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閑話 セーラの好奇心

 チュール奴隷商館に売られたセーラは、二等級奴隷として調度品が整った清潔な部屋を与えられた。

 食事に関しても商館の奉公人よりも上等なものが出されている。

 以前の生活に比べれば大分落ちる扱いだが、お金を出してくれるご主人様が決まっていないのだから仕方がない。

 セーラは今の待遇に不満はなかった。


 自分が売られていく先のことを考えると不安にもなるが、気にしても仕方がないことは考えるのを止める習慣がついている。

 自分の身が不安定なのは、今に始まったことではないのだ。


「殺されなかっただけ、マシよね」

 セーラは売られたときのことを思い出してつぶやいた。


 わざわざ奥様が姿を見せて、セーラを憎々しげににらみつけていた。すべてを失ったセーラすらも憎いのであれば、あとは命を奪う以外にできることはなかっただろう。


 チュール奴隷商館では、自分の容姿だけでなく、三年間で身につけた礼儀作法や教養も評価してくれた。


「あなたの礼儀作法や教養は、身を助ける武器になりますよ。大事にしなさい」


 商館主であるチュールの言葉である。

 セーラは「はい」と答えた。自分を高く売るための材料になるなら、それらを存分に使っていくつもりだ。


 店舗と倉庫の自室を往復する日々の中で、セーラは口のきけない少年を新人だと紹介された。クチナシと呼ばれているという。

 名前のつけ方が悪趣味だと思ったが、特に興味を引かれた訳でもなかった。

 それからクチナシはセーラの食事の用意や、店舗までの送り迎えなどを行うようになる。


 セーラは、クチナシと時間を過ごすうちに、彼が自分を性的な目で見ないことに気がついた。

 女性に興味がない訳ではなさそうだ。セーラが少し距離を詰めると、照れた表情を浮かべて後ろに引く。

 その反応がセーラにとっては新鮮だった。


 セーラの容姿と元愛人という経歴を知れば、ほとんどの男がいやらしい目で見てくる。

 以前のご主人様に会いに来たお客様の中にも、露骨な態度で誘いをかけてくる者もいたのだ。


 この奴隷商館で働く男たちも例外ではない。

 もちろん奴隷の扱い方は徹底されているため、身の危険を感じるようなことはなかった。ただ、しばしば不快な視線を感じるだけだ。

 その中で、女性への気配りができているクチナシの態度にセーラは興味を持った。


 クチナシは働き者だった。指示された仕事はきちんとこなして、さぼるようなことも一度もなかった。それにクチナシの作る食事は他の者よりもおいしい。


「クチナシさん、あなたの作る食事はおいしいけれど、隠し味などを入れているのかしら?」セーラは尋ねたことがあった。

 するとクチナシは無言で首を振る。そして、自分でも理由が分からないといった様子で首をかしげた。

「きっとクチナシさんは丁寧に作ってくれているのね。ありがとう」

 セーラがそう言うと、クチナシは照れた顔をして何度も頭を下げていた。


 ある日、セーラが小窓を開けると、食事を持ってきたクチナシが部屋の中を少しの間のぞき込むようにしていた。


「なかなかいい部屋でしょ。生活レベルを下げてしまうと、せっかく身につけた礼儀作法も錆びついてしまうらしいわ。それも私の値段を吊り上げる材料ってことね。クチナシさんは家具なんかに興味があるの?」

 セーラはクチナシの態度が気になったので訊いてみた。

 クチナシは慌てた様子で首を振る。

「それじゃあ、私の部屋に興味があるのかしら?」

 セーラが吐息をかけるように尋ねると、クチナシは激しく首を振り、逃げるように早足で去っていった。

「ちょっとからかいすぎたかしら。でも、クチナシさん、なにか探しているみたいだったけど、ちょっと分からないわね」


 その数日後、王都に大型の台風が迫っているということで、倉庫では補修作業が行われていた。

 セーラはずっと続いている金槌の音に辟易しながら、窓から空を見上げていた。

 セーラの部屋の窓からは、建物の間にある狭い路地が見える。その先の空は、台風が近づいているとはとても思えないほど晴れ渡っていた。


 その路地にクチナシが入ってきた。

 あら、クチナシさん、どうしたのかしらとセーラがその姿を見つめていると、クチナシは左右を確認してから口を開く。

 その直後、クチナシの体を魔力の光が覆った。


 クチナシが魔法を使ったことにセーラは驚いた。

 そんなことができるならば、奴隷商館の下働きなどしなくても生きていけると思ったからだ。


「魔法なんて……クチナシさん、あなたは何者なのかしらね、ふふふ」

 セーラは面白いものを見つけた子供のような表情を浮かべた。


 セーラはクチナシがチュール商館の内情を探っているのかと考えた。

 他の奉公人から、クチナシが今度共同で事業を行う別の商館から送り込まれた人間だと聞いたからだ。


 だが、それには少し違和感もあった。

 そもそも密偵があんなに無防備で務まるとは思えない。

 前のご主人様に仕えていた密偵は、男女ともに隙のない立ち居振る舞いをしていた。彼らはクチナシの様子とはまるで違ったのだ。


「本当に面白い人ね。これほど正体がつかめないと、いろいろと探ってみたくなるわ」


 セーラはこの商館に隠しごとはあるのかと考えてみた。

 セーラの見るかぎり、奉公人たちの労働環境は悪くなかった。奴隷の扱いについても、自分を含めてまっとうなものだと思う。


「デントさんも言動は荒いけれど、悪人という訳ではないわね。チュール様からも信頼されているようですし……。そういえば、あのときの兄妹を見ていないわね」


 セーラがソルトガルから王都に連れられてくるとき、同じ馬車に小さな兄妹が乗せられていた。

 セーラは怯えた様子の二人に話しかけ、商館の奉公人に頼んで菓子などを兄妹に与えた。

 王都まで一緒なのかと思ったが、その兄妹は途中で違う馬車に移されていた。


 そちらの馬車にいた男たちは、かなり毛色が違って見えた。

 チュール商館の者たちも、なるべく関わらないようにしている様子だった。

 セーラがこの商館で世話になって以来、なにか隠しごとがありそうだと感じたのはそのときぐらいである。


 その兄妹も自分も奴隷の身である。いつどこに売られるのかは分からない。

 セーラは自分の身も含めて、その辺りの事情には冷めたところがあった。

 ただ、その毛色の異なる男たちのこともあって、兄妹のことが気になっていたことも確かだった。


「あの兄妹はどこに連れていかれたのかしら。今度、クチナシさんに訊いてみようかな」

 セーラはクチナシの反応を想像して頬をゆるめた。

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