第98話:冒険者の扱い
ラヴァル廃棄街を出発してから一週間後の早朝。
レウルスは街道の先に見える城壁に気付き、安堵の息を吐いた。ラヴァル廃棄街から見て西にある町、ティリエの城壁である。
予定では五日で到着する予定だったが、丸一日と少しオーバーしていた。
その理由としては、街道で兵士に遭遇しないよう注意していたからだ。当然ながら魔物や野盗も警戒していたが、それ以上に街道を巡回する兵士に注意を払っていた。
『客人の証』があるといえど、兵士に止められると時間を食ってしまう。野盗の一団と交戦した時に関しては“後片付け”もあるため兵士を呼んだが、ジルバが同行して旅をした時と違い、時間と金がかかりそうだった。
そのためレウルスは自身の勘とサラの熱源感知によって近づく者を探り、何か引っかかればそれを避けて進んでいたのである。
その結果として旅程が狂ったわけだが、この辺りは一回しか旅をしたことがないレウルスのペース配分も甘かった。
(ジルバさんは本当に旅に慣れてたんだなぁ……)
そう思うものの、予定よりも遅かったとはいえ無事にティリエまで到達できて安心するレウルス。食料に関しては時折レウルスがエリザとサラから離れて魔物を狩っていたが、水がなくなりかけていたのである。
湧き水などの水源を見つける度に休憩し、革製の水筒に水を補充していたが、夏の盛りを過ぎてもそれなりに暑くて汗を掻くのだ。サラがいるため火を熾すのは簡単で、獲った魔物を焼くのも楽だったが、水だけはどうにもならない。
「予定が狂ったけど、とりあえずティリエに到着だ……今日は一日、ゆっくり休むぞ。明日の朝には出発するからな」
「えー! せっかく来たんだから観光しましょうよ! ……って、言いたいところなんだけど自重するわ」
レウルスとサラは顔を見合わせ、エリザに視線を向ける。ラヴァル廃棄街を出発して三日ほどは元気だったが、徐々に口数も減っていき、今では黙って後ろをついてきている。
単純に疲労もあるのだろう。『強化』が使えるようになったとはいえ、常時使えるほど使い慣れてはいない。荷物についてはレウルスとサラが交代で運び、エリザに疲労が溜まり過ぎないよう注意していたぐらいだ。
「行くぞ、エリザ」
「……うむ」
声をかければ返事はするが、その声色からは元気が感じ取れなかった。レウルスはその反応に眉を寄せたものの、それ以上は何も言わずティリエの城門へと向かう。
ティリエはラヴァルやマダロと同様に、町の周囲を高い城壁で囲まれた城塞都市である。城壁の傍には堀が設けられており、例え『強化』が使えても一気に飛び越えることは不可能だろう。
ただし、ジルバから聞いた話だがラヴァルやマダロと違って近くに廃棄街はないらしい。近くにベルセルとの国境があり、魔物と違って攻められた際に“利用”される危険性があるからだ。
(でも、国境が近い割に兵士の巡回は少ないんだよな……)
警戒しながら街道を進んだレウルス達だったが、一日に一回兵士の一団に会うかどうかという頻度だった。気付くなり街道から外れて兵士の一団を避けたが、二十人から三十人程度の小規模な部隊しか見つからなかったのである。
もっと国境に近づけば頻繁に兵士が行き来しているのかもしれないが、国境からある程度離れているからか、あるいはベルセルが侵攻してこないと考えているのか。
(まあ、俺には関係ない話か)
国同士の争いがどうだと考えても意味はなく、兵士はなるべく避けていくつもりである。今はそんなことを考えるよりも、今世で初となる“普通の”町に足を踏み入れることに意識を割くべきだった。
レウルスは大剣を布で覆い、紐で縛ってからリュックに括り付ける。即座に武器を使える状態にしていた場合、何かしら咎められると考えたのだ。
「止まれ!」
ティリエの城門に近づくと、槍を持った兵士が駆け寄ってくる。レウルスは素直に足を止めると、ジルバの手紙を取り出しながら兵士を待った。
「何者だ?」
槍を向けこそしないが、刺々しい雰囲気である。ただし、つい一ヶ月ほど前に火龍ヴァーニルと正面から向き合ったレウルスからすれば、そよ風程度にしか感じない。
「ラヴァル廃棄街所属、中級下位冒険者のレウルスです。精霊教徒のジルバさんの依頼を受けてティリエの教会に供物を届けにきました。後ろの二人は俺の仲間のエリザとサラです」
そう言いつつ、『客人の証』を見せながらジルバからの手紙を差し出すレウルス。兵士達は素早く目線を交わし合うと、レウルスが差し出す手紙を受け取って中を改める。
「なるほど、精霊教の客人……それもジルバ殿が身元を保証する、か」
兵士の中でも年嵩の男性が呟き、レウルスへ手紙を返す。それまで放たれていた刺々しい雰囲気も消え、レウルス達を観察するような気配に切り替わった。
「冒険者と言っていたが、魔法も使えるのか?」
「『強化』程度ですけどね。町に入る許可はいただけますか?」
城門を守るという役目を負っているから、兵士達の目付きに油断はない。それでもジルバの手紙と『客人の証』が効いたのか、年嵩の兵士が頷いた。
「許可しよう。だが、身元保証金はともかく通行税は払ってもうぞ? 滞在は何日の予定だ?」
「アクラにも供物を届けるので明日出発するつもりですが……おいくらで?」
もしかすると、再び賄賂が必要になるのだろうか。そんなことを考えつつも財布にいくら入っていたか思い出すレウルスだったが、年嵩の兵士はレウルス達の顔をそれぞれ見回してから口を開く。
「滞在は一日か……一人銀貨一枚だ」
(通行税で銀貨一枚……安いのか高いのかわかんねえな。いや、冒険者が町に入らないようにって考えると妥当な金額……か?)
初めて町に入るため、相場がわからない。しかしながら眼前の兵士達は職務に忠実なだけらしく、レウルスは素直に銀貨を三枚払った。すると、木の板と粗末な紐で作られた“何か”を渡される。
「滞在許可証だ。もしも予定を変更して滞在日数を伸ばす場合、もう一度この門へ来い。予定通り一日で町から出るのならどの門から出ても構わん。出る時にこの許可証を回収する」
「なるほど……わかりました」
案外しっかりとしているな、などと思いながらレウルスは頷いた。
「その許可証は首から下げておけ。宿の中ならともかく、町の中で下げていなかったら兵士に捕まるぞ。それと、もし暴れでもしたらどうなるか……わかるな?」
どうやら町の中に入れても扱いは悪いらしい。レウルスはもう一度頷きを返すと、ティリエの城門を潜るのだった。
「おお……これが“町”の中か」
門を潜ると別世界だった――などということもなく、レウルスは初めて足を踏み入れた城塞都市に興味津々といった様子で周囲を見回す。
最初に目についたのは、きちんと舗装された地面だった。馬車などが通るのか道は石畳が敷かれており、靴越しに伝わる感触はしっかりと硬い。
建物に目を向けてみると石や煉瓦で造られているらしく、木造や土壁が目立つラヴァル廃棄街と比べて全体的に頑丈そうだ。さすがに窓ガラスは見当たらないが、窓枠に嵌められた木窓さえ綺麗に整っているように見える。
早朝だからか道を行き交う人の数も多い。着ている服もレウルス達廃棄街の人間と違い、布地の質自体が違っている。
布地に詳しくないレウルスには綿か絹か羊毛か、あるいは他の種類の布地かもわからなかったが、少なくとも目が粗い麻布ということはなさそうである。
「……とりあえず、教会に行くか」
このまま“お上りさん”のように周囲の観察をしていたいが時間は有限だ。
門を潜るついでに兵士に教会の場所を尋ねてみたが、門から入って真っすぐ進めばわかるらしい。その言葉を信じてレウルス達は歩き出し――周囲からの視線を感じた。
それは、異物が町に入り込んだとでも言いたげな嫌悪の視線。子どもを連れている女性は即座にレウルス達の近くから離れ、歳若い女性もレウルス達の姿を見るなり踵を返して来た道を戻り始める。
大剣は布で覆っており、短剣は腰の裏に差しているため目に見える範囲で武器を持っているとは思わないはずだ。それでもやはり“毛色”が違うと一目でわかるのか、町の住人は警戒の視線を向けてくる。
(あー……そういえば、ラヴァル廃棄街に初めて入った時もこんな感じだったっけなぁ)
そんな周囲の視線を、レウルスは懐かしさと共に受け止めた。そして気にした様子も見せずに歩き出すと、町の住人達は眉を寄せながら道を空ける。
道を譲ったというよりも、早くこの場から立ち去れという意思を感じる動きだった。
『……なーんか感じ悪いわねぇ。ラヴァル廃棄街の方が万倍過ごしやすいわよ』
『そりゃお前、冒険者見習いって言ってもジルバさんが身元を保証してるし、俺の身内扱いされてるからな。“俺達の町”だって余所者が相手ならこんなもんさ……ところでこの魔法、エリザが相手でも使えないか?』
エリザだけ除け者にして内緒話をしているようで、気が咎めるのだ。
『んんー……ゴメン。わたしと一対一でなら話せるけど、レウルスとエリザだけで話すのはちょっと……この魔法、そこまで得意じゃないのよ。わたしとアンタは『契約』を結んでるから簡単なのであって……』
『それなら俺とエリザも『契約』つながりで使えるのか? おーい、エリザ。聞こえるかー』
とりあえずエリザに話を振ってみるが、エリザからの返答はなかった。視線を向けてみるが、レウルスの呼びかけに気付いた様子はない。
エリザは周囲から向けられる視線が嫌なのか、視線を足元に固定して歩いていた。それに気づいたレウルスは僅かに考え込んでから足を止め、リュックを漁って寝具に使っていた薄布を取り出す。
「……レウルス? どうしたんじゃ……わぷっ」
寝具に使うだけあって大きさだけはある薄布を外套のように羽織り、その中にエリザを入れる。そしてリュックは左肩にかけて持ち上げると、エリザの頭に右手を乗せて歩き出した。
「ほら、さっさと教会に行くぞ。一晩ぐっすり眠ってすぐに出発だ。ジルバさんが紹介する教会なら大丈夫だろ?」
「う、うむ……そうじゃな」
薄布で周囲の視線が遮られたからか、エリザの声に少しばかり元気が戻った。すると、それに気づいたサラが抗議するように唇を尖らせる。
『あっ、ずるい! ねえレウルス、わたしも入れてよ!』
『狭いから無理だ』
『キイイイィッ! 今回はエリザに譲るけど、いつかしてもらうからね!?』
『思念通話』で不満そうに言いつつも、今回はそれで収めるつもりらしい。実際に声に出さない分別があったのか、とレウルスはサラへの評価を少しだけ持ち上げる。
「あっ……」
「ん? どうした?」
そうやって歩いていると、不意にエリザが声を上げた。その声に釣られたレウルスが視線を向けてみると、そこには一軒の店が建っている。
店の軒先には看板が掲げられており、何かしらの文字が刻まれていたがレウルスは読めなかった。
「なんだ? 飯屋?」
「食べることばかりじゃなお主は……風呂屋じゃ。公衆浴場じゃな」
「ほう……公衆浴場か」
公衆浴場ということは、ラヴァル廃棄街の風呂屋と違ってきちんと湯船があるということだろうか。
ここまでの旅では飲み水を汲める水場はあっても、水浴びができるほどではなかった。精々手拭いを濡らして体を拭く程度であり、風呂に入れるならば入りたいところである。
「寄ってみるか?」
「……良いのか?」
「ああ。少しぐらい高くても構わねえよ」
風呂に入ればエリザも気分転換できるだろう。それならば多少の散財も許容できる。
そう思って風呂屋に足を踏み入れたレウルスだったが――。
「アンタら、外の人間……それも冒険者だな? 冒険者は入浴お断りだ。出て行ってくれ」
実にあっさりと、入店拒否をくらってしまった。野良犬か浮浪者でも追い払うように、素っ気ない態度である。
平成の日本を知るレウルスからすれば、客商売にあるまじき態度だった。だが、ここは日本ではない。そのため僅かに頬を引きつらせるに留め、風呂屋を後にする。
(そりゃ体は汚れてるだろうけど……その汚れを落とすのが風呂屋じゃねえの?)
町の住人と比べて、汚れが酷いから風呂に入るなということなのだろう。レウルスはそう考えるものの、こめかみに青筋が浮かびそうになる。
それでも、剣を抜いて暴れるわけにもいかない。レウルスは落ち込むエリザと憤るサラをなだめつつ、足早にティリエの教会へと向かうのだった。
そして翌日、早々にティリエを旅立ったレウルスは、一つの案を実行しようとしていた。
次なる目的地であるアクラを目指しつつも、これまで以上に意識を集中させて周囲の様子を確認する。
『ねえ、目が怖いんだけど……』
『教会のお爺さんが言うには、ティリエとアクラの間には川があるんだ……そこに行くぞ』
ティリエの教会には老神父とでも評すべき精霊教徒がいたが、『客人の証』を見せると喜んで歓待してくれた。
一晩の宿を借りるということでレウルスも銀貨を五枚ほど寄付したが、それを差し引いても丁寧かつ親切にレウルス達を労ってくれたのである。
ティリエの町の中は良い印象がなかったが、教会に関しては居心地が良かったと心から言える。それに加え、レウルスはドワーフに関する情報だけでなく近くの川の場所を聞いておいたのだ。
ドワーフに関しては空振りだったものの、アクラに向かう途中で街道から逸れた場所に川が流れているらしい。ティリエの精霊教徒は詳しい場所までは知らなかったものの、近くを通れば音でわかるそうだ。
『川? 水浴びでもするの?』
『合ってるけど違う。というかサラ、お前の協力が必要なんだ』
『はい? え? わたしが何かするの? 危なくない?』
少しだけ腰が引けたような声で尋ねるサラ。レウルスはそんなサラに笑ってみせる。
『危なくないぞ? お前を“頼り”に思うからこそ、協力を仰ぐんだ』
『っ! し、しかたないわねー! 頼られたら仕方ないわー! 仕方ないったら仕方ないわー!』
動揺しているのか、サラの言葉が怪しくなっている。レウルスはそれに構わず、索敵しつつも周囲の様子を確認した。
『で? で? わたしは何をすればいいの?』
『なに、簡単なことだ』
ワクワクした様子で尋ねてくるサラに対し、レウルスは笑みを深めて言う。
『水に入ってお湯に変えるだけの簡単なお仕事だ……期待しているぞ、火の精霊?』
『わたしってば風呂を沸かす薪扱い!?』
風呂に入れないのなら、自分で作ってしまおう。
川を見つけたら、サラに頼んで即席で風呂を作ろうと決意したレウルスだった。




