10. 地下室
「なんだ兄ちゃん、獣人がめずらしいのか?」
牢屋の中からエトウにそう声をかけたのは、獅子の頭と筋骨隆々の人の体を持つ獣人だった。
両手両足には太い鎖をつけられているが、気にした様子もない。牢屋の奥に座って、石壁に背をあずけていた。
すでに言葉を口にしてしまったエトウが、その獣人に話しかけようとしたとき、通路の角から怒鳴り声が聞こえた。
「お前、そこでなにをしている!」
先程地下室に一緒に降りてきた男が、エトウをにらみつけていた。そして大股で歩いてくると、エトウの首根っこをつかんで引きずるように階段の方へもどっていく。
エトウは頭を下げて謝罪の気持ちを示したが、男は無視をしたまま歩くスピードをゆるめない。
シャツの襟首を持たれたエトウも男についていく他なかった。
「おーい、兄ちゃん。もしかしてお前、しゃべれないのか?」
獅子獣人がのんきな声で訊いた。
エトウを引きずっていた男は足を止めると、そちらを振り返る。
「こいつは口がきけねぇんだ。お前がなにを吹き込んだか知らねぇが、残念だったな」
「はっ、なにも吹き込んじゃいねぇよ。ただ、スレイプニルは、掃除もしていない牢屋に閉じ込めていたら、暴れて売り物にならなくなるぞと教えてやっただけだ」
「なんだと?」
「スレイプニルが夜中に床を蹴るから、あっちの牢屋にいる子供らも眠れないみたいだしな」
「お前、自分の立場がまだ分かっていないようだな」
男は低い声を出して凄んだが、獅子獣人は鼻で笑ってみせた。
「貴様!」
もう、いいだろう。これ以上の情報はなさそうだ。
奴隷などはこの地下室に閉じ込められているようだし、この程度の連中なら自分一人でも完封できる。
エトウはダークで男の視界をふさぐと、すかさずサンダーの攻撃魔法を放った。
男にはまだ意識があったため、サンダーの出力を上げていく。やがて動かなくなった男を通路の端に寄せると、獣人の牢屋に近づいた。
「驚いたな。兄ちゃん、あんた何者なんだい?」
「えーと、普段は冒険者をやっていて、仲間がこいつらのおかげで奴隷にされて……いや、奴隷にされたのを俺が買って、でもその真相を知りたくて……」
「兄ちゃん、なに言ってんだ?」
「まぁ、俺はこいつらの敵です」
エトウは細かい説明が面倒になった。
「おう。それなら俺の味方だな」
獅子獣人は牙を見せながら笑った。
ガイオスと名乗ったその獅子獣人によると、この地下室にいるのは表に出せない商品らしい。
エトウの予想が当たっていたことになる。
「それで、あなたという商品は、どんな理由で表に出せないんですか?」
「兄ちゃん、遠慮とかないんだな……」
「非常時ですので、許してほしいです」
「俺は船の護衛としてこの大陸にやって来たんだが、港町の賭場でイカサマをされてな。頭にきたんで大暴れしてやったんだ。気がつけばこの状態よ。獣人の中でも獅子獣人はめずらしいからな。王都の好事家が興味を示すだろうと、ここまで連れてこられた訳だ」
「借金奴隷ということですか?」
「いや、獣人の奴隷売買自体がこの大陸では禁止されている。だから違法奴隷というやつだ」
「なるほど。分かりました。とりあえず、子供たちの様子を見てきますね」
「おう。牢屋の鍵は、突き当りの右手の部屋だ。束になってるから、すぐに分かるぞ」
「情報、感謝します」
通路の奥に進むと、十人ほどの子供や少年少女がいくつかの牢屋に分けられていた。
彼らは身を寄せ合って、エトウのことを見つめている。
先程から大きな音や話し声がしていただろうに、彼らは息を潜めて様子をうかがっていたのだ。
その瞳にあるのは恐怖や不安だった。
「この中にネールとミューという子はいる? ベールに住んでいたはずだけど」
エトウはなるべく穏やかな声で尋ねた。
子供たちは目を合わせているが、自然と二人の兄妹に視線が集まった。
「君たちがネールとミューかな? セーラさんに聞いてきたんだけどな」
エトウは奴隷商館で出会ったセーラの名前を出した。彼女は王都に連れて来られるときに、ネールとミューの兄妹と行動をともにしたと言っていたのだ。
その兄妹は驚いた顔をしてエトウをじっと見つめた。
「お兄ちゃん、セーラさんを知ってるの?」
妹の方が訊いた。
「うん。お兄ちゃんはセーラさんの友達だよ」
「そうなの? セーラさんは優しくて、私たちにお菓子をくれたの」
「そうなんだ。そのセーラさんが二人に会いたいって言うから、お兄ちゃん、迎えに来たんだよ」
「こっから出られるの?」
「うん。二人だけじゃないよ。全員、ここから出られるからね。お兄ちゃんにまかせておいて」
小さな子供たちは、わ―と歓声をあげた。
年上の子たちは半信半疑の顔をしているが、期待感は伝わってくる。
彼らの表情を見ていると、この古城にいた男たちへの怒りがふつふつと湧いてきた。
ギルドマスターの言いつけを破って多少やりすぎても仕方ないよねと、エトウは思い始めていた。




