4. 緊急連絡
冒険者ギルドから宿にもどったエトウはひどく疲れていた。
肉体的にはそれほど消耗していなかったが、領主代理が主導する大規模な不正疑惑はエトウの身に余る話だったのだ。
他のパーティーメンバーも似たり寄ったりで、夕食の間も言葉少なだった。
エトウは部屋に集合をかけ、辺境伯領から追加の報告があるかもしれないから、しばらくは王都近郊の依頼を受けるとみんなに伝えた。
その二日後、エトウたちはギルドの会議室に集められた。
そこには奴隷商人のタマラと、銀縁の丸メガネをかけた男性が座っていた。
その男性の年齢は五十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気を持ち、その瞳は初対面のエトウたちを興味深そうに眺めていた。
タマラの紹介でお互いにあいさつを交わす。その男性は王都商業ギルドのギルドマスター、ナイゼルと名乗った。
タマラたちも、今回呼び出された理由を聞かされていないという。
そのとき部屋がノックされ、受付嬢のサリーが茶器セットを乗せたワゴンを押して入ってきた。
彼女の後ろからは、グランドマスターのトライエ、ギルドマスターのサイドレイク、それから王国騎士団団長のムジークが続いた。
王都の重鎮が一堂に会したということは、事態の深刻度が増したことを意味する。
サリーが給仕を済ませて退室した後、トライエは集まってもらったことへの礼を述べ、辺境伯領から緊急連絡が入ったと告げた。
「奴隷商人のカブスが、ここ王都に向かっていることが分かった。数台の馬車に奴隷が乗せられている。辺境伯領を出発したのが今から二十日前。王都までは二ヶ月から三ヶ月の道程だろう。我々はこの機会を利用し、王都でカブスを迎え撃つ」
カブスは辺境伯領で誘拐した者たちを、奴隷にして売りさばいている疑いがある。
冒険者ギルドと王国騎士団は諜報員をカブスの元に向かわせて、現地の調査員が送ってきた行方不明者の特徴を奴隷と照らし合わせるつもりだ。
すでに売れてしまった奴隷がいるならば、その売却先の情報についても押さえておく必要がある。
辺境伯領には王国騎士の別働隊を向かわせて、冒険者ギルドの調査員と合流の後、領主代理リーゼンボルトと上級裁判官テレーロ、カブスが取り仕切る奴隷商館の内偵調査を進める。
現時点において味方なのか分からない現地の冒険者ギルドと商業ギルドには極力接触を持たず、商業上の専門知識が必要な契約書や帳簿の類いは王都商業ギルドの職員を帯同させて確認してもらう。
「得られた情報は逐一王都に上げられて、ここに集まった者たちで共有します。情報の漏洩を防ぐために、秘密保持の契約魔法をかけさせて頂くつもりですが、作戦への参加を見合わせるという方は申し出てください」
サイドレイクが会議室を見渡しながら言った。
無言を貫くことで、全員がこの作戦に参加するという意思表示をした。
これから王都に向かっているカブス、辺境伯領にいるリーゼンボルトとテレーロに対して、攻勢をかける多方面作戦が始められるのだ。
「いいだろう。ここにいる者たちには存分に働いてもらう。表立った報酬は渡せないが、いろいろと名目をつけて報いるつもりだ」
トライエが気持ちのいい笑顔で言った。
「グランドマスター、こんな場所で不正を公言するのは止めてください。皆さん、本気にしないでくださいね。お世話になったお礼は、当然させて頂きますが」
サイドレイクがすかさず訂正する。
「言っていることは同じだろうが」
「言い方というものがあります」
「オホン!」
騎士団団長のムジークが不毛なやりとりをたしなめた。
緊張が一気に解けたエトウは、この三人はけっこう相性がよさそうだな、などと考えていた。
そこに手を挙げて発言を求めた者がいる。商業ギルドのナイゼルだった。
「一つよろしいですかな?」
ナイゼルの発言に、トライエはうなずいて了承の意思を示した。
「大規模な多方面作戦を行うと、その動きの大きさから敵に感づかれる危険はないですかな。街道を騎士の集団が走り抜けていけば、町から町へ移動しながら商売を行う行商人たちは、なにがあったのかと情報を集めようとします。騎士の数や向かう先はすぐに噂になりますし、その目的についてもいろいろと語られることになるでしょう。まずは奴隷商人のカブスのみを標的にするのが、慎重なやり方ではありませんか?」
トライエがムジークに視線を向けると、彼は組んでいた腕を解いて話し始めた。
「現在、勇者様が辺境で活動しておられる。王国騎士団は完全武装の騎士三十名を、勇者パーティーに帯同する騎士の交代要員として辺境に向かわせる予定だ。そして、そのことを大々的に発表する。儀礼用のきらびやかな甲冑姿で街道を進ませれば、目くらましになるだろう。その一団と前後するように、冒険者風の装備を身に着けた騎士が、二名から三名単位でカブスのところと辺境伯領へ向かう」
エトウは笑ってしまうのをなんとかこらえた。
ムジークは勇者を今回の作戦の囮か目くらましに使うと言ったのだ。
筋肉だるまのような体をしており、王国でも屈指の強さを誇るムジークは、柔軟な思考を合わせ持っているようだった。
「この話が真実ならば、民の安寧を守るために騎士が取り締まるべき案件だ。王国騎士団は全面的に協力させてもらう」
そう告げたムジークには、本作戦に対する強い思いが感じられた。




