2-27話 乳白色の露天風呂
男達が真剣な話しを繰り広げている頃。
露天風呂へと導かれた乙女達は、キャッキャと笑いながら、湯けむりに包まれていた。
石を敷き詰めた風呂場は、見目美しく、広い。
見上げた先にある無数の星が、彼女達を妖艶に照らしてくれていた。
そんな湯船に身をゆだねた柚希が、そっと目を瞑り、ふぅ、と吐息を漏らす。
「いいお湯」
「はいなのです」
こんこんと湧き出る乳白色のお湯が全身を包み込み、じんわりとした暖かさが、昼間の疲れを溶かしていく。
すぐにでも眠ってしまいそうな心地よさだった。
だが、そんな幸せな空間にあっても、美雪の目に映るのは、2人の敵の姿。
「おっぱいが、浮いてる……」
露天風呂の心地良さを打ち消すほどの劣等感が、彼女を蝕んでいた。
ぐぬぬ、と感情をもらした美雪が、ふと自分の胸へと手を当てれば、寂しい感触が返ってくる。
残念ながら、浮力のような物は一切感じなかった。
「ゆずちゃんのおっぱいも、ペルちゃんおっぱいも、ホントにおっぱい……」
意味のわからない言葉をつぶやいた美雪が、むぅ~、と頬を膨らませて、お湯の中へと沈んで行く。
そして、近くで犬かきをしていたルメをガシッと捕まえた。
『ふひゃっ!! い、いきなりどうしたでござるか!?』
「ルメちゃんは、味方だも~ん」
不貞腐れた微笑みを2人の敵に向けながら、自分の胸を隠すようにルメを抱きしめる。
そして、ベー、と舌を出した美雪がルメの背中に顔を埋めた。
そんな美雪に対して柚希から苦笑混じりの声があがる。
「いつも言ってるけど、美雪ちゃんは、おっぱいの大きさにこだわりすぎじゃないかなぁ?
史記くんも言っていたでしょ? 大きくても小さくてもおっぱいは大好きだって」
「はいなのです。史記様はマスターのおっぱいも、美雪様のおっぱいも等しく愛でてるですよ?」
「むぅ~、……そうなんだけど」
巨乳2人からの抗議に、納得がいかないと、美雪が唇を尖らせた。
「おっぱいは大きい方が得だよね、ルメちゃん」
さぁ、援護を貰おう。
そんな気持ちでルメへと話を振ったのだが、彼女は不思議そうに首をコテンと捻ってしまった。
「おっぱいは、大きさよりも出る乳の量が重要でござるよ? 女の魅力は、ふさふさの尻尾と毛並みでござる」
「……あ、うん。なんかごめんなさい」
残念ながら、狐であるルメとは価値観が違いすぎたようだ。
巨乳の敵は2人、ルメの援護射撃は貰えない。どうやら負け戦らしい。
「むぅ~~~」
ルメを開放した美雪が、唸りながら目元までをお湯の中に沈める。
ワニのように目から上だけを水面に出した美雪の視界に映るのは、水面に浮かぶ艶やかな素肌。
小学生に間違えられる自分の胸が、なんとも寂しかった。
「うがぁーーーーーー!!」
お湯を撒き散らすかのようにザバーっと音をたてて立ち上がった美雪が、両手を開いて天に掲げる。
「おっきくなりたいよーーーーーーー!!」
心からの叫びが、湯けむりの中にこだました。
指の隙間から覗く星たちは、どこまでも輝いる。
「星達よ、ユキにおっぱいをあたえたまえーーーー!!」
最早ヤケクソだった。
両手、両足を大きく広げ、全身で星の輝きを浴びる。
そんなスレンダーな体をあざ笑うかのように、春の風が吹き抜けた。
「ふぇ、さむっ……」
一瞬にして興奮が冷めた美雪が、ちゃぽんとお湯の中へと戻る。
言うまでもなく、浮力を感じるのは両手だけ。星達が願いを叶えてくれるような事は無かった。
「はぁ……」
テンションまでもが冷えてしまった美雪が、ふと水面に浮かび上がる自分の手に視線を送れば、左手の中指に小さな星が1つ輝いているのが見える。
空飛ぶスライムと戦ったときに貰った青い星、<神事の魔導書>。
「まほう……」
凛とした表情を浮かべた美雪が、消え入りそうな声で小さく呟いた。
「ペルちゃん……。ユキに魔法の使い方、教えてくれない?」
真剣さをまとった声を発した美雪が、まっすぐにペールを見据える。
その目はどこか、大人びて見えた。
「……急にどうしたですか??」
「ユキもね、強くならなきゃって思うの。
……お兄ちゃんが怪我をしないくらいに」
それは、テントの中で交わされた密約を引用した言葉。
はっ、と目を開いた柚希を流し見ながら、美雪が申し訳なさそうに微笑んだ。
「テントって、防音してくれないんだよ?」
儚げに笑った美雪が言葉を続ける。
「鳥達から逃げてる時に、ユキ、魔法を使ったんでしょ? なんとなくだけど覚えてるの。
あの力を気絶しないで使えるようになれば、みんなの役に立てるかなって思うんだ~」
「…………」
「ユキも頑張らなきゃだもん。
もともと、ユキのお部屋にできちゃったものだし、依頼しないのもユキのわがまま。
だからね、お願い出来ないかな?」
「……魔法の道は険しいのですよ?」
「だいじょうぶ」
差し出された手のひらを、青い指輪のはまる手が握り返す。
月明かりに照らされる湯けむりが、大空へと昇っていった。




