12. 妹への思い
野営地のテントで眠っていたソラノは夜半に目を覚ました。
上半身を起こして周囲の気配を探る。特に違和感はない。
外から鳥の鳴き声が聞こえた。夜に鳴くのはめずらしいホローバードだった。
そのときソラノの頭の中に一人のエルフの顔が浮かんできた。ソラノはコハクたちを起こさないように気を付けながらテントを出ていった。
翌日の早朝、ソラノがコハクを連れてエトウたちのテントを訪ねてきた。
ちょっと話があるから、エトウとアモーにもついて来てほしいという。
ソラノがそんなことを言い出すのはめずらしい。なにがあったのか気になったが、とりあえず彼女の言うとおりにしてみようとエトウは思った。
エトウたちは野営地東側の森の中へソラノの後について入っていった。
少し森の奥に分け入っただけで、あちこちにキノコや山菜、薬草などを見つけることができた。
秋から冬にかけてのこの季節は、豊富な森の恵みに感謝を捧げる時期だ。
いつもなら抜け目なく食材を採取していくソラノは、それらのものに目もくれずに森の奥へと進んでいく。
しばらく歩き続けると、木々の間隔が離れてちょっとした広場のようになっている場所に出た。
「サニー」
立ち止まったソラノは木の上を見上げながら声をかけた。
すると樹上から大きな影がエトウたちのところに落ちてきた。
突然のことに驚いているエトウたちを気にした様子もなく、その影はすっと立ち上がる。
影の正体は、金色の短髪が似合うエルフの男性だった。
整った顔立ちをしている。先程見せた身軽な動きと筋肉質の体は戦闘力の高さを感じさせた。
左肩に弓をかつぎ、腰には剣を帯びている。体にぴったりとした袖なしの黒服と、裾が広がった焦げ茶色のズボンをはいていた。
サニーと呼ばれたエルフは緑色の瞳でその場にいた一同を見渡した。
「お前がエトウか」
サニーは強い視線を送りながら、エトウに向かって一歩踏み出した。
エトウたちは一瞬で警戒を強める。
すると、ソラノが間髪入れずにその男の後頭部を強く叩いた。男はその勢いで前に倒れ込み、「首が、首が」と騒いでいる。
「昨日の夜、何度も説明した。ウチを奴隷にした人間は捕まえた。エトウたちはウチの過去を再調査して、犯罪奴隷から解放できないか動いてくれてる」
ソラノは男の長い耳をつかんで言い聞かせるように語りかけた。
「エトウ、こいつはウチの兄サニー。砦でなにが起こっているのか探りに来た。南に行くとすぐにエルフ領だから」
体の力を抜いたエトウは、あまり似ていない兄妹だなと思った。
「サニー。彼がエトウで、彼女がコハク、彼はコハクの父親のアモー。ちゃんとあいさつして、恥ずかしいから」
ソラノはメンバーの紹介を始めた。その顔は少しだけ赤くなっている。
「うー、分かった。俺はサニー、ソラノの兄だ。エトウ、妹を救ってくれたこと、それに犯罪奴隷から解放しようと動いてくれていること、感謝してもしきれん。ありがとう。この恩は俺の生涯をかけてでも返したい。しかしだ。妹はまだまだ子供、兄として交際は認めんぞ!」
サニーが興奮しながら一気に言うと、ソラノが再びサニーの後頭部をひっぱたいた。今度は先程よりも強く叩いたようで、サニーは顔面から地面に衝突した。
サニーは鼻を押さえて涙目になっている。
「サニー、お前はなにを言っている。ウチは子供じゃない」
問題はそこじゃないとエトウは思ったが、彼らが仲のいい兄妹ということは分かった。
その後、手持ちの食材を使って、森の中でサニーと一緒に朝食をとった。
サニーは、自分が里を離れているときにソラノが連れ去られたと聞いて探し回ったようだ。
「人間の冒険者に依頼してソラノの情報を集めたが、分かったことといえば、ソラノが犯罪奴隷に落とされたことと、貴族と問題を起こして辺境伯領にはいないことだけだった。貴族のもとにいるようならば、力づくでも取り戻せたものを」
サニーは鋭い目をして歯を食いしばった。
それでもサニーはあきらめずに継続調査を依頼したが、他領にまで調査範囲が広がると難易度は上がる。それ以上の情報は一向に得られなかった。
そのときはすでにベールに入っていたサニーだったが、ソラノの行き先に関する手がかりをなくしてしまい途方にくれたという。
「先月、ソラノから手紙が届いたときには、どれほど安心したことか。女神様への願いが通じたと感謝を捧げたぞ」
サニーはソラノが無事で生きていたことに心から感謝したそうだ。
そして、すぐにでも王都へ迎えにいこうとしたのだが、里長に止められたという。
ソラノからの手紙を読んだ里長は、ソラノが事件のことや彼女自身のことをよく知る証人を求めていることを知った。
裁判の手続きには日程がある。ソラノが自分やサニーと連絡を取りたいときに、すぐに対応できるようにしておくべきだと里長はサニーを説得したのだ。
「ソラノが連絡を取りたいときに俺がつかまらなければ、困るのはソラノだと言われてな。次の手紙が届くまでは里に留まれと諭されたのだ」
そして、昨日、砦を攻める騎士団の様子を監視していた里の者が、ソラノを見たと報告してきたそうだ。
サニーは本当にソラノだったのかを問いただすと、里長が止めるのも聞かずに里を飛び出した。
夜半に騎士団の野営地に到着すると、子供の頃、ソラノと遊んでいるときに二人で決めた合図を送ったのだ。それはホローバードの鳴き声だった。
「きっとソラノならば覚えていると思ったのだ」
サニーは顔をほころばせた。
「もっとマシな呼び出し方もあったはず」
ソラノはため息をつき、後方の森を見つめた。
「それで、お前たちはいつまで盗み聞きをするつもりだ?」
ソラノが森の奥に声をかけると、木々の後ろからエルフたちが姿をあらわした。弓を肩にかけ、腰には短剣を差している。
コハクがまったく気がつかなかったとアモーを見たが、アモーも即座に首を振った。
「森の中はエルフの領域だ。簡単に気取られるような者は里の外には出さん」
サニーは胸を張って答えた。それはソラノがよくする仕草にとても似ていた。
「エトウ。こんなことで妹が受けた恩を返せるとは思わんが、我らエルフ十一名、砦攻めに助太刀いたす」
サニーはにやりと笑った。




