第24話:野蛮な元学生、全てを後悔する
「……では、これよりダリオス・カザールの裁判を執り行う」
アストラ=メーアの街にある裁判所にて。
今まさに、街を破滅の危機に陥れたダリオスの裁判が始まろうとしていた。
当のダリオスは魔法縄で強く縛られており、まったく身動きが取れない。
名家の跡取りに対する処遇としてはとうてい許すことができず、ダリオスはあふれる怒りを裁判官たちに怒鳴りつける。
「てめえら、この俺が誰だかわかってんのか! カザール伯爵家のダリオス様だぞ! こんなふざけたことしやがって! ぶっ殺されてえのかよ! 今すぐ魔法縄を解除しろ!」
誰もダリオスの叫びに反応せず、代わりに向けられるのは醒めた視線だけだった。
裁判長は呆れた様子でため息をついた後、淡々と罪状を読み上げる。
「いくら叫ぼうとも無駄だ。貴様の処遇は変わらない。さて、まずは罪状の読み上げだが、貴様は衛兵を買収して罪を隠していたようだな。これほどの罪の数を見るのは私も初めてだ。学生や住民に対する脅しに恐喝、盗み……」
【魔物封印の書】を破壊したことは元より、ノヴァリス魔法大学や街に対する数々の横暴と迷惑行為、その全てがこの場で糾弾される。
いずれも街の衛兵たちを買収しているときは問題にされなかったが、今回はそうもいかなかった。
今まで隠していた罪が全て明らかにされていき、ダリオスの胸に焦燥感が生まれ始める。
――ま、まずい……、衛兵どもに賄賂を送って隠してたっつうのに! 裁判官に直接知られちゃ意味ねえだろうが!
ダリオスが逮捕されていなかったのは、あくまで衛兵を買収してきたから。
裁判長は罪状を読み上げた後、意味ありげな微笑みを浮かべた。
「凄まじい余罪の数々だな。これは裁判のしがいがありそうだ」
「お、俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ! ……そうだ! コーリだ! コーリが来てからおかしくなったんだよ! 全部あいつのせいだ! あのクソ魔物の責任だ!」
ダリオスは自分の立ち回りについて考えた結果、全てコーリの責任にすればいいと思いついた。
だが、叫んだ瞬間に勢いよくガベルが叩きつけられ、ダリオスは思わず口を噤んだ。
「コーリ殿を馬鹿にすることは許さん! アストラ=メーアの英雄だぞ! 侮辱罪を追加する!」
「はぁ!? 侮辱罪だと!? ふざけんじゃねえ! 魔物が英雄なんてあり得ないだろ!」
ダリオスの怒号が室内に響くが、追撃をかけるように裁判長は説明する。
「コーリ殿が氷魔法を使って魔物を一カ所に引き寄せてくれなければ、どれほどの被害が出ていたかわからない。A-ランクの赤サイクロプスなど、コーリ殿以外では倒せなかった。まさしく、コーリ殿はアストラ=メーアの英雄だ。……ダリオス、貴様こそコーリ殿に命を救われただろう」
「そ、それは……別に頼んだわけじゃねえよ! コーリが勝手に赤サイクロプスを倒しただけだ!」
再度勢いよくガベルが叩きつけられ、ダリオスはびくりと全身を震わせた。
「まだそのような世迷い言を言うのか! コーリ殿がいなかったら、貴様は今頃赤サイクロプスの腹の中だろう! なぜ感謝できないのだ!」
裁判長に詰められ、ダリオスは思わず俯く。
【魔物封印の書】を破壊した後、方々を逃げ回り、彼は赤サイクロプスに捕まった。
今にも喰われそうになったまさにそのとき、コーリが助けてくれたのだ。
赤サイクロプスの気持ち悪く濡れた手の感覚や、血走る一つ目に睨まれたときの恐怖……いずれも身体に深く刻まれている。
思い出すと全身が震えるほどだった。
コーリに対する無礼な発言を聞き、他の裁判官たちも怒りに駆られて糾弾する。
「命の恩人に対して何だ、その物言いは! 恥を知れ、愚か者!」
「もう一度、魔物の群れにでも襲われればコーリ殿のありがたみがわかるだろう!」
「街の英雄に対する侮辱は許さん! 今ここで処刑してもいいのだぞ!」
ダリオスは罵倒され心が折れる。
魔法縄による締め付けや罪状の糾弾による緊張などで疲労が激しく、もう限界だった。
――クソッ、クソッ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ! 何かないか!? この現状を打破できる何かが……そうだ!
必死に言い訳と言い逃れを考え抜いた結果、ダリオスは閃いた。
「俺はパウロとライアンっていう衛兵に、【魔物封印の書】を破壊するよう唆されたんだよ! それを破壊すりゃ、街の英雄になれるって惑わされたんだ! だから、俺のせいじゃねええ!」
叫び声が響き渡ると、法廷には静寂が訪れた。
裁判官たちは顔を見合わせ黙りこくる。
――よっしゃ、うまくいったぞ! あの衛兵どもにの責任にしてやった! これで俺の罪は消えた!
ダリオスが心の中で勝利を確信した瞬間、裁判長は極めて冷静に告げた。
「今のは自白と捉えて問題ないな?」
「…………あっ」
興奮のあまり、ダリオスはうっかり自白してしまったのだ。
呆然とする彼に、裁判長は淡々と言葉を続ける。
「その2名の衛兵については、現在調査中である。地下室を守っていた警備も、2名の衛兵に誘導されたと話している」
「じゃ、じゃあ、俺は悪くないってことだよな!? 全部そいつらが悪いんだ!」
「いいや、理由はどうあれ、お前が嬉々として【魔物封印の書】を破壊した事実は変わらない。結局のところ、自発的に破壊したではないか。では、処分を命じる。……ダリオス、貴様は監獄行きとする!」
「なっ……」
監獄行きと告げられ、ダリオスは血の気が引く。
ごくりと唾を飲む感覚が、やけに喉に張り付いた。
――ま、まずいぞ。監獄行きはまずい。どうにかしないと……いや、まだ手はある。最後の"切り札"が、俺にはある!
ダリオスはにやりと笑いながら、裁判長たちを睨みつける。
「……いいのか、お前ら。俺はカザール伯爵家の人間だ。しかも跡取りだぞ。うちの家からこの街と魔法大学には多額の支援金が出ているはずだ。……全部、無くしてやろうかぁ?」
実際、カザール家はアストラ=メーアとノヴァリス魔法大学、両方に多額の支援金を出資していた。
――俺が家に言えば、出資は消える。そうすりゃ、街も大学もおしまいだ。
ダリオスは最高の切り札を切ったような、清々しい気分だ。
一方、裁判長たちの表情は変わらない。
――へっ、どうせ強がっているだけだろ。世の中、結局金だからな。その金を大量に持っている俺に逆らえる奴はいないんだよ。
しばらく、裁判長は裁判官たちと顔を見合わせていたが、やがて静かに、しかし重い声音で切り出した。
「お二方を法廷に入れろ」
その言葉とともに、一組の男女が入室した。
男は髪が橙色で女は瞳がそうだ。
途端に、ダリオスの顔が青ざめる。
「ち、父上、母上! なぜ、ここに!?」
法廷に入ったのは、カザール伯爵家の当主とその夫人――ダリオスの両親であった。
2人は愚かな息子を見て、怒りを滲ませた表情で語る。
「我が輩たちが知らないところで、貴様は何をやっているんだ? 街の人たちや学生に横暴を働き退学した挙げ句、街全体を破滅の危機に陥れた? ……貴様はどこまで愚かなのだ!」
「やられたわ。郵便配達員を買収して、私たちに学校の成績や連絡が届かないようにしてたのね。退学の連絡さえ最近知ったわ。あなたが大学に行きたいと言うから、多額の寄付金を払って特例で入れさせてもらったのに……。まるで意味がなかったわね」
ダリオスの両親は顔を見合わせると、極めて厳しい処分を下した。
「貴様がここまで愚かだとは、さすがの我が輩も気づかなかった。貴様には……カザール家からの追放処分を下す! 伯爵の爵位も剥奪だ!」
「もう息子でもなんでもないわ。一生牢獄の中から出てこないでちょうだい」
両親の言葉は、それこそナイフのように鋭くダリオスの心に突き刺さった。
――カザール家を……追放……? 爵位を剥奪……?
たった今言われた言葉が、ゆっくりと頭の中を反芻する。
自分の最も大切な物――プライド、地位、名声が喪失され、ようやくダリオスは事の重大性を理解した。
考えるより先に、すがるような言葉が口から出る。
「お、お待ちください、父上に母上! 追放処分はおやめください! 謝罪します! 街の住民たちに謝罪するので、どうか寛大な処遇のほどを……!」
「黙れ、貴様と話すつもりはない。……さあ、裁判長、この馬鹿者を監獄に連れて行ってください。顔を見るだけでも不愉快だ」
父親は淡々と言い、法廷の衛兵がダリオスを力尽くで立たせる。
「お、おい、離せ! 離せよ! 俺を誰だと思ってるんだ! 離せ……離せええええ!」
ダリオスは有無を言わさず法廷から連れ出され、地下の狭くて汚い監獄にぶち込まれた。
錠をかけられる重い音が響いた後、不気味な静寂が訪れる。
地面と壁は気持ち悪く濡れ、虫や鼠が駆け回り、不快な臭いが立ち籠める。
一生、ここで暮らすのだと実感した瞬間、ダリオスは自我が崩壊しそうになった。
「う……うわああああああっ!」
代々、カザール家は魔物分野の研究で発展した。
ダリオスがノヴァリス魔法大学を受験したのも、「俺は心を入れ替えた。伯爵家のさらなる発展に寄与したい」と言えば、口うるさい両親を騙せると思ったからだ。
本心は、悠々自適に一人暮らしを楽しむため。
入試が不合格になった際、両親はダリオスの更生を信じて多額の寄付金を払い、他の学生より厳しい進級判定を条件に入学させた。
両親の希望は夢物語で終わり、ダリオスの人生は終了した。
――コーリを馬鹿にしなきゃよかった。あんなに強くて優しい魔物なら、もっと歩み寄ればよかったのに……。そうすりゃ、魔物学の勉強もできて、俺は父上と母上の信頼を取り戻して、やり直せたかもしれなかったのによ……。
ダリオスは後悔の海の底に落ち、二度と浮き上がってくることはなかった。




