7. 二等級奴隷セーラ
エトウがチュール奴隷商館に潜入してから二週間がたった頃、王都に大型の台風が迫っているという話が伝わってきた。
台風は大陸の南から北上しており、通り道となった町で甚大な被害をもたらしているという。
強烈な風によって、馬車や家屋が吹き飛ばされるのを目撃したという人もいた。
商人の情報網でそうした被害が広まると、チュールは店舗と倉庫の補強を部下たちに命じた。
デントの指揮で窓は木でしっかりと塞がれ、水が入ってきそうな場所には土のうが高く積まれていく。
エトウもこっそり筋力強化のバフをかけて、土のう積みに精を出した。
「よーし、こんなものだな。お前ら飯行くぞ! 今日はチュールの旦那がおごってくれるそうだから、楽しみにしていろ。クチナシ、お前は留守番だ! 奴隷に飯を食わせたら、お前もこれで好きなもんを食っておけ」
デントはそう言って、一食分には多い金額をエトウにくれた。
エトウが頭を下げると、「ふん!」と鼻を鳴らして去っていった。
今日の働きぶりが認められたのだろうかと、エトウはもらったお金をポケットに突っ込んだ。
エトウは倉庫の台所で奴隷たちの食事を作り始めた。
奴隷には等級があり、一山いくらといった売られ方をする五等級が最低ランクで、なんらかの実務経験がある四等級、特別な技能を持っている三等級、他とは隔絶した能力を持つ二等級、希少性の極めて高い能力を持つ一等級といった具合に細かく分けられている。
この奴隷の等級に応じて、食事の質にも大きな違いがあった。
奴隷商館としても、あまり高く売れないような奴隷に、よい食事を与えるほどの余裕はないのだろう。
女性の場合には容姿などの要素も加わってくるため、どういった格付けをするのかは奴隷商人の腕にかかっているようだ。
ちなみに元B級冒険者だったアモーは二等級、コハクは実力があっても実務経験がほぼなかったため五等級、ソラノは犯罪奴隷ということもあって三等級だった。
エトウが働いている倉庫では、新しい奴隷が運び込まれると、需要がありそうな場合には店舗に連れていき、一定期間売れなければ再び倉庫にもどってくる。
他の奴隷商館に売られることもあれば、等級を落として売りさばくという経営判断が選択されることもある。
エトウが想像していたよりも入れ替わりが激しかった。
現在、倉庫にいる最上級の奴隷は二等級の女性だった。
その女性はある資産家の愛人だったが、主人の商売が傾き始めると売れる物であればなんでも売りに出されたらしい。その売り物の一つが彼女だった訳だ。
エトウが部屋の扉をノックすると、中から足音が近づいてきた。
「誰かしら?」
「……」
食事の受け渡しをする小窓が開き、女性の顔が見える。
「ああ、クチナシさんね。ふふふ、ご苦労さま」
彼女の名前はセーラ。年齢はエトウと同じ十八歳である。
十五歳で成人した年に買われ、それから三年間、礼儀作法や一般常識、男の扱い方などを学ばされてきた。
綿毛のように軽い金色の髪と透き通るような翠色の瞳。二等級という格付けも十分に納得できる容姿だった。
エトウは頭を下げて、食事を彼女に渡す。
「おいしそうね」
セーラに笑顔を向けられても、エトウはただうなずくだけだ。
「クチナシさんは、いつ頃まで話していたのかしら?」
セーラはなんでもない世間話をするようにそう言った。
一瞬、キョトンとした顔を浮かべたエトウだったが、セーラの言葉の意味を理解すると、彼女を警戒の眼差しで見つめる。
だが、彼女はエトウの視線には無頓着だった。
「だって、私がなにかを尋ねたとき、いつも喉やあごが動くのよね。話せない期間が長い人は、そんなふうにはならないでしょう?」
「……」
「昔の習慣はなかなか抜けないのかしら? お食事、ありがとう」
セーラはそう言うと扉から離れて、部屋の中央に置かれているテーブルに食事のトレイを置いた。
「そうだ、クチナシさん、あの子たちは元気かしら?」
セーラは振り返った。
エトウは小首を傾げる動作で、なんのことなのかを問いかける。
「私は王都に連れてこられる前、ソルトガルにしばらく滞在していたの。ご主人さまの事業がうまくいかなくなって、奥様が相当お怒りだったのよ。ご主人さまは、私の身を一時期隠そうとなさったの。最後には売られてしまったのだから、無駄な抵抗だったわね」
セーラは他人事のようにクスクスと笑う。
エトウはどう反応していいか分からずに頭をかいていた。
「ふふ、それでソルトガルから王都に運ばれてくるときにね。一緒になった兄妹がいたのよ。兄の方がネール、妹の方がミューといったわね」
エトウはその名前に聞き覚えがあった。
ベールで裁判所に訴えた者たちが失踪した事件があったが、そのときに消えた兄妹の名前が確かネールとミューだったはずだ。
それを思い出したエトウは目を見開いた。
「あの子たちかわいかったから、また会いたいなぁ。彼らは途中で違う馬車に移されたのよね。王都に到着する少し前だったわ。その近くの村にでも売られてしまったのかしら」
ソルトガルから王都までの道のりには、ギルドの調査員が話していた古城がある。
やはりその古城は、おおっぴらにできない奴隷たちを閉じ込めているにちがいない。
エトウが考えをまとめていると、すぐ近くの扉から視線を感じた。そこには格子越しにエトウの顔を興味深そうに眺めているセーラがいた。
「ふふ、もしあの子たちが元気でやっていることが分かったら、私にも教えてくれないかしら? 気になっていたのよ」
セーラの言葉にエトウはうなずいた。




