日清戦争 -27 平壌の戦4
気球部隊 田中義三1等卒
「見事です少尉殿!!」
田中が電話で気球と連絡を取っている。
この気球部隊、指揮官は現時点で気球の上にいる砲兵部隊の少尉である。しかし、着弾観測技術のある兵士がその少尉しかいないので気球に搭乗して敵の位置を確認、マス目をつけた地図による砲撃指示、着弾観測を行っている。その一方、地上にいる田中義三が
数人の輜重兵所属兵と共に気球をコントロールするための日本人人夫を指揮している。
気球本体の操縦は島津源蔵という老人が行っている。日本初の有人水素気球を作成した人間である。
田中が元山で見た樽の中身は濃硫酸だった。これに朝鮮国内や搬送した鉄くずを使用して水素を発生させた。これがこの世界線における日本での気球の軍用利用であった。史実では日露戦争にて気球の利用が検討された程度である。
「砲撃中止を要請してください。もう十分敵をたたいた。平壌城攻めのため砲弾を温存しておきたい。」
「かしこまりました。」
田中は付近の別の電話を操作する。日本でも電話の普及が始まった時代ではある。気球部隊に必要な物資として陸軍参謀本部が民間用を徴用。何とか元山支隊に持たせることに成功したものである。むろん、通話可能圏内は限定的。常に移動する歩兵隊には電線の敷設が追いつかず、気球から垂らされた旗による一方的な命令伝達に留まっている。
この電話が通じるのは朔寧支隊司令部、朔寧支隊砲兵隊の2か所だけだ。一応、朔寧支隊司令部から元山支隊司令部への回線も存在するから時間は多少かかるも元山支隊にも伝えることができた。
『砲架を外した砲を運んでいる?どうゆうことだ』
片手に電話の受器(当時の電話の構造上、話す部位は電話機に固定されている。) もう一つの手に朔寧支隊司令部への電話をかけようとする。
その中、電話口から聞こえてきた声。
「砲架を外した砲…まさか…」
とある漫画に出てきたシーンを思い出す。今時こんなに調べている作品は珍しいと、前世、漫画家友達から紹介された本。
「どこを狙っている?」
その本の描写とは合わない。だが、何か通常では狙えないものを狙っている。何を狙っている。
「田中輜重卒!!朔寧支隊司令部からです。至急気球を下ろし、後退せよとの命令で…」
その砲が火を噴いた。砲弾は空で爆発した。砲弾は榴散弾だ。だがその位置は散弾が日本軍の頭上を越えるような状況だった。
「榴散弾!!だがそんなところで爆発しても…まさか!!」
清国軍 指揮官 左宝貴
「空の球体からこちらを監視している。あの球体を落とせ!!榴散弾を使用。砲架(ホウカと読む。野戦砲を支えている部分。) を外しても構わん。確実に叩き落せ。あれがあるか無いかでは砲撃の命中率が変わる。生き残りたければ撃て!!撃ち落とすんだ!!」
気球部隊 田中義三1等卒
「気球を下せ!!狙われているぞ!!」
田中は叫ぶ。周りが騒然とする。
「引け!!気球を下せ!!失えば今後の戦局に影響が出る。」
(それにあの高さから落ちたら死んじまう…爺さん…戦争が終わったら協力してくれるんだろ!!死ぬんじゃねぇぞ!!爺!!)
気球
「なんじゃ地上は何を判断したんだ」
「こちら気球。なんだ!!」
『敵砲兵が狙っています。気球を。』
「我々がいなければ砲兵は!!」
『その高さから落ちたら死にます。それにこの平壌戦以降にも気球は投入しなければなりません!!気球を失うわけにはいきません!!』
地上では人夫が縄と格闘している。午前中よりも風が強くなったせいか、人夫たちが振り回されている。
幾度か砲撃が行われた直後、効果速度がいきなり早まる
「降下じゃない…落下だ…若造。おもりを落とせ!!落下速度を落とすんだ!!」
榴散弾の散弾が命中したようだ。空気よりも軽い機体である水素が気嚢から逃げ出す。重量が軽くなれば多少、効果速度が落ちるだろうが
「雀の涙だな…すまんな若造…」
気球は山肌に向かって落下していった。
朔寧支隊 司令部
「気球部隊より入電。」
「わかっている。彼らの献身に勝利を捧げなければならん。砲兵隊に伝えろ。平壌城壁への砲撃を開始せよ。」
「了解。」
しかし、この先の戦局は史実通りだった。元山支隊および朔寧支隊の砲兵は平壌城壁に歯が立たなかった。朝鮮半島の低インフラ状況を加味して持ち込んだ大砲が分解組み立ての可能な山砲と呼ばれる大砲だったためだ。通常の野戦砲よりも軽量で、バラバラに分解した場合、馬による牽引ではなく、人や馬の背に乗せて運べるために山地や不整地における移動に適した代物である代わりに威力が低い。
結局双方決め手を欠く持久戦となり、なぜか出撃してきた清国軍 指揮官 左宝貴を砲撃で戦死に追い込むも北部戦線もまた膠着。史実では食料もないのに戦は持ち越しになる。はずだった。




