第90話:帰還
マダロ廃棄街を出発して三日目の夕方。
レウルスは遠目に見えてきたラヴァル廃棄街の町並みに、自然と安堵の息を吐いていた。
「帰ってきたな……」
「じゃな……」
行きと異なり、ジルバによる“講義”が少なく、魔物や野盗の襲撃もなかったため一日ほど旅程を短縮できた。
一日でも早く帰りたかったレウルスとしては嬉しいが、いざラヴァル廃棄街を目前にすると嬉しさよりも安心感が湧き上がってくる。
「あれがラヴァル廃棄街ね! マダロ廃棄街と比べて町並みも備えも貧相だけど、まあいいわ!」
「お前今からでもヴェオス火山に帰れよ。俺達の町を馬鹿にするなら帰るよりも先に“還す”ぞ」
感慨に耽るレウルスを邪魔するように叫ぶサラ。そんなサラに対し、レウルスは冷たい視線と声をぶつけた。
「ここまで来て帰るなんて嫌よ!? 絶対に帰らないんだからねっ!」
レウルスの言葉を受けたサラはジルバの背後に隠れつつ、抗議するように言う。
その姿を見たレウルスはどうにか『契約』を解除できないものか、とため息を吐いた。
「……何か様子がおかしいですね」
そんなレウルスとサラのやり取りの傍ら、ジルバがラヴァル廃棄街を見ながら呟いた。それを聞いたレウルスは目を細めてラヴァル廃棄街を見るが、ジルバの言うように何か様子がおかしいとは思えない。
「門を見てください。普段なら見張りの方があれほど動き回ることはないのですが……」
「でも、鐘は鳴ってませんね……急ぎましょう」
遠くに見えたラヴァル廃棄街の門周辺では、ジルバの言う通り冒険者達が頻繁に動き回っていた。既に夕方でもうじき夜が来るが、それにしては慌て過ぎである。
レウルスはエリザを抱きかかえて走り出し、サラを抱きかかえたジルバがそれに続く。
もしかするとラヴァル廃棄街を留守にしている間に強力な魔物が出たのかもしれず、それならば速やかに助力する必要があるだろう。
そんなことを考えながら残りの道程を駆け抜けるレウルス。そして門に近づくなり、見知った顔を見つけて声をかけた。
「トニーさん!」
「あん? んっ? れ、レウルス!? エリザの嬢ちゃんも無事だったのか!?」
門番のトニーに声をかけたものの、なにやら反応がおかしい。レウルスはエリザを地面に下ろしつつ、不思議そうな顔をした。
「俺もエリザも無事だけど……何かあったのか?」
どうやら強力な魔物が出たわけではないらしい。そのことに安堵しながらレウルスが応えると、トニーは疲れたように肩を落とす。
「何かも何も、お前が受けた依頼の内容と“実態”が違ったからだよ……マダロ廃棄街から届いた追加の情報で、中級中位どころか中級上位の魔物が複数種類徘徊してるって聞いてな……早く組合に行ってこい。大騒ぎになってるぞ……」
「お、おう……」
そういえばそうだった、とレウルスは焦りながら走り出す。マダロ廃棄街としてもヒクイドリを知らなかったため情報に齟齬があったが、元々は中級中位の魔物を倒してほしいと依頼されていたのだ。
実際には中級上位に匹敵する魔物で、化け熊や翼竜、更には火龍に火の精霊と“予定外”のオンパレードである。
マダロ廃棄街からは追加の情報を送ったと聞いていたが、どの程度の情報が伝わっているかは不明で、ラヴァル廃棄街としても看過できない話だろう。
トニーへの挨拶をすぐに打ち切り、レウルスは約三週間ぶりとなるラヴァル廃棄街に足を踏み入れる。そして大通りを駆け抜けて冒険者組合に到着し――木製の扉を貫くほどの怒声が聞こえてきた。
「だから俺とシャロンが行くって言ってるだろ! 中級中位どころか中級上位の魔物が複数だぞ!? マダロ廃棄街の奴ら、当てにならねえ情報寄越しやがって!」
「ボクと兄さんなら三日あれば着く。間違った情報を渡した“ケジメ”は取るべきだと思う」
怒声の主は、先輩冒険者のニコラである。まさに怒り心頭といった声色で叫んでおり、その後ろにはシャロンも続いていた。シャロンはニコラほど大きな声ではなかったが、底冷えのする静かな怒りが滲んでいる。
そんな二人の声を聞いたレウルスは、慌てて扉を開けた。
「ちょっと待った! 俺もエリザも無事だし、ちゃんと帰ってきたって!」
タイミングが良かったのか、悪かったのか。もしも帰ってくるのがあと一日遅ければ、怒り狂ったニコラとシャロンがマダロ廃棄街へと向かっていたのだろう。
「レウルス!?」
「ワシも一緒じゃぞ……いや、一緒です」
冒険者組合の扉を開けて飛び込むと、ニコラが驚愕した様子で振り返る。その剣幕にエリザも怯え、言葉遣いを改めるほどだった。
組合の中にはニコラやシャロンだけでなく、他の冒険者達の姿もある。中にはドミニクの姿もあり、無言で腕組みをしていた。
冒険者達は受付に座るナタリアとその後ろに立つ組合長のバルトロに詰め寄っていたらしい。レウルスに気付いたナタリアは、珍しく疲れたような声を発した。
「おかえりなさい、坊や……無事で良かったわ。ええもう、本当に……危うくニコラ達がマダロ廃棄街に攻め込むところだったわ」
そう言って煙管を咥えるナタリアだが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。どうやらナタリアもレウルスとエリザのことを心配していたようだ。
「おう、それだよそれ! マダロ廃棄街の奴が追加で情報を持ってきたと思えば、中級中位どころの話じゃなかったらしいじゃねえか!」
「ああ、うん。マダロ廃棄街としても、見たことがない魔物だったから中級中位だって判断したらしくてさ……姐さん、向こうの組合長から」
レウルスはリュックを漁ると、一通の封筒を取り出す。ラヴァル廃棄街の冒険者組合に渡すよう、ロベルトから受け取っていたのだ。
「中を改めさせてもらうわね」
レウルスが封筒を渡すと、ナタリアは早速開封する。そして封筒から出てきた手紙を一読すると、バルトロに渡した。
「ふん……救援依頼の内容の齟齬に関する詫びと、事の顛末か。レウルスへの補償として報酬の割り増しと素材の譲渡……ん?」
そこまで呟き、バルトロは眉を寄せた。
「おい、レウルス」
「なんっすか組合長」
「この手紙、書き間違いでなければ翼竜を倒して依頼を達成したって話になってるが……」
困惑しながら尋ねるバルトロだが、レウルスとしても情報が錯綜していて説明に困る。
中級中位と思われたヒクイドリは中級上位で、中級下位の化け熊や中級上位の翼竜が乱入し、火の精霊が顕現して火龍が横殴りしてきたのだ。後半は話せないとしても、色々と説明する必要があるだろう。
むしろ、説明しなければニコラを筆頭に冒険者仲間がマダロ廃棄街へと突撃しそうである。
「ええと……どこから話したものか」
ヴァーニルとサラのことは伏せながら、レウルスは今回の騒動に関して説明を行うのだった。
「レウルスとエリザの嬢ちゃんが無事に戻ってきたことを祝って、乾杯!」
『乾杯!』
マダロ廃棄街で行ったことを説明した後、何故かドミニクの料理店に移動して宴会を行うことになった。
乾杯の音頭を取るのはニコラで、多くの冒険者が宴会に参加して酒を飲み始めている。
なお、この場にサラとジルバはいない。サラが余計なことを口走る危険性があったため、ジルバに教会へと連行してもらったのだ。今頃はラヴァル廃棄街の流儀や世間の常識について学んでいる頃だろう。
ジルバとしても、精霊教師であるエステルに今回の騒動に関して報告する必要があるらしく、サラの存在は説明に必要なのである。
それに加えて、レウルスとしても今日だけはラヴァル廃棄街の仲間達と過ごしたいという気持ちがあった。
色々と情報が錯綜していたものの、レウルスが説明をしたことで辛うじてマダロ廃棄街への突撃は避けられた。
レウルスが駆けつけた段階でマダロ廃棄街は戦力の大半が戦線離脱しており、当初倒す予定だった魔物――ヒクイドリがラパリにしか生息しない魔物で情報がなかったこと。
そのヒクイドリも巨大な翼竜が暴れていた影響でマダロ廃棄街の近くへと移動してきたのであり、他の中級の魔物も同様だったこと。
レウルスはエリザやジルバと協力して翼竜を倒し、依頼を完遂したこと。
マダロ廃棄街では嘘を混ぜて報告したが、ラヴァル廃棄街でも同じことをする羽目になった。それでも“真実”を全員に伝えるわけにもいかず、心苦しいと思いながらもレウルスは嘘を貫き通したのだ。
ニコラ達が自分とエリザのことを心底から心配し、怒ってくれていたことが理解できる分、レウルスの心苦しさは増すばかりである。
「すみません、おやっさん……譲ってもらった剣、駄目になっちまって……」
そんな嘘を吐いたこともそうだが、レウルスにとって一番辛いのがドミニクの大剣を失ったことだ。料理を作っているドミニクのもとに足を運んで頭を下げると、ドミニクは口の端を吊り上げて笑う。
「なに、あの剣はお前にやったものだし、武器はいつか壊れるものだ。それよりも、お前とエリザが無事に帰ってきた……それだけで十分だ」
「おやっさん……」
武器が壊れたことを怒るよりも、レウルスとエリザが無事で帰ってきたことを喜んでくれているらしい。
――嗚呼、戻ってこれて本当に良かった。
ニコラ達が怒ってくれたことといい、ドミニクの言葉といい、ラヴァル廃棄街に帰ってくることができて本当に良かったとレウルスは思った。
そうやって内心で感動していると、背後に人の気配を感じ取る。レウルスが肩越しに振り返ってみると、そこにはコロナが立っていた。
「レウルスさん……」
「コロナちゃん……あー、なんだ、ただいま」
頬を掻きながらレウルスが“帰宅”の挨拶をすると、コロナは一瞬だけ泣きそうに表情を歪め――すぐに花が咲くような笑顔を浮かべた。
「はいっ、おかえりなさい!」
見る人を癒すような、優しい笑顔である。その笑顔を見たレウルスは、『やっと帰ってきたなぁ』と思いつつもバツが悪そうに頭を掻く。
「出発前に渡してくれた弁当、美味かったよ。あと、土産がどうこう言ってたけど……ごめん、買う暇と場所がなかった」
マダロ廃棄街は魔物の脅威に晒されていたこともあり、店などもまともに開いていなかった。レウルス達が巨大な翼竜を“持って帰ってきた”後も、魔物が襲ってこないか警戒して時間がなかったのである。
「いえ、いいんです」
さすがにヴァーニルにもらった『魔石』や『宝玉』を渡すわけにもいかないだろう。そんなことをレウルスが考えていると、コロナは首を横に振ってから微笑む。
「レウルスさんとエリザちゃんが無事に帰ってきてくれた……それが何よりのお土産ですから」
(……やっぱり精霊教よりコロナちゃんを信仰するわ、俺)
やはり『魔石』か『宝玉』を――いっそのこと全部渡してしまってもいいのではないか。
思わずそんなことを考えてしまうが、さすがに数百万ユラもすると聞いた物を渡すのは色々な意味で危険過ぎる。
「コロナ、コロナッ、ワシも帰ってきたぞ? ただいま、じゃぞ?」
「ふふっ……エリザちゃんもおかえりなさい」
レウルスがドミニクに謝罪をすると言ったからか、それまで距離を取っていたエリザも近づいてくる。そして甘えるようにコロナへ抱き着くと、コロナはエリザを受け止めて柔らかく笑った。
そんな微笑ましい二人のやり取りを眺めていると、ドミニクが小さく笑いながら声をかけてくる。
「疲れただろう? 好きなものを作ってやる……何か食べたいものはあるか?」
ドミニクの言葉に、レウルスとエリザは顔を見合わせ――すぐに声を合わせて言った。
『塩スープで!』
3章終わりませんでした……これで終わりで良い気もしましたが、次でラストです……多分。
どうも、作者の池崎数也です。
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それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




