朝倉夏樹
海谷市にある「ステーキの店 ガーデン朝倉」は立成19年で開店20周年を迎える。牛肉はもちろんのこと豚肉に鶏肉、猪肉鹿肉などといったジビエも提供するステーキハウスで、どれも高級食材を使用しておりボリュームもたっぷりで、味も当然ながら良くミシュランガイドでも取り上げられた程である。肉を食べるのに少々贅沢しても構わないならこの店が一番、というのが地元民の共通認識である。
朝倉夏樹は星花女子学園に通う高校生で、苗字からわかる通り「ガーデン朝倉」の店主の一人娘である。時間があればアルバイトに混じって店の手伝いをしているが、幼少から肉に囲まれて生活してきたために、肉の香りただよう店内は夏樹にとってこの上なく良い職場環境であった。
「お待たせしましたー。和牛ロースセットです」
夏樹はステーキが載せられたプレートを台車から客席へと移した。大きな肉の塊がジュウウ、というジューシーな音を立てるのを聞くだけ食欲がモリモリと湧いてきてたまらなくなってくる。仕事に入る前におにぎりを二個食べたのだが、忙しい時間帯になって空腹感が容赦なく襲ってきた。
レジの呼び出しベルが鳴ったので応対に向かう。「とても美味しかったよ」と客に声をかけられると嬉しくなる。それも束の間、今度は客席から呼び出しが。
「すみません、生ビールをピッチャーでください」
「はい、生ビールピッチャーですね」
ディナータイムはお酒も進む。夏樹は未成年なので味を知ることはできないが、父親が言うには酒と肉は古代からの友人だという。程よく酔って楽しそうな客たちを見ていると確かにそうなんだろうな、と思う。
一段落する間もなくドアベルが鳴る。右往左往する格好になるが、その方が空腹感が忘れられるのでかえって良い。
「いらっしゃいませー……あっ、太田ちゃん!」
来店者は料理部の後輩、太田悠里である。後ろに大勢引き連れているが、悠里に顔立ちが酷似している人がいるので家族だと推定できた。
「ういーっす。6人だけど空いてるかや?」
悠里は先輩相手にタメ口を聞いたが、夏樹は親しみからくるものだと受け取っている。
「うん、たまたま席あるけど今度来るときは予約してくれるとありがたいかな。金土の今の時間帯は混むから」
「ごめんごめん。あたしのじいじがどうしても肉食いたいって言うんで。せっかく海谷に来たなら魚食えよって話なんだけどさあ」
"じいじ"らしき白髪の老人は「わがまま言うてすまんな、ガハハハ」と笑った。
「ご家族の方?」
「うん、S県観光ついでに娘の顔を見に来たってわけよ」
とは言うが、本当は娘の顔を見るためにやってきたに違いなかった。悠里の故郷から海谷まではかり遠いが、高速道路を使えばほぼ一本道でたどり着けるので不便というわけではない。
「それではこちらへどうぞ」
夏樹は太田一家を10人がけの席に案内して、メニューを渡した。
「お決まりでしたらそちらのベルでお呼びください」
「あー、和牛シャトーブリアンのセット6人前!」
悠里のじいじが甲高い大声で言った。
「おいじいじ、値段1桁間違って見えてない? 6人分も頼んだら諭吉一個分隊分吹っ飛ぶよ?」
「ガハハハ、何ケチ臭いこと言うとるか。こんなのはした金にもならん! みんなも遠慮せず食え食え!」
「つーことで、和牛シャトーブリアンセットお願いするわ。先輩」
「えーと、和牛シャトーブリアン6人前。本当にこれでよろしいですか?」
「頼むで!」
夏樹はじいじの圧に押されるような形でその場を離れ、厨房へオーダーを通しに行った。店主の父親と数名のスタッフが調理にとりかかっていた。
「和牛シャトーブリアンセット6人前お願いします」
「はいよっ。結構気前のいいお客さんが来たみたいだな」
「私の後輩と家族が来てるの」
「ははは、さすが星花女子だな。ポークステーキセット3番テーブルまで持っていって」
「はーい」
夏樹は接客に掃除にと動き回っていたが、空腹感をごまかせなくなってきた。それでももう少し辛抱すればまかない飯にありつける。
「和牛シャトーブリアンセット1番テーブルまで」
「はーい」
夏樹は台車に載せられたステーキとサイドメニューを丁寧に太田家のいるテーブルへと運んだ。
「お待たせしました、和牛シャトーブリアンセットです」
「うおー、こりゃ美味そうだ!」
じいじが吠えた。悠里がこちらを見て苦笑いしている。きっと休み明けの学校で話題のネタになるだろう。
配膳が終わって「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて席から離れると、じいじの「うまい!!」という大声が聞こえてきて、つい笑いをこらえきれなくなってしまった。
「お父さんのステーキ、気に入ってくれてるみたいだよ」
「そりゃ良かった。ちょうど良い時間だ、ご飯作ったから食べて上がりなさい」
今日のまかない飯はステーキカレー。カレーはレトルトだがその上にステーキが山盛りになっており、ライスはガーリックをふんだんに効かせてバターで炒めてある。サイドメニューで出すシーザーサラダつきである。
従業員用の休憩室までまかない飯を持っていくと、もう我慢の限界に近かった夏樹はさっそく「いただきます!」と手を合わせてステーキから手を付けた。
「ん~、美味しい!」
カレーが肉汁やステーキソースと合わさって、絶妙な味を出していた。安物のレトルトカレーでもセットメニューで2000円ぐらい取っても良いぐらいだ。
「よし決めた。今度部活でステーキカレー作ろうっと」
せっかく後輩が高い料理を注文してくれたのだから、お礼としてそれなりに良い料理を作りたかった。まだまだ父親の味には程遠いがステーキの焼き方は心得ている。市販の肉でもガーデン朝倉秘伝のステーキソースを使えば一ランク上の美味しさに進化する。お嬢様たちの口に合うに違いない。
綺麗サッパリ完食した頃には、夏樹の心身の疲れはすっかり吹き飛んでしまっていた。




