第17話:氷クラゲ、魔法都市のギルドで輩に絡まれる
「……お待たせ、コーリ君、リゼリア君。ここがアストラ=メーアの冒険者ギルド、"虚空の書"さ」
「「ほぇ~」」
翌日。
俺とリゼリアはマリステラさんの案内で、街の南に位置する冒険者ギルド――"虚空の書"を訪れた。
"紅牙団"の建物は質実剛健という印象だったが、こっちは落ち着いた赤色の煉瓦造りが図書館みたいな知的な雰囲気を醸し出す。
中に入ると、魔法都市という事情からかほとんどが魔法使いだった。
剣や鎧などで武装した戦士風の人はあまり見られない光景を見て、リゼリアが安心した様子で呟く。
「冒険者ギルドも地域によって特徴があるんだね。剣とか槍を持っている人が少なくてよかった~。怖くな~い」
途端に、マリステラさんの眼鏡が不気味に白く光った。
「そうだね。その代わり、彼らは魔法に優れているよ。巨大な魔物を黒焦げにする雷魔法や、内蔵を破裂させる爆発魔法の使い手もいるね。リゼリア君も下手に刺激しないよう気をつけてくれたまえ」
「ひえええっ」
「リゼリアをあまり驚かさないでくださいよ」
「ごめん、ごめん。うちの大学の学生がいると思うと、ちょっと自慢したくなってしまったのさ。これが親心……いや、師匠心というんだねぇ」
ケラケラと笑うマリステラさんを見ると、たぶん学生だろう――若者たちがわらわらと集まってくる。
「先生、こんにちは! ギルドに来るなんて、また新しい調査ですか? 人手が足りてなかったらお手伝いしますよ」
「今度ある魔物学のテスト、簡単にしてもらえませんかね? このままじゃ留年しちゃいそうです」
「クエストに行く前にアドバイスをお願いしてもいいですか? 初めて戦う魔物なんで不安なんです」
集まる学生はみんな笑顔で、マリステラさんは慕われている先生なのだとわかる。
そんな彼女曰く。
「ギルドには旅の冒険者の他、うちの大学の生徒や教員も多くてね。クエストは修行を兼ねた小遣い稼ぎや副業として人気なのさ」
とのこと。
やがて、学生たちは興味深そうに俺とリゼリアを見た。
「先生、そちらのお二方は……」
「君たちも気になるよね? ボクの新しい研究対象……もとい、マブダチを紹介しよう。氷クラゲのコーリ君と、龍人族のリゼリア君さ。なんと、コーリ君は喋る魔物なんだよ!」
「「りゅ、龍人族に……喋る魔物!?」」
学生たちは目を見開いて驚く。
リゼリアも珍しいが、それ以上に俺に興味を惹かれているらしい。
ただの氷クラゲなんですがね……。
そんな俺に、マリステラさんは得意げな表情で語る。
「さあ、コーリ君、彼らに衝撃的な挨拶をぶちかましてくれたまえ。今ここに、喋る魔物の存在をみなに知らしめるのさ」
「初めまして……コーリ、です。よろしくお願いします」
ぽつりと呟いた瞬間、ギルドは水を打ったように静まり返った。
……え?
誰も何も言わなくて怖いのだが。
もしかして、また研究される流れじゃ……と思うや否や、一転して大歓声が響き渡った。
「すごい、本当に喋るんですね!? まさか、人間と会話できる魔物がいるなんて……これは大発見じゃないですか!」
「人生でこんな日が訪れるとは……ここの大学に入ってよかった! ひょっとして、僕たちは歴史の節目に立っているのでは?!」
「ねえねえ、他にも何か喋ってくれない!? 私、あなたとお話したいわ! 魔物ってどんな一日を過ごしているの!?」
瞬く間に学生が集まり、俺を触ったり撫でたりしてはきゃっきゃっと楽しそうに騒ぐ。
興奮の熱気でボディが溶けそうだ。
リゼリアは後方で腕を組み、うんうんと得意げに頷いては、「コーリちゃんが褒められて私も嬉しい」と言っていた。
自己紹介が済んだところで、マリステラさんがパンッと手を叩く。
「さて、コーリ君の能力を確かめるために、シンプルに魔物討伐のクエストを受けようじゃないか。今日はどんなクエストが……」
「「先生、危ないっ」」
突然、どこからか勢いよく椅子が飛んできた。
このままじゃ、マリステラさんの頭に当たる……!
「……《氷盾》!」
すかさず、氷の盾を生み出して防御。
衝撃で壊れた椅子がバラバラと床に落ちる。
ギルドの空気が一変する中、出入り口付近にいる男が俺たちを見下した表情で叫んだ。
「おい、マリステラのクソ教授! なに、魔物に守らせてるんだよ、卑怯者! お得意の魔物学で手下にしたってかぁ? 相手にしてくれない人間と違って魔物は優しいなぁ、おい!」
男は両脇にいる取り巻き的な男と高笑いする。
橙色の髪は黒いヘアバンドでかき上げられ、髪と同じ橙色の瞳は猛禽類のように鋭い目つきだ。
あいつが椅子を投げてきたらしい。
冒険者というより、なんだかごろつきやならず者みたいな雰囲気が強い。
周りの学生たちが気まずそうに視線を逸らす様子からも、問題のある人物だと推測された。
誰だ、あいつ……と思う俺に、「コーリ君、リゼリア君、ちょっと……」とマリステラさんが耳元で話す。
「彼はダリオス・カザール。この辺りじゃ有名な伯爵家の嫡男でね。1ヶ月前まで我が大学の学生だった。入試で不合格になったのに、お金に物を言わせて無理やり入学したんだよ」
「「なるほど……」」
たったそれだけでどんな輩なのかわかった俺たちに、彼女は神妙な顔つきで話を続ける。
「でも、ボクの予想通りというか、ろくに勉強しなかったのさ。成績不振の他、《風魔法》のスキルを使った恐喝や盗みなどのしょうもない素行不良が続いて、大学はとうとう退学処分を下したのだけど……どうやら、ボクは逆恨みされてしまったようなんだ。一度も合格点を上げなかったからだと思われる。でも、毎回白紙だったから点数のつけようがなかったんだよ」
「そんな経緯が……」
「たしかに、頭悪そうだもんね。学校の先生も大変だぁ~」
マリステラさんの話に、リゼリアは納得した様子。
こ、こら、あまり刺激するんじゃないよ。
純真なのはいいことだが、こういうときはほどほどにしようね。
ダリオスはズカズカと足音荒く来ると、マリステラさんを睨みつける。
「おい、マリステラ。俺の退学を取り消せ。そして、地面に這いつくばって謝罪しろ」
「何度も言っているけどね、ダリオス君。ボクは単なる教授の一人だから、君の退学を取り消す権限はないのだよ」
「うるせえ、知るか! お前のせいで俺は大恥をかいたんだぞ! 名誉毀損だ!」
退学を取り消せ、名誉棄損だと、ダリオスは何度も何度も怒鳴る。
一方、取り消しを要求されるたびマリステラさんが拒否するばかり。
と、思いきや、俺とリゼリアに視線を向けた。
「……おい、このクラゲ魔物とガキはなんだ。むかつく顔だな」
俺たちが名乗る前に、呆れた様子のマリステラさんが紹介する。
「ボクの大事な友人、氷クラゲのコーリ君とリゼリア君さ。まったく関係ないのだから、彼らには危害を加えないでくれたまえよ」
「はっ、氷クラゲなんてまだいたのかよ。弱そうな面しやがって……おっ、このガキは龍人族か! 珍しいな、おい! 捕まえて売ったら金になりそうだ……ぐあああっ!」
リゼリアを殴ろうとしたので、躊躇なく《氷弾》でぶっ飛ばしてやった。
「てめえっ、このクソ魔物! やりやがったな!」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろう。歴とした正当防衛だ。リゼリアには指一本触れさせない」
「なっ……喋る魔物だと……!?」
「コーリちゃん、カッコいい!」
「やるじゃないか、コーリ君!」
リゼリアは黄色い歓声を上げ、俺を抱き締める。
周りの学生やマリステラさんも「いいぞ、いいぞ!」と褒めてくれた。
ダリオスって男は、ずいぶんと凶暴な輩だ。
この世界でも権力者だったり、上層階級の人間はこんな奴らが多いのだろうか。
しばしダリウスは俺を睨んでいたが、クエストボードの近くに行くと、にやりと依頼票をむしり取った。
「……ククッ、まぁいい。おい、マリステラ、俺とクエストで勝負しろ。ほら、この緊急クエストだ」
相変わらず見下した表情でダリオスは言い、風で依頼票を飛ばしてくる。
その様子から、先ほどの椅子も風魔法で投げてきたのだろうと想像がついた。
〔緊急クエスト(Bランク):"ベドー霧森"にて、商人の一団が魔物に襲われ孤立している。救助を求む〕
街からそう遠くない大きな森で、行商人の一団が孤立しているらしい。
ダリオスは意味深長な笑みを浮かべて話す。
「マリステラ、どちらが先に商人どもを救助できるか勝負だ。俺が勝ったら退学を取り消しにしろや。この勝負に乗らなきゃ、親父に頼んで大学の支援金を無くすぞ。研究は金がかかるからなぁ、困るだろうなぁ。ああ、どうなんだ?」
「……わかったよ。勝負に乗ろう。魔物学教室だけならまだしも、他の教室にまで迷惑がかかるのは本望じゃないからね」
マリステラさんがため息交じりに承諾すると、ダリオスは勝ち誇った顔でさらなる依頼票を飛ばしてきた。
「ただし、お前は森に住むコボルドの討伐もやるんだ。全部で10体だってよ。まぁ、これくらい余裕でできるだろ。何てったって教授なんだからよ。元生徒としてハンデをくれても……いいよなぁ?」
マリステラさんはもう何も言わず、ただこくりと頷くだけだ。
「ヒャハハッ、面白え勝負になりそうだ! じゃあな! 森に魔物が少ないことを祈っとけ!」
ダリオスは言いたいことだけ言って、取り巻きと一緒にギルドから出て行ってしまった。
未だ混乱に包まれるギルドの中、マリステラさんは力なく俺とリゼリアに話す。
「騒がしくてすまなかったね。というわけで、ボクはクエストに行ってくる。これでも戦闘の心得はそれなりにあるんだ。許可証の発行が遅れに遅れて申し訳ない。帰還したらすぐに発行するから待っていてくれたまえ」
とぼとぼと歩き出すマリステラさん。
俺はリゼリアを見ると、こくりと頷き合った。
「ちょっと待ってください、俺たちも行きますよ。一緒に研究した仲じゃないですか」
「そうだよ。コーリちゃんがいれば、どんなクエストも楽勝だよ。風男も1人で来いって言ってなかったし問題ナッシング」
そう伝えると、マリステラさんの瞳が少しずつうるうると潤み始めた。
ギルドが明るい歓声に包まれる中、彼女は俺たちに勢いよく抱きついた。
「……コーリ君、リゼリア君んんん! 君たちはなんて良い子たちなんだあああ!」
「さ、もう行きましょう。あまり遅れたらさすがにまずいですし」
「みんなで風男をぎゃふんと言わせよ。言われっぱなしじゃ気が済まないもん」
涙を流すマリステラさんにハンカチを渡し 俺たち3人は"ベドー霧森"に向かう。
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