日清戦争 -45 戦後処理
旅順
「逃げて帰ってどうするのだ!!方艦長!!」
唯一、清国艦隊本隊として参加してほとんど無傷で生きて帰ってきた。『済遠』艦長方伯謙は責められている。
「勝敗が決す前に逃げた。これは敵前逃亡であるぞ。」
罪状はこれだ。唯一生きて帰ってきたこと。それを責められている。
「貴様は帰ってきたときに清国側の勝利と伝えてきた。それがどうだ!!5000名の精鋭とともに輸送船は拿捕され、敵に損害ほぼなく、味方は生きて帰った艦は片手で数えられるほどだ。!!貴様にその敗北の責任は存在するのだぞ!!」
責める相手の意図はこれだ。責任逃れだ。方艦長はそれに一切口を開かずに堪える
「何か申し開きはあるか。」
偉い人が冷静に声をかける。
「申し開きの必要はありません。罪状は明白です。」
責任逃れの役人は方を断罪しようと動く。方の言い分を一切聞き入れないように。
「敵前逃亡は重罪。それはわかっておる。しかし、本隊から唯一の生還した者の意見を聞かねばなるまい。」
冷静な人間がいて助かった。
「私は艦隊保全を命じていた。交戦は避けよと。しかし、積極的に交戦して生きて帰ったのは『済遠』だけである。」
冷静な人間その人は北洋艦隊の整備を主導した李鴻章だった。方伯謙を裁ける直属の上司はこの世におらず、裁くにはその上司である李鴻章を必要としたのだ。
「私は常々、艦隊保全を唱え、周りに伝えてきました。艦隊ある限り、北京陥落はないと。」
「北京陥落などあり得ぬ!!北京には我が国の精鋭が集結しつつある!!」
責任逃れの人間が叫ぶが、李鴻章・方伯謙が目線で威圧する。
「陸上行軍は日24㎞ほどが限界。一方、船は10ノット1時間で18㎞。兵の負担もない。日本の北京攻略軍が上陸してから国境線に展開している清国軍が引き返しても間に合いません。国境から北京までどの程度の距離があるか考えられますか?」
李鴻章は首を縦に振る
「故に私は艦隊決戦を避け、艦隊を温存すべきと具申しておりました。それにもかかわらず、艦隊は決戦を挑まざるを得なかった。なぜか。」
方伯謙は騒いでいた男に目線を向ける。
「銘軍5000の鴨緑江への輸送、護衛を命じられたからです。これを守るために出動を余儀なくされたのです。本来これを断るべきでした。」
これに目線を向けられた役人は顔色を悪くする。
「銘軍には旅順より徒歩行軍させるのが最適解でした。これなら艦隊は安全な海域にひそめばよかったし、最悪、籠城すればよい。旅順と威海衛に艦隊ある限り日本は北京に上陸させることはできません。」
「北京の守りは万全だ!!」
責任逃れ男が叫ぶが、李鴻章は側近に命じて退出させる。責任逃れ男は抵抗しながら無理やり追い出される。
「海戦においても初期に発見した兵力 12隻の主力艦だけを考えれば最善ではないもの迎撃に出たのは次善策です。清国艦隊の勝利もわずかにはありました。最善策は銘軍5000を鴨緑江に全力で向かわせたうえで敵の眼前から逃走することでした。この状況なら12隻は皆、北洋艦隊を追い、輸送船は無事。さらに撃沈される船こそ出たでしょうが、このような全滅は避けられました。」
李鴻章は聞き入っている
「しかし敵のほうが上手でした。高速艦艇が逃走前に退路を塞ぐように展開。退却の判断がもう少し早ければ。もしくは退路を封鎖しないような進路をとっていれば北洋艦隊は損失こそ出ましたが日本艦隊が北京を攻撃する余地はありませんでした。
また、輸送船団を拿捕した6隻も存在そのものが偶然の産物。主力会敵時点で存在を覚知できませんので本隊に対処する行動をしているうちに輸送船団は助けられない存在になりました。
故に、見捨て北洋艦隊の保持を優先する情勢です。最悪、輸送船団は陸に向かって突進し、座礁、兵員だけでも揚陸、そこから徒歩行軍で鴨緑江に向かえばよかった…しかし 将軍にはその判断ができなかったようですが。」
「ならばなぜ逃げた。交戦中に。そこまでこれば次善策に従い、日本艦隊を打ち破るしかなかったではないか?」
「勝機が見えぬ戦になってしまったからです。日本艦隊の速射砲のつるべ打ちは確実に清国艦隊の動きを妨害しました。結果、我々はほとんど日本艦隊に命中弾を与えられませんでした。すでに僚艦は沈没し始めていました。
つまり、私が離脱した時点ではすでに負け戦でした。その中で日本艦隊の行動により、退路が開けたからです。日本艦隊は艦隊行動の結果、退路を開けてしまった。こうなれば1隻でも多くの船を逃がす判断をするのが上策。そして真っ先に脱出したのが私だったということです。」
「つまり艦長から見てみれば敗北が決してから逃亡したということかね?」
「はい。『定遠』および『鎮遠』の不沈性を私は信じておりました。故に日没まで耐え、日没後に逃走を開始する。しかし、他の船は違う。日没まで耐えることはできないでしょう。まあ、『定遠』『鎮遠』は思ったよりも不沈ではなかったようですね。」
方伯謙が次に睨むは開戦に参加しなかった外国人顧問だ。彼らも責任逃れ発言をしていた。そして定遠級の不沈性を喧伝していた。
「つまり方艦長は最悪の事態 北洋艦隊の完全なる全滅は避けたということか。」
「はい。私が逃げずに戦っていても少なくとも本隊に所属し、砲撃を受けていた10隻は生きて帰れないはずでした。逃走中に『広甲』を座礁で失ってしまいましたが、実質2隻…私はあの地獄から生還させたのです。」
「わかった。今回の敗戦の責任は方艦長にはないということはわかった。だが敗戦は敗戦。逃亡は逃亡。ある程度の責任は取ってもらうが、…まともな指揮官は生き残っておらん。故に戦中に大々的には罰せぬ。再戦の機会を与える。だがそこで戦果なき場合、覚悟せよ。具体的作戦案は方伯謙 貴様がまとめよ。」
「かしこまりました。」
「艦隊保全の命を破らざるを得なくなった原因は処罰せねばな。最終決定を下したのは私だが、圧力をかけてきたのは翁 同龢。帝の師にあたり、現在の軍機務処大臣・戸部尚書だ。責めを負ってもらうぞ…私とともに。」




