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日清戦争 -49 鎮遠の陰

護衛艦隊 旗艦『松島』

「おー驚いている 驚いている。」

 伊東はほくそ笑んでいる。第1遊撃隊は後方から左舷側に回り込む行動をしており、すでに視界には入っているであろうに清国艦隊は動きを見せない。実質、並走しているだけだ。

 方伯謙と同じようにマストに上がって敵情を見ている伊東長官はほくそ笑んでいる

「よく見えますね」

「いや見えていないぞ。ただあれが清国艦ということはわかる。近寄ってこないからな。列強の船なら接近して確認にかかる。それ以外の船なら避ける。その双方ではない。接近してこないのは接近したくない、もしくは接近できないから。」

「『鎮遠』があるからですか?」

「そうだ。日本艦隊だということはわかる。その艦隊にひときわでかい船がある。そして見慣れた船というとなればあの距離でもわかる。そして驚く。」

「驚かせるにしても持ってくるのも大変でしたけど。まあ、対地砲撃に投入するからよしとしましょう。」

 史実とは違い、黄海海戦にて2隻の定遠級を降伏させたが、特に『定遠』については被害がひどかった。そのため日本は『鎮遠』の修理を優先。修理資材の一部(破損していた主砲の部品)すら定遠から転用。鹵獲砲弾もすべてこちらに積載、乗員を急遽用意したうえで出撃させたのだ。

「旅順を落として…主砲弾を鹵獲すれば定遠級は使える戦艦にできる。そこまで使えないよりも旅順陥落を早めて戦力化する方が効果的。そのためならば残り少ない主砲弾を使い果たしても構わんだろう。」

 という判断もある。そのため、砲弾国産化が可能か検討できるかどうかの調査用の砲弾を除き、240発ほどの主砲弾を用意してきたのだ。

「でも1門当たり60発しかないですよ。使いすぎには注意してくださいね。」


 『済遠』

「右から敵艦確認!!先頭は巡洋艦と思われます!!煤煙から計3隻以上!!」

見張りが叫びそれを見たほうは伝声管に叫ぶ

「回頭!!撤退!!威海衛に。」

 判断は早かった。日本艦の強さは黄海海戦で証明されている。特に高速艦艇の速射砲群は少数巨砲の清国艦隊にとっては脅威でしかない。

「なぜ逃げるのだ!!方伯謙!!」

 見張り台から降りてくると犬が叫んでいる。

「敵艦隊に松島級3隻を確認しました。当方の艦隊めがけて突進してくる巡洋艦が3隻以上。日本艦隊の巡洋艦は松島級以外、足が速い。今逃げないと、追いつかれてつぶされます。」

 方伯謙は叫ぶ。

「『平遠』反転せず!!むしろ敵艦隊への接近するように進路を向けます!!」

 伝声管から見張り員の声を聴いた水兵が叫ぶ

「方伯謙『平遠』に続くのだ!!恥ずかしくはないのか!!」

 犬はまだ叫んでいる。だが方伯謙はそれに言い返さない。苦虫をかみつぶしたような顔で『平遠』を睨んでいる

「馬鹿者が…」

 方伯謙はつぶやくと、再び犬が剣を抜く

「我を侮辱するか!!」

 怒りに震えた顔をしている。

「低速な『平遠』は身を捨て情報収集と時間稼ぎをしてくれようとしています。敵情は手旗信号でこちらは受け取れるうえに…『平遠』にとらわれている間は追撃の足が緩む…」

『平遠』の速力はたったの10.5ノット。清国艦隊で一番の鈍足。清国艦隊は『平遠』を除けば15ノット出せる船だ。

「『平遠』を殺したのはあなただ。私は『平遠』に拿捕した船を連れての帰還命令を発したのに拿捕した船の護送は給炭船が引き継ぐ代わりに『平遠』をこの任務に従事させろと圧力をかけてきたあなただ!!」

 方伯謙は犬の襟首をつかんで壁に押し付け、顔面を極端に接近させて怒りの表情で叫んでいる。周りにいた水兵が犬を抑えている。犬の手には剣が握られているからだ。

 直後方伯謙は自らの剣で犬を切り捨てる。

「彼は日本艦隊の砲撃で名誉の戦死を遂げた。直ちに死体を海に落とせ。書類には水葬したとせよ!!」

 方伯謙は周りに命じる。これでもう、犬はいない。

「後部見張り台に信号手を乗せよ。逐次情報は報告させろ!!」

 周りは方伯謙の剣幕に行動を始める。

「急ぎ撤退。日本艦隊の編成を伝えるんだ。これだけの攻撃能力があれば旅順は無理でも旧式砲台ばかりの大沽砲台はやられる。北京を落とす気だ!! 1隻でも生き残ってこの情報を伝えるぞ!!」


『松島』

「隊列を転換する。第1遊撃隊第2分隊には艦隊から分かれてもらってでも敵を追撃してもらう」

「よろしいので?」

「第3遊撃隊を第2分隊の代わりに展開する。1隻あたりの戦闘能力は低いだろうが数は多いから何とかなるだろう。1隻離れた清国艦を拿捕するための船も出せ。第3遊撃隊から2隻ほどな。」


 『済遠』

「『平遠』から信号、敵艦『浪速級』、『千代田』『和泉』の3隻です。」

その報告はその場を戦慄させる。17ノット以上の高速艦ばかりだ。煤煙がある以上、煙をたどればいい。まだ時間は午前中。逃げ切れる保証がない。

「缶が壊れても構わん。全速力だ。」


『浪速』

「『済遠』艦長…見事だな」

東郷が敵を褒める

「ほめている場合ではないですよ。撤退方向はおそらく威海衛です。彼我の距離からして18㎞以上。敵は逃走中と仮定した場合、砲撃可能距離まで全速力で3-4時間 並走まで5時間といったところです。しかし、この位置からして威海衛は200㎞程度おおよそ108海里。敵速力15ノットで7時間といった距離です。戦術的状況次第ではぎりぎり威海衛に逃げこまれてしまいますよ。」

 田中がつぶやく。もう周りは田中のつぶやきを気にしなくなった。

 東郷は当たり前のようにうなずくと田中からバインダーを受けとると、微笑を浮かべる。

「全艦、限界速力を下命せよ。陣形が開いても構わない。追いつくことだけを最優先だ。」

『和泉』の速力に合わせず、2隻ともに最大速力を出せば時間3ノットの速力差。相対速度は大体時間5.5㎞。3.5-4時間ぐらいで並走まで持ってこれる。

「それも必要性がないかもしれないですが。坪井司令次第です。」


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