮かべた。


「おやおや、これはこれはモンセラート様。このような辺鄙な場所に何用で? ……おっと、そこにいるのは氷ゴーレムではありませんか! これはまた珍しい! 解剖して隅々まで調べたいですな。もしや、我が輩への贈り物で……?」

「ジル所長、あいにくだが貴殿への贈り物でも研究サンプルでもない。この氷ゴーレムはコーリといい、私たち王国騎士団の大事な仲間だ。魔物ではあるが気高き心を持ち、人語も介する。エイルヴァーン大湿原に発生した異常魔物の掃討作戦を手伝ってくれ、主だった喰尽スライムの討伐まで果たした猛者だ」


 “人語を介する”や“主の討伐”と聞き、もはやざわめきはちょっとした騒ぎになった。

 研究員たちは互いに顔を見合わせて、興奮した様子で話す。

 ただ一人、ジルだけは疑うような視線を俺に向けており、怪訝な表情で告げた。


「……いくらモンセラート様のお話と言えども、魔物が人間に協力するなどにわかには信じられませんな。騎士団にテイムのスキルを持った人間はいないはず。証拠がないのでは、妄言と言われてもしょうがないですぞ」


 ジル所長は俺を信用していないことを淡々と話し、モンセラートや騎士たちの他、リゼリアの雰囲気も硬くなった。

 事前の話以上に気難しい人物のようだ。

 俺は地面の上に手を翳し、魔力を込める。


「わかりました。俺がみんなの仲間であることを実際に証明しましょう。今から出すのは、大湿原で俺が倒した魔物です。……《取り出し》!」


 手始めに、一番小さな死体――沼蛙を1匹取り出した。

 収納空間は時が止まっているので、死体の状態は大湿原で倒したときとまったく同じだ。

 たちまち、研究員たちの間に大きなざわめきが広がった。

 

「今のは《収納》スキルだぞ! このスキルを持った氷ゴーレムは初めて見た!」

「それより、本当に人間の言葉を話したじゃないか……! こんな魔物は他にいない!」

「暴れる様子もないし、私たちの味方なんだ! そもそも、敵なら騎士たちが抜刀していないはずないよな!」

 

 先ほどまでは敵対的な感情が籠もっていたが、今は賞賛の声が多い。

 笑顔が垣間見える中、ジルだけは悔しそうな表情でいる。

 モンセラートの話にあったように、自分の考え――“コーリは敵である”ということを否定されたからだろう。

 事情はどうあれ、俺は全ての死体を提供するつもりだ。


「主だった喰尽スライムの死体も、俺の収納空間に保管されています。氷漬けにして倒したので、管理に気をつければサンプルを採取できるはずです……《取り出し》!」


 空き地の空間に喰尽スライムの死体を出現させると、研究員たちは目を輝かせ我先にと駆け寄る。

 魔法都市の感触を懐かしく思い出す中、モンセラートがジル所長に言った。


「ジル殿、これでコーリが敵じゃないことはわかってくれただろうか。異常魔物の死体はまだまだ彼が収納してくれている。コーリが収納し運んでくれた貴重なサンプルの数々……ぜひ、有効に活用していただきたい」

「……クソッ! 研究所は関係者以外立ち入り禁止だ! 死体は外で出せ! ……おい、職員ども、サンプルは研究所に運んでおけよ!」


 ジル所長は吐き捨てるように言い、足音荒く研究所に戻った。

 彼には拒絶されてしまったが、ほとんどの研究員たちは俺を歓待してくれた。

 どうやら気難しいのはジル所長だけで、他は理解ある人間が多いようだ。

 全ての死体を引き渡したところで、モンセラートが労ってくれた。


「コーリ、リゼリア、ご苦労だった。ジル殿の応対は私から謝罪させてもらう」

「いや、全然大丈夫。別に何も気にしていないから」

「コーリちゃんは優しいね。私はいつ燃やそうかずっと考えていたよ」


 知らぬ間にだいぶ日が暮れてきて、空が夕焼けに染まる。

 そろそろ宿屋を手配しようかとリゼリアと話したら、モンセラートが提案してくれた。


「今日の宿だが、騎士団の宿舎が空いているがどうする? 私が言うのも何だが、なかなかに過ごしやすいぞ。まぁ、内装は殺風景だし少々騒がしいから、希望があれば街の宿を手配するが」

「むしろ、できれば騎士団の宿舎がいいな。俺の姿で街に混乱が起きても良くないし」

「私もみんなと一緒にお泊まりしたいよ。もちろん、コーリちゃんと同じ部屋ね」



 □□□



 俺とリゼリアは宿舎に泊まることになり、モンセラートたちと夕食を共にする。

 広い大食堂の大きなテーブルに、屈強なシェフが次々と料理を運んできた。

 大皿で置かれたのは、山盛りの骨付き肉だ。

 こんがりときつね色に焼かれ、濃厚なソースがかかる。

 香ばしい香りに食欲がそそられる俺たちに、シェフは嬉しそうに話した。


「モンセラート様の友人と聞いたから騎士かと思っていたが、まさか氷ゴーレムの兄ちゃんと龍人族のお嬢ちゃんだとは思わなかったぜ! 喋る魔物なんて初めて見たから、張り切っちまったよ。今日のメインは奮発して買ったノヴァ土豚のスペアリブだ。赤ワインを使った特製ソースと楽しんでくれ。……お前ら、コーリのおかげで良い飯が食えるぞ!」

「「おおおおー! コーリ様、ばんざーい!」」


 シェフの言葉に、騎士たちは雄叫びを上げる。

 ノヴァ土豚とはこの国におけるブランド豚で、高級食材として知られているらしい。

 王都に来るまでの村や街でも売られている光景を何度か見たが、他の豚肉より3倍も高かった。

 メニューは他にも前菜やスープが並ぶが、騎士団ということもあってか肉が多い。

 念願の豚肉が食べられるということで大喜びのリゼリアと一緒に、俺もさっそく食べる。

 甘塩っぱい味と濃厚な肉の旨みが広がり、文字通り絶品だった。

 傍らのリゼリアもおいしさに身体が震えている。


「このお肉、おいしすぎてどうにかなりそうだよぉ。こんなにたくさん食べられるなんて幸せぇ……」

「リゼリアはずっと食べたいって言っていたもんな。国を出る前に食べられてよかった」

「コーリちゃんもたくさん食べてね」


 楽しい食事はあっという間に終わり、お開きとなる。

 もちろん、就寝や起床の時間は騎士団に合わせるつもりだ。

 俺は氷ゴーレムに進化して2mくらいの大きさになったので、モンセラートが広めの部屋を用意してくれた。

 ガチャリと扉が開かれると、少ない内装で質実剛健さを感じるシンプルな部屋が姿を現した。

 家具はタンスに丸テーブル、椅子が2脚で大型のベッドが1つ。

 天井は高くて、しゃがむ必要もない。


「ここがコーリとリゼリアの部屋だ。何か必要な物があったら、1階の宿直室に頼めばだいたい用意してくれる。改めて、王国騎士団にようこそ。私たちはコーリとリゼリアを歓迎する。謁見の日程がつくまでは王都を案内しよう。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ、モンセラート。部屋まで用意してくれて本当にありがとう」

「ご飯はすごくおいしかったし、お風呂もとても気持ちよかったよ」


 モンセラートの笑顔が扉の向こうに消える。

 騎士団リズムなので明日は早い。

 すぐに寝ることになり、俺とリゼリアはベッドに横たわった。


「コーリちゃん、おやすみ。早く王様に会えるといいね」

「ああ、おやすみ。王都観光も楽しみだ」


 例の如く、リゼリアは俺を抱き締めながら寝息を立てる。

 王都に来て初めての夜は、静かに更けていった。

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