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4. フレデリーク大橋

 エトウたちは旅程を順調にこなしながら、あと数日で辺境伯領に入れるというところまで来ていた。

 すぐ目の前には、王国を東西に流れる大河ユクシード川が豊富な水量をたたえている。


 王国の民は古くからユクシード川やその支流を飲み水や農業・生活用水に利用してきた。

 各地にその恵みに感謝を捧げる神殿や教会が建てられ、大河の化身として女神が祀られている。


 エトウは太陽の光を浴びてきらきらと輝く川面を眺めながら、自らを賢者に選んだ女神に思いをはせていた。

 自分が賢者に選ばれたことには、一体どんな意味があるのだろうと。

 考えがうまくまとまらず、視線は川に架かる橋に向かった。


 川幅が二百メートルを超えるユクシード川には、馬車二台が余裕を持ってすれ違える立派な石橋が架けられていた。

 現国王フレデリーク・カーマインが、二十年もの歳月をかけて完成させたフレデリーク大橋である。


 かつてユクシード川はこの周辺でしばしば氾濫を起こし、町や村、農作物などに大きな被害をもたらした。

 川に架けられていた橋も幾度となく流されている。

 

 国王はそういった状況を改善するため、橋の建設を国家事業に据えた。そして、護岸工事による治水と、新しい工法を使った橋の建設を推し進めたのだ。


 フレデリーク大橋の完成によって、それまでよりも王都とエーベン辺境伯領の往来が活発になった。

 それは王国の経済を好転させることにもつながっている。

 商人にとって国の中央から辺境までの距離が縮まり、商売の可能性が大きく広がったのだ。

 その近くなった距離を利用して、カブスは辺境伯で無理やり奴隷にした者たちを、王都で売りさばこうとしていた訳だが。


「エトウ殿、手続きが終わりました。先を急ぎましょう」

「……分かりました」


 エトウは騎士に返事をすると、馬車の御者台に乗り込んだ。


 二台の馬車がフレデリーク大橋を渡っていく。

 馬車の木戸は開けられ、乗客たちは興味深そうに外の風景を眺めていた。

 奴隷商人に王都まで連れて来られたときには、外の風景を楽しむ余裕などなかったのだろう。

 川には漁を行っている漁船や荷運びのための運搬船が見える。川海老がこの辺りの特産品だという話し声が馬車の中から聞こえてきた。


 川の上を吹いてくる冷たい風にエトウは首をすくめる。

 はるか上空を飛ぶ白い鳥が一声鳴いた。

 もうすぐ大橋を渡り終えるというとき、突然、エトウたちの後方で耳をつんざく轟音が響いた。


 今のは爆発音か、魔法攻撃か!?

 エトウは咄嗟の判断で馬車の停止をトミーに命じた。

 そのすぐ後に橋を伝ってくる強い振動でエトウとトミーの体が一瞬宙に浮く。

 女性の叫び声が響き、馬車を引く馬のいななき声があちこちから聞こえてきた。


「トミーさん! 大丈夫ですか?」

「い、今のは……この橋はくずれるのじゃありませんか!? それなら、早くここを離れないと――」


 トミーは咄嗟に馬車を停車させることはできたが、体が浮くほどの振動の後は震えが止まらない様子だった。


「トミーさん、まずは落ち着きましょう」

「い、いや、エトウさん? おいらは、お、落ち着いてますよ。すぐにこの場を離れないと」


 そう言ったトミーは震える手で手綱を操ろうとする。

 動揺が収まらないトミーを見ながら、エトウは意を決したように息を吸った。


「そんな様では、サリーさんにも笑われますよ! トミーさん、それでいいんですか!」


 元恋人のサリーの名前を出すと、トミーは驚いた顔でエトウを見た。

 エトウはトミーの両肩をしっかりとつかみ、その目をのぞき込む。


「トミーさん。サリーさんの名前を出してすいません。でも、まずは落ち着いてください。今、馬車を出しても、橋の上で混乱するだけです。周囲と足並みをそろえながら、馬をなだめて、いつでも出発できるようにしてください。できますか?」

「ああ……すいません、エトウさん。おいら、取り乱しました……。ええ、馬のことならまかせてください」


 そう言ったトミーの体はまだ少し震えていたが、エトウをじっと見つめる目には先程までの動揺が消えていた。

 エトウはトミーを安心させるように深くうなずいた。


「お願いしますね」

「分かりました。エトウさんはどちらに?」

「自分は後方の様子を見てきます」


 エトウは馬車を降りて後ろを振り返った。

 すると、そこには対岸がまったく見えないほどの巨大な灰色の煙が空に広がっていた。


 その煙の大きさにエトウは一瞬呆然となったが、荷物を持って岸の方へと走り出す人たちを見て我に返る。まだ危険が去った訳ではないのだ。

 辺りには大橋の一部だった石の欠片が飛んできていた。

 乗客を馬車から降ろし、歩いて岸へ向かうのは危険が伴うだろう。馬車に乗ったまま、一刻も早く橋から離れるのが望ましい。


 騎士たちに周囲の警戒を頼むと、エトウはアモーとともに馬車の後方へと向かった。

 コハクとソラノも馬車から降りてくる。

 エトウは宝珠を使って、パーティーメンバーにプロテクトとシールドを重ねがけした。


「アモー、馬車の後ろで待機して、大きな石が飛んできたときには叩き落としてくれ」

「分かった」

「コハクとソラノは馬車の左右に分かれて、不審者の警戒をしてくれ」

「まかせて」

「了解」


 エトウは一人で騎士のところにもどってきた。


「ちょっと相談なんですが、橋のたもとで停車している馬車を移動させることはできませんか? 先程の爆発が一度きりとはかぎりません。このまま橋の上にいるのは避けたいです。緊急事態ですので、王国騎士として動いてもらっても構いませんよ」

「分かりました。やってみます」


 騎士三人のうち二人が馬で橋のたもとへ向かった。残りの一人は馬車の護衛を続けている。

 しばらくすると先の方で馬車が動き出すのが見えた。怒号が飛び交う中、馬車の列はゆっくりとだが進み始める。


 エトウたちの馬車が橋を渡りきる頃、それまで橋の中央付近を覆っていた煙が川下に流れていった。

 川岸を先に進んで様子を見てきた騎士は、橋の中央が数メートルに渡って完全にくずれ落ちていると報告した。


 騎士の話によって爆発の規模を確認したエトウは、あれは魔法陣を使った起爆の術式ではないかと考えていた。

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