15. 最低の人間
「カブス様、今の時間から奴隷たちの寝る場所を他に確保するのは難しいかと……」
部下の一人が遠慮がちに言った。
カブスは一刻も早くチュール商館から借りている倉庫を引き払いたかった。
騎士団の手が回れば、奴隷を連れていて小回りがきかない自分たちは一網打尽である。
だが、何件もの宿を部下に回らせたが、奴隷たちの寝る場所を確保することができなかった。
「仕方がない。今晩は倉庫に留まり、明日の朝、一旦ソルトガルまでもどる。とにかく態勢を立て直して、騎士団の動向を調べなければならん」
「はい」
ソルトガルはジーラル領の領都として規模の大きい町である。
多くの奴隷を連れたカブスたちも、それほど目立たずに宿泊場所を確保できるだろう。
それにソルトガルにはつき合いのある奴隷商人が店舗を構えている。いざとなれば奴隷を売り払い、身一つで辺境伯領に逃げることも可能だ。
カブスが明日の段取りを部下たちに申し渡していると、倉庫の扉が勢いよく開かれた。そして、銀色の甲冑に身を包んだ騎士たちが次々に中へと入ってくる。
「カブス様、王国騎士団です!」
入口付近にいた部下が駆け寄ってくる。
「騒ぐな! お前たち、余計なことを話すなよ。ここは私にまかせておけ」
カブスは相手の動きが収まるのを待った。
倉庫内には強烈な光を発する魔道具も運び込まれ、カブスたちの姿を照らし出している。
やがて長身の騎士が歩み出ると、カブスたちを見ながら口を開いた。
「カブスという奴隷商人はどこにいる?」
「……はい、カブスは私ですが、騎士様がどのような用件で私をお探しなのでしょうか?」
「お前には不法な人身売買に関わった嫌疑がかかっている。我らに同行してもらおう」
「不法な人身売買ですって? なんの証拠があって、そのようなことになっているのですか? 私どもは商売のために辺境伯領から王都までやって来ました。連れている奴隷たちには、正式な奴隷証明書があります。お見せしましょうか?」
「それには及びませんよ、カブス殿」
光が届かない壁際から一人の男性があらわれた。
「あなたは……タマラ殿。なぜあなたがここに……」
タマラはまっすぐにカブスのところまで歩いてきた。そして、奴隷を閉じ込めている馬車を一台ずつ見ていった。
「ベールから連れてきた奴隷たちは馬車の中ですね。カブス殿、あなたが誘拐した者たちを無理やり奴隷にしていることは、騎士団や冒険者ギルドの調べによってすでに明らかになっています。素直に罪を認めた方がいいですよ」
「そんな……私はただ奴隷売買を行っただけで――」
「王都の南西、森の中にある古城。近くには村もなく、忘れ去られた場所です。いいアジトを見つけましたね」
「タマラ殿……あなたは私を売ったのか?」
「売ったもなにも、不法な人身売買に関わるような人間を野放しにはできません。私は最初から当局に協力していたのですよ」
「なっ! それでは、共同事業の話も」
「ええ。あなたとチュール殿を油断させて、情報を集めるための嘘です。ですが、あまり必要なかったようですね。カブス殿たちのやり方はよく言えば大胆不敵、悪く言えばあまりに杜撰でした。当局が本腰を入れて調べ始めると、次々に犯罪行為の痕跡が出てきましたから」
カブスはタマラを呪い殺すような目でにらみつけた。
しかし、タマラはそんな視線などまったく気にしていない様子で話を続ける。
「まぁ、ソラノさんが英雄エトウ様のパーティーメンバーでなければ、あなた方の作った正式な奴隷証明書や、領主代理の力で抑え込まれていたでしょうね。犯罪奴隷の彼女には発言力がありませんから」
「あの女エルフが……」
「しかし、ソラノさんの証言はあくまできっかけに過ぎませんよ。あなたが連れてきた奴隷たちの中に、辺境伯領で誘拐された平民がいることはすでに判明しています。現地から行方不明者の特徴が届けられ、あなたが王都まで旅をしている間に諜報員によって照会されました。つまり、あなたはずっと当局の監視下にいたということです。もう言い逃れはできません」
「……」
「言葉も出ませんか? あなたの手下からは、いろいろと情報が聞けましたよ。地下牢に閉じ込められていた小さな兄妹は、あなたの命令で誘拐されたらしいですね」
「そ、そんなことはデタラメだ! なぜ、こんなことに……。私は……ただ命じられるままに動いただけだ。そうだ! すべてあの方のご命令で――」
「その『あの方』のことも、これからの事情聴取で話してもらいます。大丈夫ですよ。我々はそれが誰なのかも分かっていますから」
タマラが視線を向けると、長身の騎士が深くうなずいた。
「ああ……」
カブスはうめくような声をあげて、力なく地面に座り込んだ。頭を垂れて、うわごとのようになにかをつぶやいている。
「カブス殿、あなたは自分がしてきたことを、きちんと認識していますか?」
「私が……してきたこと?」
カブスはタマラを見上げた。
「奴隷商人は人身売買を日常的に行う者たちです。だからこそ、厳格な規則のもとで奴隷を管理する義務が生じます。誘拐して無理やり奴隷にするなど、言語道断! そんな者を奴隷商人とは呼べません! あなたは我々の業界の中で、最低の人間だと言われ続けるでしょうね」
タマラは商人とは思えないほどの鋭い眼光でカブスをにらみつけた。
その瞳に射すくめられるように動きを止めたカブスは、顔をうつむけるとそれきり黙ってしまった。




