12. 愚かな選択
エトウは、自分とガイオスの分の剣を二振り持って地下室にもどった。部屋の扉をノックして自分だと告げると、薄く開いた隙間からガイオスの顔が見えた。
「エトウさん、もう済んだのか!」
ガイオスは勢いよく扉を開いた。
「ええ。あらかた終わりました。搬入口に急ぎましょう」
「おい、エトウさんがやってくれたぞ!」
ガイオスの叫びに、子供たちも「わー」と歓声で応じる。この短い時間で随分と意気投合したようだ。
スレイプニルの牢屋を通るとき、一頭がエトウたちに向かって声を出した。ガイオスが言うには、一緒に連れて行ってほしいと訴えているという。
「魔物の言葉が分かるのですか?」
「いや、分からん。なんとなくだ。ただ、俺は小さい頃から馬には親しんできた。少なくともこいつら二頭は、俺たちを敵だと思っていない。そして、この牢屋から出たいと思っている」
そう言われてしまえば、放っておく訳にはいかない。鍵を開けて、ガイオスに二頭のスレイプニルをまかせた。
「クチナシさんではありませんか?」
階段の近くから、エトウを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、つい先刻まで自分のボスであったチュールが立っていた。
「こういう訳でしたか。やはりカブス絡みなのでしょうね。タマラさんとの共同事業も嘘でしたか……」
チュールは残念そうに言った。
「チュールさん、私はB級冒険者のエトウといいます。おっしゃる通り、奴隷商人カブスの件で潜入捜査をしていました」
「エトウ……なるほど。エルフの弓士は、確かソラノさんといいましたか? 私は大変な人を敵に回していたのですね。しかし、密偵の匂いはまったくしなかったので、気がつきませんでした」
「ええ。今回が初めてでしたから。結局、有益な情報はなにも得られませんでしたよ」
「ふふふ、それじゃあ、分からないはずです」
チュールからは焦りや怒りといった感情が伝わってこなかった。今までどおり、仕事の話をするようにエトウと会話をしていた。
エトウはふと尋ねてみたいことができた。
「なぜ、こんなことを?」
「カブスの片棒をかついで、違法な奴隷売買を、ということですか?」
「そうです」
「競争の激しい王都で頭一つ抜け出すには、まっとうなやり方だけではとても足りないのですよ」
「それほど焦らなくても、十分に利益が出ていたのではないですか?」
「王都には目標がいくらでもいますからね。例えばタマラさんです。私が彼くらいの商人になるには、おそらくあと百年はかかるでしょう。今のように働き続けて、運も味方につけて、さらには頼りになる仲間も引き込んで、それで百年です」
目端がきいて、物が見えるということは、いいことばかりではないのかもしれない。
優秀な商人であるチュールには、自分の限界が見えてしまったのだろう。彼にとって、タマラに追いつくまでの百年間は耐えられない長さだったようである。
「そんなことを考えるようになったのは、商売が安定したこの数年でしょうか。自分勝手な物言いになりますが、私は自分の商館で働く奉公人に、人さらいや違法な人身売買をやらせようとは思いません。しかし、辺境伯という王都から遠く離れた場所で、権力者がそれを実行しているならば、利益の一部を私が受け取ってもいいのではないかと思ったのです。どうせ誰かが得る利益なのですから、商館を成長させるために利用させてもらおうと」
そう言ったチュールは深い溜息をついた。その顔は急に老け込んだように見える。
「甘い考えでしたね。すべて終わってみれば、そう思えます」
確かに甘すぎる考えだ。
チュールによって奴隷の売り先が生まれ、違法な人身売買の規模が大きくなったことは間違いない。その罪はカブスと同罪だろう。
だが、エトウはこの場でチュールの罪を暴き立てる気持ちにはなれなかった。
エトウが商館で働いていたのはたった二週間だが、彼は奉公人思いのいいボスだったのだ。
なんともやりきれない気持ちでエトウは剣を構える。そして雷魔法でチュールを気絶させた。
倒れ込んでくる彼の体を受け止めて、「愚かな選択をしましたね」と一言だけつぶやいた。




