第1話:製氷工場で働いていた俺、氷に転生する
「……暑っ。夜でもこの暑さって、最近の日本ヤバすぎだろ……」
工場の外に出た瞬間、湿気と熱気の籠った空気が全身を包む。
毎夏のことだが、何度経験しても不快な瞬間だ。
スマホの時刻は23時20分。
今日も強制サービス残業に精を出した結果、こんな帰宅時間になった。
もはや、仕事じゃなくてボランティアだ。
昔から”氷”という存在に心惹かれていた俺は、製氷工場の仕事を選んだわけだが……実際はめっちゃきつくて辛い。
まぁ、仕事内容(メインは品質管理)は良いとしても、問題は待遇や人間関係だ。
残業代は出ず、上司はパワハラとモラハラのキメラ。
罵倒とサービス残業に耐える毎日を送るうち、気がついたら32歳になっていた。
彼女もできず、薄給でどうにか食いつなぐ日々。
厳しい生活ではあるが、氷は好きだ。
冷たくて綺麗で、眺めているとなんだか元気になる。
それに、明日は金曜日。
せめて土日までは頑張りたいと思う。
そんな俺の数少ない趣味はキャンプ。
大自然はリラックスできるし、サバイバル知識も身について一石二鳥だ。
何と言っても暑い夏の日差しの下、氷をたくさん入れたハイボールをグッと飲むのがたまらなかった。
考えただけで開放感にあふれ、心が躍る。
気持ちを奮い立たせ駅に向かって歩いていると、不意に風が強くなった。
空もゴロゴロ鳴っている気がする。
思わず立ち止まって上を見たら、分厚い雲が出ていた。
夏の天気は変わりやすい。
一雨降りそうだが、別に構わなかった。
この暑さじゃすぐ乾くだろう。
そもそも、あと数十mほどで駅の入り口に着く。
帰ったら氷がいっぱい入ったハイボールを飲もう。
そう思いながら足を踏み出したとき、頭にガンッ!と強い衝撃を受けた。
「……っ!?」
痛みを感じる間もなく地面に崩れ落ちる。
何が……起こったのかわからない。
打ち所が悪かったためか、身体はピクリとも動かない。
誰かに殴られた? 俺は殺されるのか? ここで死ぬのか?
混乱する最中、頭の傍に転がる半透明の物体に気づいた。
なんと、直径20cmほどもある特大の雹だ。
どうやら、運悪く直撃したらしい。
……これは痛いよ。
他にも大小様々な雹が降ってくる中、数名の駅員さんが駆けつけてくれた。
「お兄さん、大丈夫ですかっ!?」
「こりゃ大変だ……出血してるぞ! おい、救急車ー!」
徐々に駅員さんの声が小さくなり、意識が薄れる。
初めての体験ながら、死ぬんだなと直感した。
駅の明かりに反射する雹……いや、氷が妙に美しい。
氷の煌めきを人生最後の光景とし、俺は死んでしまった。
□□□
再度、ガンッ! という衝撃を受けて目が覚めた。
な、なんだぁ!?
また雹の襲来かと咄嗟に頭を守るとするが、身体が動く感覚はない。
腕も動かせないほど重傷らしい。
目覚めたことを知らせるため、看護師さんか先生を呼ぼうとしたら、周囲の異変に気づいた。
病院じゃなく……かと言って駅前の道路でもなく、なぜか見知らぬ草原にいる。
真上の空は灰色に曇っているが、遠方では青空が広がる。
2つの太陽は煌々と輝き、巨大なドラゴンみたいな生物が優雅に飛ぶ。
なんかとても雄大で綺麗な景色。
謎の場所にしては、なかなかに長閑な光景だ。
……ん?
太陽が2つ、巨大なドラゴン……?
心の中で反芻すると、大変な可能性が突きつけられた。
ま、まさか……ここは……地球じゃ、ない?
どうしてかは全くわからないが、俺は別世界にいるらしい。
そして、ドラゴンと言えばファンタジー。
ということは、これがラノベとか漫画で良くみる"異世界転生"ってヤツか?
女神様とかいないのかな?
いたら状況を教えてほしい。
色々と謎だらけだが、自分の身体を見るとさらなる異変に気づいた。
視線を動かすというより、全身に意識を巡らせるって感じ?
というか、これが一番重大な異変だった。
俺は……人間じゃなくなっている!
透明で全体的に丸くて、所々鋭角。
まるで、俺が死んだ原因の雹そのものだ。
……ん?
……んん?
……んんん?
何か大事なことを思ったような……。
もう一度、自分の身体に意識を巡らせる。
確認すればするほど、俺の無い顔は青ざめた。
これってもしかして、俺…………氷になってるうううううううう!?
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