16. 最後の対話
ソラノは薄暗い通路を騎士の後ろについて歩いていた。
この先にカブスの取調室があるという。通路の突き当りに木製の扉が見えてきた。
「ここです」
案内役の騎士は足を止め、ソラノを見つめた。
「開けて」
「大丈夫ですか?」
「ウチは大丈夫。話をするだけ」
騎士はソラノの言葉にうなずくと、鍵束を取り出して扉を開いた。そして、自分から先に部屋の中へと入っていく。
騎士にうながされる形でソラノも後に続いた。薄暗い通路にいたため、魔道具の明るい光がまぶしかった。
「お前か。随分と出世したらしいじゃないか」
イスに腰掛けたカブスは言った。
カブスは前に会ったときのようなギラついた感じはなくなっていた。騎士の取り調べが厳しいのか、疲れた表情でソラノを見ている。
ソラノはテーブルを挟んでカブスの向かい側にあるイスに腰を下ろした。
部屋の隅には筆記係の者が座っている。ソラノを案内してきた騎士は扉の近くに立ったまま待機していた。
「お前と話がしたいとウチが頼んだ」
「私と話? 聞きたいことでもあるのか?」
ソラノはうなずいて、カブスを見つめた。
「なぜウチを奴隷にした? 息子の復讐がしたかったならば、殺すこともできたはず」
「金になるからだ」
カブスは即座に答えた。
「お前の息子をウチが殺したからではないのか?」
「あれは妾の連れ子だ。私と血がつながっている訳ではない。商売を手伝いたいというから使ってやっていただけで、あんな失態をおかすとは思わなかった。あれ以降、エルフの警戒心が高まり、こちらとしては高値で売れるエルフ奴隷が手に入らなくなって大損だったぞ」
カブスは鼻で笑った。
ソラノにとってみれば拍子抜けの答えだった。カブスは息子を殺されたうらみから、自分を奴隷に落としたのだと考えていたからだ。
自分は金のためにこんな屈辱的な立場に落とされたのかと思うと、カブスへの怒りがこみ上げてきた。
「そんな理由でウチを奴隷に落としたのか」
「お前など奴隷にでもしなければ価値も生まれないだろう? 裁判所で書類を作るにも費用がかかるのだ。適当に買い手を探そうかと考えていたが、お前を殺せとうるさい貴族がいた。お前に頬をかみちぎられた男がいただろう? もう奴隷契約をしてしまったから今さら殺せないと言うと、ならば領を追放しろと言ってきた。小物だが家柄だけはよかったからな。無視する訳にもいかず、それでお前を王都まで連れてきて売り払ったのだ」
「お前にとって価値があるのは、金と貴族の命令だけか」
「私は裸一貫から成り上がって、大貴族のお抱え商人にまで上り詰めた男だ。貴族様の命令に従うのも、後になって金にするために決まっているだろう。商人が金を稼ごうとしてなにが悪い」
「それが今や囚人だ」
「……お前は英雄様の奴隷となって、いい暮らしをしているのだろう。立場が逆転した訳だ。男をたらし込む手練手管はどこで覚えたのだ?」
カブスは歯茎をむき出しにして醜悪な笑い顔を見せた。あえてソラノを苛立たせようとしているようだった。
ソラノはカブスの歪んだ顔を無言で見つめている。
「ふん! 負け犬の遠吠えに答える気はないか!」
カブスは吐き捨てるように言った。
「ウチは信頼できる者たちを見つけた。お前の言葉に揺れることはない」
「ご立派なことだな。ソラノ、お前は人間族を憎んでいたのではないのか。私の息子を殺し、貴族の頬をかみちぎった。少し前まで他人だった人間を信用できるのか? お前の中には人間族をうらむ凶暴な獣が取り憑いている。今さら躾をされた飼い犬の振りをしても無駄だぞ。お前の本性を私は知っているのだからな」
「呆れた」
「なんだと!」
「勝手な妄想をふくらませるな。人間族をうらむ凶暴な獣? お前は劇作家にでもなりたいのか」
ソラノの言葉にカブスの顔は一瞬で真っ赤になった。
「ソラノ、貴様!」
「カブス、お前と会うのはこれで最後だと思った。だから、お前の考えを聞いておきたかったんだ。ウチはお前の息子を殺してしまったから」
「……」
「これでウチの気は済んだ」
ソラノはイスから立ち上がると、騎士に目で合図をしてから部屋の出口へ向かった。
ソラノが部屋を出ていくまで、カブスは一言も言葉を発さなかった。




