6. エーベン辺境伯領
翌日、エトウたちはキリルを離れる前に誘拐被害者たちと会って事情を説明した。
これまで一緒に旅を続けてきて信頼関係も生まれている。特にコハクとソラノが自分たちの元から離れることに、女性たちは不安の色を隠せなかった。
二人はエトウが語った被害者支援の取り組みについて説明して、必ず再会できると女性たちに伝えた。
旅の道連れだった三人の騎士はキリルの町にしばらく滞在するという。
彼らも騎士団の施設内に部屋を与えられており、被害者たちが困らないように配慮すると約束してくれた。
エトウは騎士たちと固い握手を交わして、旅の間世話になったことに礼を言った。
「エトウさん、先に行かれるんですね」
そう言ったトミーは右手を差し出した。エトウはその手を力強く握る。
「はい。ベールまでの手紙を頼まれましてね。それに一足先に町へ入って、様子を見ておきたい気持ちもあります。このまま馬車で向かうのはさすがに危険ですから」
「そうですね。王都からここまで長いようで短い旅でしたけど、おいらにとっては貴重な経験でした」
「私も貴重な経験でしたよ。特にトミーさんの料理の腕と経験談を聞かせる話術ですね」
「話術ですか? いや、そういうことですか! 自分の失恋話など聞かせてしまって、あのときはですね――」
「いいんですよ。あの話があったから、女性たちはトミーさんを受け入れたのだと思います。あれがなかったら、料理教室を手伝ってもらうことはなかったかもしれない。いろいろと幸福なつながり方をしたようです」
「幸福なつながり方ですか。ははぁ、そうですね。そう考えれば、おいらが振られたことも、その幸福なつながり方の一部……いやいや、さすがにそこまでは」
トミーの物言いがおかしくて、エトウはつい笑ってしまった。
笑うなんてひどいと不平を言うトミーも笑顔を見せていた。
「自分はもうしばらくここで様子を見ながら、親方からの指示を待ちたいと思います。エトウさんとはまたどこかでお会いしたいですね」
「ええ。私たち冒険者は旅する職業ですから、またどこかで会えると思いますよ」
「そうですね。そのときには失恋話ではなくて、恋愛成就の話を聞かせられるように精進します」
「それは楽しみですね」
☆☆☆
四頭の馬が街道を西に向かって駆けている。
コハクは一人で馬に乗れないため、ソラノの背中にしがみついていた。
もう一頭はナルの操る馬である。ジェロム支部長が道案内に騎士を一人つけると言ってくれたときに、自分がついていくとナルが引き受けたのだ。
もともと領都ベールにもどる予定だったようで、ついでにエトウたちの案内もしてくれることになった。
ベールに続く街道の周囲は広大な田園地帯だった。
麦畑はすでに秋の刈り入れを終えている。もう少し時期が早ければ、黄金の麦穂がどこまでも続く風景を見ることができただろう。
キリルからベールまでは、早馬ならば半日もかからずに到着する距離である。
だが、ジェロム支部長の手紙は緊急性の高いものではなかったこともあり、馬に負担をかける必要もないだろうと、エトウたちは道中の村で一泊した。
そして次の日の午前中にベールへ到着した。
領都ベールは辺境の古都といった風情で、石畳一つとっても歴史がありそうだった。
辺境伯がいる城まで馬を走らせていると、こちらを横目で見ながらひそひそと話をしている通行人を何度も見かけた。
街には活気が感じられず、住民は息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。
城に到着すると、ナルは簡単にギルドカードを示しただけで、ずんずんと奥まで進んでいく。
エトウは自分たちもついて行っていいのかためらった。
「なにしてる? 早く来い」
「俺たち、部外者なんですけど……」
「気にするな。来ないなら置いていくぞ」
ナルに急がされて、エトウたちは慌てて後ろに続いた。
城内の廊下をまっすぐに進んでいると、横の通路からもう一人のギルド調査員ニーがあらわれて、自然にエトウたちに合流した。
ニーはナルとうなずきあい、エトウたちには「久しぶり」と一言だけつぶやいた。
格好はナルと同じようなものだが、頭に巻いている布と口元を覆う布はともに橙色だった。
民族衣装なのだろうかとエトウは思ったが、きっと訊いても答えてくれない気がして黙っていた。
こぢんまりとした部屋に通されてしばらく待つと、騎士服を身に着けた三十代後半くらいの男性があらわれた。
ベールの騎士団を臨時でまかされているアンドレア部隊長だという。
まだ若いのに、領主代理を逃がしてしまってこれから大変だとエトウは同情した。
キリルのジェロム支部長から預かっていた手紙をアンドレア部隊長に渡し、砦の状況について尋ねた。
彼はナルを見て確認すると、詳しい現状を話してくれた。
もしかしてナルは偉い人なのかもしれないとエトウは思ったが、やぶ蛇になりそうなので知らぬ振りを通した。
そのことを知る必要があるようならば、向こうから言ってくるだろう。
南の砦は湖に浮かぶ城だった。
領主代理が中に逃げ込んだ後、砦へとつながる連絡橋が湖の底に沈んだという。
病床の辺境伯に確認すると、砦内から連絡橋の出し入れを操作できるらしい。
敵は人質を木で作った壁に縛り付けて前面に出してくる。
こちらからの弓矢や魔法攻撃は封じられ、魔物討伐の旅を行っていた勇者パーティーも参戦しているが、攻めにくい状況が続いているとアンドレア部隊長は語った。
「げっ、勇者がいるの?」
コハクが小さな声でつぶやいた。
勇者ロナウドもずいぶん嫌われたようで、コハクはげんなりとした表情を浮かべている。
エトウたちは勇者パーティーを追いかける形で辺境伯領までやって来てしまったようだ。
アンドレア部隊長は城内に部屋をとるので長旅の疲れを癒やしてほしいと言ってくれた。
だが、こんなところに滞在していては、反対に肩が凝ってしまう。
街中で宿を探すと辞退するも、今は他領から来た者は警戒されてなかなか宿がとれないとナルが言った。
他に選択肢もなく、結局は城内で世話になることにした。
騎士たちと一緒に夕食をとってから、エトウとアモーは二人部屋に入った。
しばらくすると長身の執事がやって来て、辺境伯がエトウに面会を求めているという。
断ることはできそうにないと判断したエトウは、支度をするので十分後にもう一度来てほしいと執事に伝えた。
その間にコハクとソラノを部屋に呼び、三人にいつでも動けるようにしておいてくれと伝えた。
今回の事件に辺境伯本人がどこまで関わっているのか不明だが、用心するにこしたことはない。
きっちり十分後にもどってきた執事に案内されて、エトウはステインボルト辺境伯が待つ部屋へと向かった。




