3. 事例の信憑性
「調査員がベールの町に入って間もない頃、町ではある貴族のことが話題になっていたそうです。他領から観光に来ていた伯爵令嬢の行方が分からなくなり、心配した兄がベールに乗り込んできたというものでした」
ギルドマスターのサイドレイクは、調査員からの報告書を確認しながら説明を行っていた。
行方不明になった令嬢の兄は、自領から連れてきた調査員や冒険者だけでなく、ベールでも人を集めて大掛かりな捜索を開始したという。
その結果、令嬢は平民の格好をして街の散策を楽しむ姿が確認されたのを最後に、一緒にいた友人と行方不明になっていることが判明した。
令嬢の兄はわらにもすがる思いで、騎士や兵士といったベールの治安要員からも独自に情報を集め始めた。
すると数日後、令嬢の遺体がベールを東西に流れるユクシード川に浮いているのが発見されたのだ。
身に着けているものから本人と断定されたが、不可解だったのは装飾品の類いが盗まれもせずにそのまま残されていたことだ。
まるで伯爵令嬢の身分を明かすように、高価な装飾品の紛失がほとんどなかったという。
彼女と一緒に行動していた友人は、行方不明のままだった。
「調査員は、その伯爵令嬢が平民の格好をしていたために、誘拐事件の被害にあったのではないかという見解を持っています。問題がそれ以上大きくなる前に、口封じにあったのではないかと」
「なんだそれは! 領主代理たちのやりたい放題ではないか!」
それまで感情を抑えて話を聞いていたソラノが叫んだ。
「勝手に誘拐しておいて、邪魔になったら殺す。そいつらはケダモノ以下だ!」
「落ち着け、ソラノ。まだ疑いの段階で確定ではないんだ」
エトウはソラノを落ち着かせようとした。
しかしソラノは興奮を抑えることができない様子だった。歯を食いしばって、なにもない空間をずっとにらんでいる。
「サイドレイク様、お話を伺っているとエーベン辺境伯領は大分きな臭いことになっていると思いますが、実際には証拠にもならない事例がいくつか出てきただけです。先程、王国としても見逃せない事件に発展するかもしれないとおっしゃいましたが、そう考える根拠はどこにあるのでしょうか?」
エトウは話を聞いていて腑に落ちなかった点を尋ねた。
サイドレイクが話した情報だけで、領主代理の犯罪を確定することはできそうになかった。
王都の冒険者ギルドが動くことを決めた理由をエトウは知りたかったのだ。
「ええ、確かにこの報告書だけでは、調査範囲を広げる決断をするには物足りないかもしれません。本来であれば継続調査の指示を出して、もうしばらく様子を見ることになるでしょう。しかし今回は話が異なります。エーベン辺境伯領で行われた裁判で不当な判決を受け、犯罪奴隷にされてしまった証人がここにいるのです。ええ、ソラノさんですね。その事件には奴隷商人のカブスと上級裁判官のテレーロが関わっていることはすでに判明しています。常識的に考えれば領主代理も無関係とは思えません。ソラノさんの事例があるために、調査報告書でふれられている事例についても、信憑性が高まるのです」
「なるほど。ですが、それはソラノの証言が正しい場合にかぎりますよね。他に信頼に足る証拠があるのではないですか?」
エトウは険しい目つきでサイドレイクを見据えた。
犯罪奴隷であるソラノの証言が、調査を前に進めるための根拠というのはあまりに弱い。
サイドレイクが他に重要な証拠を握っているのではないか、そして現時点ではその証拠を自分たちに隠しているのではないかとエトウは疑っていた。
ここで自分たちが騒ぎ出せば、サイドレイクの計画に支障が出るかもしれない。
エトウたちを刺激するような情報はあえて表に出さず、ある程度物事が進んだ段階で公にすることはありそうだった。
だが、その証拠がソラノの無実を証明するようなものであれば、秘密にされたまま納得することはできない。
「エトウさん、あまりにらまないでください。私どもは王国を救ってくれた英雄の言葉を信じたいだけですよ。いや、こう言っては語弊がありますか。ソラノさんの活躍はともに戦った冒険者や騎士、魔道士が証言しています。それに王都で冒険者活動を始めて以来、極めて優秀な実績を残しているエトウさんが、ソラノさんの話を全面的に信じていることも見てとれます。それならば、まずはソラノさんの話を真実として調査を始めてみようというのが我々の方針でした。その結果、報告書にあった事例が出てきたのです。調査員の反応を見ても、領主代理と奴隷商人が犯罪を行っている可能性は高いと思います」
サイドレイクは嘘をついてごまかしているようには見えなかった。むしろエトウやソラノへの信頼が感じ取れた。
「これからの我々の方針としては、領主代理と奴隷商人、上級裁判官の癒着の証拠をつかんで告発することです。それと同時にカブスが抱えている奴隷を調査して、誘拐事件の犠牲者が含まれているかを確認する必要もあります。奴隷の売り買いが頻繁に行われると後をたどりにくくなりますので、こちらも人員を多く割かなければなりません。そこで申し訳ないのですが、一旦ソラノさんの再調査は停止させて頂きたいと思っています」
サイドレイクは伺いを立てながらも、すでに決定したことを説明するように話した。
ソラノのことが後回しにされると聞き、エトウはすぐに言葉を返すことができなかった。
「かまわない。そいつらが手を握っている間、ウチの真実などいくらでも消せる。それよりも、誘拐された娘たちを助ける方が今は大事」
ソラノは迷いなく言い切った。
緊急性が高いのは誘拐被害者の救出でも、自分のことを後回しにする決断はなかなかできない。
「ソラノさん、ありがとうございます。よいご報告ができるように、冒険者ギルドは全力を尽くすことをお約束します」
サイドレイクは座っていたイスから立ち上がると、ソラノに向かって深々と頭を下げた。




