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5. 急転

 ラーゼン領の領都キリルはフレデリーク大橋を渡ってすぐの距離にあった。


 キリルの大門は開け放たれ、騎士や兵士がひっきりなしに出入りしている。

 町に入るための長い列ができているが、前に進んでいる気配はまったくない。

 先程の爆発の影響で混乱が起きているのだろう。

 エトウたちは列に並びながら、油断なく周囲を警戒していた。


 領主代理の一党が、犯罪被害者たちの口封じのために大橋を爆破したとはとても思えない。

 仮に騎士団から情報がもれていたとしても、奴隷商人のカブスがすでに拘束されているのだ。

 被害者に手をかけるとすれば、時間稼ぎや脅しぐらいの意味しかないだろう。

 

 だが、そのために現国王の名が冠された大橋を爆破するなど自殺行為に等しい。

 領主代理の周辺にいる貴族たちがそのことに気がつかないはずがないのだ。


 しかし、誰がどんな目的で行った犯行であるにせよ、あれほどの爆発を起こせる者たちである。

 その脅威は依然として残ったままだ。第二、第三の爆発が起こる可能性もある。

 エトウたちは護衛として警戒をゆるめることはできなかった。


 アモーは一台目の馬車の先頭を歩き、ソラノとコハクは二台目の馬車の前を左右に分かれて歩いている。エトウは最後尾で警戒を続けた。

 騎士たちは一人が連絡係として町に先行しており、残りの二人は騎乗のまま馬車の左右に陣取っている。


 そこにふわふわと体重を感じさせない足取りでこちらに歩いてくる若い男性がいた。

 頭には青い布を巻き、口元も同色の布で覆っているため人相は分からない。

 騎士が動こうとするのをエトウは止めた。


「お久しぶりです、ナルさん」


 それは辺境伯領に潜入しているはずの冒険者ギルド専属調査員ナルだった。


 エトウたちはナルの案内で別の門から町の中に入ることができた。

 騎士の馬に相乗りしたナルは、エトウたちと一緒に王国騎士団の施設まで同行する。先行した騎士には、すでに連絡がついているという。


 施設内部まで馬車で乗り入れると、女性騎士数人が待機しており、誘拐被害者たちは近くの建物に案内された。

 女性たちは不安そうにしていたが、コハクとソラノが自分たちもこの施設内にいるから大丈夫だと安心させていた。


 エトウたちが案内された部屋には、キリルの騎士団を統括するジェロム支部長が待っていた。

 あいさつもそこそこに、フレデリーク大橋の爆破事件のことを訊かれる。

 エトウは見てきたままのことを話し、爆発は魔法陣を使った起爆術式の可能性が高いと自らの見解も伝えた。


「魔法以外の方法で、あれだけ威力の大きい爆発を生み出すのは難しいと思います。しかしながら、爆発があったときに魔力の高まりをまったく感じませんでした。魔道士が大魔法を使ったならば、それを隠蔽するのはなかなか困難です」

 エトウはそう言うと、魔力感知にすぐれたソラノに視線を移した。

「ウチもなにも感じなかった。あれは魔法ではないのか?」

「あの場所で魔法を放ったとは思えない。以前、起爆術式について本で読んだことがあるけど、魔力がふくれあがるようなこともなく、いきなり爆発するらしい」

 ソラノは眉をしかめて嫌そうな表情をした。

「なるほど。それでエトウさんは起爆術式の可能性を指摘されたのですね」

 ジェロム支部長は言った。

「はい。私たちは爆発のときに橋の上にいました。あの距離で魔力を感じないということは、ちょっと考えられません。なんらかの隠蔽方法があるのかもしれませんが」

「そうですね。それも考慮に入れる必要がありそうですね」

「あんな爆発に巻き込まれるとは思いませんでした。ナルさんがここにいるということは、辺境伯領でなにか起こっているのでしょうか?」


 ナルはジェロム支部長に確認をとってから、エトウたちと情報を共有していった。


「昨晩、辺境伯の城内で軟禁されていたリーゼンボルト領主代理が領都から逃走し、南の砦に立てこもった。砦内には、貴族やその私兵も含めた領主代理の協力者が守りを固めている」


 ナルは事態の急転を告げる出来事を淡々とした口調で説明した。

 エトウたちが辺境伯領に近づいた途端に物事が大きく動き始めている。


「その砦にいるのはどのくらいの勢力なのですか?」

 エトウがナルに尋ねた。

「不明だ。しかしそれほど多数ではないはずだ。この段階で領主代理に味方する者はかぎられている。問題なのは、誘拐された者たちが砦に閉じ込められていることだ。現在、騎士団と兵士は砦を囲んでいるが、敵は人質を盾のように使うことで、攻め手側の侵攻をかわしているようだ」


「どこまでも腐った者たちですね。時間をかけると誘拐被害者の消耗も大きくなります。差し出がましいようですが、敵勢力が少ないならば、数倍の戦力で一気に攻め落とすのも一つの選択肢かと思いますが」

 エトウの発言にジェロム支部長は厳しい表情を見せる。

「騎士団は南の砦にだけ兵を集めるわけにはいきません。王国内の混乱に帝国がつけいってくる可能性を考え、ある程度の兵力を西の国境沿いに留めておく必要があります。先程、フレデリーク大橋が爆破され、王都からの応援はしばらく見込めなくなりました。状況は悪化しています」


「領主代理の逃走と砦への立てこもり、それからフレデリーク大橋の爆破、偶然同じ時期に起きたとは思えませんよね?」

「……確かに偶然とは思えないが、あの領主代理にそれだけの絵図が描けるとは思えない」

「では、ナルさんは、他に黒幕がいると?」

「それを領主代理から訊き出そうとしていた矢先に、こんな事態になっているんだ……」


 ここで得られる情報はこのくらいのようだった。領主代理の逃走を許したのが痛恨の一打となっている。


 辺境伯領の状況が好転するまでは、誘拐被害者たちをこの町に留めておいた方がいいという話になった。

 確かに今の状況で敵の本拠地であった領都ベールに連れていくと、どんな事件や事故に巻き込まれるか分かったものではない。


 エトウたちの護衛依頼は一旦ここで終了となり、ジェロム支部長から完了印をもらうことになった。

 支部長には辺境伯の城に常駐している騎士団のアンドレア部隊長に文書を届けることを依頼された。

 冒険者ギルド経由での依頼にしてくれるというので、エトウは引き受けることにした。


「エトウさんたちが保護してきた被害者の方たちは、我々が責任を持ってお預かりします」

「そのことなんですけど、ちょっとお願いしたいことがありまして」

「なんでしょう?」

「自分たちは誘拐被害者の生活が安定するように、辺境伯領内で被害者支援の取り組みを始めていくつもりなんです。関係各所に相談して支援の枠組みが作れればと思っています。その際には、騎士団の方にも協力してもらえませんか?」

「それは素晴らしい取り組みですね。王都をスタンピードから救った王国の英雄が動くとなれば、我々も協力しない訳にはまいりません」

「ありがとうございます。でも、まずは事態の収拾が先ですね」

「ええ。落ち着いたら、私もベールに向かうことになると思うので、もう一度お話を伺わせてください」


 エトウとジェロム支部長は固い握手を交わした。

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