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82. 決戦

 魔王と接近戦を繰り返してきたラナに、はっきりと疲労が見え始めた。


 現在、前衛を務めているのは、ロナウド、エトウ、ラナの三人である。その一角に穴があくと、魔王にブレス攻撃や魔法を使う余裕を与えてしまう。


 エトウは後衛を振り返った。すると、なにも言っていないのに、アモーがこちらに走ってきていた。


「アモー!」

「俺も前衛に加わるぞ」

「助かった」


 後衛には剣と魔法が使えるコハクがいるし、ソラノも接近戦は得意だ。キーナレーンに付き従っている聖騎士たちも必死で戦うだろう。たとえ生き残った魔物の群れが襲ってきても、すぐにどうこうなることはないはずだ。

 それよりも魔王に前衛から圧力をかけ続け、ブレスなどの遠距離攻撃を撃たせないことの方が重要だった。


 それからも前衛陣は奮闘したが、ソラノたちの放つ矢が目に見えて少なくなってきた。矢の数には限りがある。節約して使ったとしても、間もなく手持ちの矢がなくなるのだろう。

 ミレイも魔力に余裕がなくなっているのは間違いない。極大魔法ヘルフレイムを使わず、通常の火魔法に切り替えているのがそれを表していた。


 現在、後衛で気を吐いているのはキーナレーンである。光の帯のようなものが伸びてくる彼女の聖魔法が、魔王に深い傷をつくっていた。


 だが、それでも魔王は倒れない。魔力にもまだ余裕があるようだった。


――まだなのか?


 エトウは焦れる気持ちを抑えながら戦っていた。


 この後、多くの魔力を使うことになるため、ここで全力を尽くすわけにはいかない。作戦開始のきっかけを女神ネメシスに一任して本当によかったのか、と何度も考えてしまう。待っている時間がとても長く感じられた。


 魔王がぶつぶつと詠唱を唱え始めた。先ほどまではこちらが優勢で、詠唱する時間など与えなかったのに、やはり戦況は魔王の方へ傾きつつあるようだ。

 エトウは聖魔法を付与した剣で魔王の膝を斬りつけた。最初から一貫して足を攻撃している。膝をつかせたら行動を制限できると思ってのことだが、いまだそのような兆しはない。


――くそっ、この耐久力は反則だぞ!


 エトウが心の中で悪態をついていると、魔王の詠唱が終わった。そして、地面が渦を巻くように動き始める。


「これはっ!? セイ様を土の中に閉じ込めたときの!」

「聖杯を奪うとは、忌々しい者たちめ。余の固有魔法で未来永劫の眠りにつくがよい。砂流封印!」


 魔王は片手を地面につけて発動の言葉を唱えた。すると、丘の上にできた渦がどんどん大きくなっていく。


「ま、まずい!」


 エトウは急いでアモーのもとへ行き、その大きな体を抱えるようにして飛び上がった。アモーは飛行魔法が使えないのだ。アモーだけではない。コハクとソラノも使えなかった。魔王の出した渦がこれ以上大きくなれば、後衛の者たちも巻き込まれてしまうだろう。


「エトウ、コハクたちが……」


 アモーが心配そうに言った。


「ああ、このままそちらへ向かおう。どのみち、この状態では魔王と戦えないからな」


 エトウは後衛がいる方へ飛んでいった。


「すまん。俺が飛行魔法を使えたら……」

「いいんだ。必要もないのに、わざわざ覚えないからな。俺は王城で訓練を受けたから使えるだけだ」


 エトウは後ろを振り返った。ロナウドとラナが魔王を抑えている。もうしばらく頑張ってくれ、と願うしかなかった。


 地上では、付近を徘徊していた魔物たちが魔王の生み出した渦に飲み込まれて姿を消していた。この魔法に敵味方の区別はないようだ。高くそびえていた土壁も、斜めになりながらゆっくりと沈んでいた。


 そのとき、後衛がいる場所から、何人かが飛行魔法で浮かび上がった。


「あれは、ミレイ様とコハクか?」


 ミレイの体にコハクが抱き着いて空を飛んでいた。その後ろからは、サニーに抱えられたソラノもついてきている。


「ああ、サニーさんは飛行魔法が使えたんだな」


 エトウは心配が杞憂に終わってほっとした。


「エトウさん、配下の者たちに、飛行魔法ぐらい覚えさせておきなさい!」


 近づいてきたミレイが怒ったように言ったが、エトウは大きなため息をついた。


「ミレイ様、飛行魔法を使える冒険者なんて、そう多くありませんよ。難易度が高いわりに、使いどころがあまりないですからね。それに彼女たちは私の配下ではありません。仲間です」


 エトウの毅然とした物言いに、ミレイは面食らったようだ。


「まぁ、今回は私がいたからよかったですけど……」

「ええ、ミレイ様、コハクとカーブを救っていただき、ありがとうございます」

「わ、分かればよろしいのよ。本当に、あなたという人は……」


 ミレイがまだなにか言っていたが、エトウは地上に視線を向けた。

 キーナレーンだけが飛行魔法で空に浮かび、聖騎士たちは全速力で後退していた。彼らも飛行魔法が使えないのだろう。早い段階で後退を決断したらしく、なんとか渦に巻き込まれずに逃げられそうだ。


「小虫どもが、ぶんぶんと飛びまわりおって!」


 魔王の苛立ちを含んだ声が聞こえてきた。魔力がふくれあがり、周囲に土の槍がつくられていく。魔王が得意とする土魔法だった。

 だが、エトウはそんなことよりも、もう一つの魔力反応に気を取られていた。


「やっと来た! ミレイ様、アモーのことも飛行魔法で飛ばすことができますか? いや、ミレイ様ならできますよね」

「えっ? あなた、なにを言っているの?」

「早く、今すぐお願いします!」

「ま、待ちなさい! エトウさん、どういうつもりで――」

「ロナウド様と打ち合わせしたことが始まるんです。早く行かないと!」


 ロナウドの名前を出した途端、ミレイの顔つきが変わった。ミレイの体内魔力が素早く動き出し、アモーの方へ手を差し出して詠唱の言葉を口にする。


「風の精霊よ、我に翼を授けたまえ、エアリアル」


 アモーの体がふわりと浮き上がった。


「ミレイ様、ありがとうございます」


 エトウが礼を言い、アモーも頭を下げた。


「そんなことはいいですから、早くロナウド様のもとへ向かいなさい。ロナウド様とラナに迷惑をかけるようなら許しませんよ!」

「はい、最善を尽くします」


 エトウは飛行魔法の速度を上げてロナウドに合流した。


「ロナウド様、例のものが来ます!」

「やっとか!」


 ロナウドも首を長くして待っていたようだ。

 魔王がこちらをにらんでいる。巨大な土の槍ができあがり、今まさにそれが放たれるかというとき、魔王の足元から長い尾のようなものが飛び出した。


「なっ!?」


 魔王が驚愕の顔を見せる中、その尾は両脚にしっかり絡みついた。尾の表面には青い鱗がびっしりと生えている。


「女神様は龍使いが荒いのう。勇者よ、それにエトウもいるな? さっさとこのデカブツをやっつけるのじゃ」


 土の中から遅れて顔を出したのは、封印されていたはずの龍神セイだった。

 女神ネメシスは、セイを目覚めさせて魔王を倒すための作戦に参加させるとエトウに約束したのだ。それがやっと現実となった。


「ぬっ、貴様、封印したはずが、なぜ動けるのだ!?」

「ひとりぼっちのお主と違って、こちらには味方が多いのじゃよ」

「なんだと! 大トカゲの分際で、余を愚弄するか!」


 憤慨した魔王に対して、セイは呆れたように鼻を鳴らした。


「我を大トカゲと呼ぶか。その傲慢さがお主の敗因じゃろうな」

「余は敗北などせぬわ!」


 上空に浮かんでいた土槍がセイへと向かう。

 それを見たセイは、魔王の両脚に絡んでいる長大な体をさらに絞めつけた。


「くっ!?」


 魔王は足を引っかけられ、その場に膝をついた。放った土槍はどれもねらいを外して地面に落ちる。大きな爆発が起きて雨に濡れた土がはじけ飛んだが、セイには一つも当たらなかった。


「ロナウド様、今が好機です!」

「ああ。エトウ、やってくれ」


 ロナウドは飛行魔法で空に浮かんだまま、手に持った聖剣をエトウの方へ差し出した。


「分かりました。そのまま持っていてください」


 まずエトウは聖剣との間に魔力で通路をつくり始めた。聖剣創造を行うには、この通路をつなげるのが第一段階だ。この工程を経なければ、対象に干渉することなど到底できはしない。

 次に、周囲に漂う魔力を集めて、自らの体内魔力と合わせていく。これを可能とするのは熟練した魔力操作の技である。エトウはこうした下準備を短時間で終わらせた。


 あとは聖剣の形を頭に思い浮かべ、魔力を注いでやればいい。敵は巨体を誇る魔王である。それを倒すために最適な剣とはどういったものなのか。エトウの頭の中で新たな聖剣のイメージができあがった。


「行きます、聖剣創造!」

「おお」


 ロナウドの持つ聖剣が光に包まれ、その輪郭が段々と大きくなっていった。すぐにロナウドの身長を越え、まだ大きくなる。光が収まったとき、聖剣はあまりに巨大な姿へと変貌を遂げていた。


「エトウ、これは……」


 ロナウドの手に握られているのは、大剣と呼ぶのも憚られるほど縦にも横にも大きくなった剣だった。


「これくらいの剣身であれば、巨体を誇る魔王が相手でも、その体を断ち切ることができるはずです。腕の力だけでなく、魔力を操るような感覚で振ってみてください。ロナウド様なら、十分に扱えると思います」

「うむ。やってみよう」


 ロナウドは空に浮かんだ状態で二度、三度と剣を振り下ろした。その度にゴウッという風を切る音がする。初めて持ったとは思えないくらい、ロナウドはその剣を振るえていた。


 聖剣はそれだけで最上の剣なのだ。エトウが聖剣創造をいくら繰り返しても、剣の強度を上げることはできない。

 ならば、剣を巨大化させて威力を向上させたらどうか。そんな単純な発想でつくられたのが、目の前の剣である。


 女神ネメシスからの提案は二つあった。一つは、封印されていた龍神セイを目覚めさせ、魔王の不意を突くこと。そしてもう一つは、聖剣を魔王と戦うための最適な形につくり変えることだった。

 重量の増した巨大な剣をロナウドが振るえば、魔王の太い腕や足を両断することも可能になるだろう。


「このような大きな剣を持ったことはなかったが、不思議としっくりくる。エトウ、いけそうだぞ」


 ロナウドは眼下にいる魔王を鋭い眼で見据えた。


 一方、魔王は地面に膝をつき、足に絡まったセイの体を両手で引き剥がそうとしていた。当然のことながら、セイはそれを全力で拒んでおり、なかなか魔王の思い通りにはいかなそうだ。隙だらけのその姿は、新たな聖剣の力を試すのに絶好の機会だった。


「ロナウド様、魔王はまだ魔力を残しています。一撃で大きなダメージを与えなければ、時間を置かずに復活してしまう可能性が高いです」

「そうだな。ねらうは首だ。どんな化け物といえど、首を落としてしまえば生きながらえることはできないだろう」


 魔王はかがみこむようにしてセイに手を伸ばしている。首を落とすには角度が悪い。まずは下を向いている頭を上げさせる必要があった。


「私が魔王の顔を上げさせます。その後、ロナウド様がとどめを刺してください」

「エトウ一人で、それができるのか?」


 エトウはぐっと腹に力を入れた。ラナに疲労が見える今、その役を務められるのは自分だけだ。


「必ず、やり遂げてみせます」


 ロナウドはエトウの目をじっと見つめてから言った。


「分かった。ならば、私は魔王の首を落としてみせよう。それでこの戦いを終わらせるぞ」

「はい」


 短い話し合いを終えると、エトウは魔王を注視しながら高度を徐々に下げていった。

 聖剣創造を行ったせいで魔力はあまり残っていない。空気中に漂う魔力を利用するにも、自前の魔力が必要になる。魔王に通用する攻撃を放てるのは、おそらくあと一度か二度だろう。そこでエトウが選んだのは、もっとも得意とする攻撃方法だった。


「エンチャント・サンダー」


 剣に雷魔法を付与する。そして飛行魔法の速度を上げて一気に下降すると、まだ下を向いている魔王の後頭部に剣を叩きつけた。


「があぁぁぁ! き、貴様、何度も同じ技で余を傷つけおって、許さぬぞ!」


 さすがに魔王もエトウの技を覚えたようだ。怒り心頭の顔で、飛びまわるエトウをつかまえようと手を動かす。


「ほれ、我もいるぞ」

「うがっ!?」


 セイが足を引っ張ると、魔王は顔を地面に打ちつけた。


「くっ、おのれぇぇぇ!」


 魔王の顔が上を向いたとき、巨大な聖剣を両手に持ったロナウドが背中にまわりこんでいた。


「なっ、なんだ!?」


 魔王は、死角にいるロナウドの存在を、その魔力によって感じ取ったようだ。しかし、もう遅い。ロナウドは聖剣技を発動し、振り下ろしの動作に入っている。


「くらえ、魔王! この一撃ですべて終わらせる!」


 魔王が後ろを振り返ったとき、ロナウドの振り下ろした聖剣がその首を一瞬で斬り裂いた。斬り落とされた頭が、胴体を離れて地上に落下していく。魔王の目は見開かれ、驚いた顔のまま固まっていた。

 魔王の頭が地上に落ちると湿った土がはね上がった。頭だけなのに相当な質量があったようだ。


「やったのか?」


 セイが長い首を伸ばして言った。

 エトウが地上に下り立つと、目の前には魔王の巨大な頭が転がっていた。


「エトウ、やったね!」


 ラナが近づいてきて片手を挙げたので、エトウもそれに手を合わせた。


「ラナも大変だっただろ。お疲れさん」

「ううん。結局、エトウに頼っちゃった。でも、最後の一撃、すごかったね」


 ロナウドも巨大な聖剣を手に持って地上に下りてきた。最後の攻撃に体力と魔力をこめたのだろう。さすがに疲弊したのか、息を切らしていた。


「お見事です、ロナウド様」


 エトウはロナウドの一撃を称えた。


「ああ、エトウや皆のおかげだ。これでさすがの魔王も――」


 そのとき、魔王の額にある第三の目が怪しい光を宿した。そして、頭だけになった魔王が大口を開けて襲ってきたのだ。


 エトウたちはあまりの驚きで一瞬固まってしまった。

 どんな魔物でも、頭を斬り落とせば勝負はつく。まさか魔王が生きのびているとは思っていなかったのだ。魔王の顔が迫ってくるが、エトウは咄嗟に体が動かなかった。

 そこに長い尾が前に飛び出してきて、魔王の顔面を強く打った。


「があっ!?」


 魔王が叫び声をあげながら吹き飛ばされる。


「ふんっ、そんなことじゃろうと思ったわ」

「セイ様!」


 エトウたちを救ったのはセイだった。

 セイだけが臨戦態勢をとり続けていたのだろう。こういったところに、生きてきた年月と経験が出るのかもしれない。


「お前たち、油断するでない! しかし、首を斬られても死なぬとは、もはや本当の化け物じゃな。勇者よ、魔王の魔力が集中しておるのは第三の目じゃ。頭ごと破壊してしまえ」


 セイは尾の先を魔王の頭に向けた。


「ぬぅ、大トカゲごときが、また邪魔をしおって!」

「まだ言っておるのか? いい加減、諦めることじゃな。魔王が世界を支配できたことなどないのじゃ。今、お主が魔王をやれておるのがその証拠よ。そうでなければ、我らは過去の魔王に滅ぼされて、死に絶えていたはず。これもすべて女神様の思し召しなのじゃ」

「世迷言をほざくな!」

「世迷言かどうかは、この戦いの結末が証明するじゃろうよ。ほれ、勇者、早くとどめを刺さぬか」


 そうセイに言われたロナウドは、苦しそうな表情で動こうとしなかった。


「ロナウド様?」


 ラナが声をかけると、ロナウドは顔を上げて言った。


「魔力がもうないのだ。これでは聖剣技を使えない……」


 その途端、魔王が笑い声をあげた。


「ふはははは! 聞いたか、龍神よ。もはや勇者には、余にとどめを刺せる力は残っていないようだぞ!」

「なんじゃと……」


 セイとしてもこれは予想外だったようだ。

 エトウやラナも限界が近かった。ロナウドの代わりに大技を繰り出すのは無理がある。それに聖剣の一撃でなければ、魔王にとどめを刺すことは難しいだろう。


 そのときだった。頭を失った魔王の巨体が突然動き出したのだ。頭があった場所からは、怒りや悲しみの表情をした幾人もの顔が飛び出して叫び声をあげていた。それらは怨念となった先祖たちなのだろう。誰もが人の痛みを体現したような苦悶の表情をしていた。


「頭だけじゃなく、体も動くのか!?」


 このまま頭の相手をするのか、それとも体の方を迎え撃った方がよいのか。エトウはどうすべきか迷ってしまった。

 そんな中、魔王の体が黒い炎に包まれた。さらに、光り輝く矢と聖属性の攻撃魔法もそれに加わった。


「なにをしているのです! 戦いの最中にぼやぼやしないでください!」


 叫び声をあげたのはミレイである。ソラノとサニーの矢に加えて、キーナレーンも攻撃魔法を放っていた。

 魔王が放った封印の土魔法は動きを止めており、退避していた後衛陣は再び地上で戦型を整えていたのだ。その先頭にはアラゴンの大楯を構えたアモーが陣取っていた。


 ミレイはコハクに体を支えられてようやく立っていた。そんな状態でヘルフレイムを放ち、大声で前衛陣を叱咤したのだ。

 そのミレイの叫びに、エトウは背筋を伸ばされる思いがした。パーティーメンバーであるロナウドとラナは、エトウ以上に奮い立つものがあったことだろう。


 ラナは魔王の体へ駆けていき、飛び上がりながら剣による連続攻撃を繰り出した。それに対して、ロナウドはその場に留まり、全身から魔力を絞り出していた。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びをあげるロナウドの周囲に魔力の光があふれている。だが、エトウの見るかぎり、その魔力量は決して多いものではなかった。


――駄目だ。これではきっと足りない。俺になにができる? 駄目でもともとならば、俺が聖属性の魔法を付与するのはどうだ?


 エトウは覚悟を決めた。後のことを考えて余力を残していたら、魔王に通じる攻撃ができないのだ。次の攻撃にすべてを懸ける必要があった。


「ロナウド様、俺も聖魔法の付与を行います! ロナウド様は聖剣を制御してください!」

「……」


 ロナウドは黙ってうなずいた。魔力をかき集めるのに集中しているため、声を出すのも億劫そうだ。


 エトウは自分の剣を鞘におさめて、両手をロナウドの聖剣にかざした。そのとき、手首につけているブレスレットが目に入る。セイからの贈り物だ、とミキオに渡されたブレスレット型魔道具だった。装着者の位置をセイに教えることに加え、魔力を溜めておける機能がある。


――みんな、ここで魔力を使わせてもらうぞ。


 ここに来る前、サキの町に滞在していたとき、仲間たちがブレスレットに魔力をこめてくれていた。エトウはブレスレットに埋め込まれた青い石に少しの魔力を流した。すると、そこから逆流するように多くの魔力がもどってくるのを感じた。


「よし、これなら!」


 エトウはへその下に集まった魔力を時計まわりに動かした。渦を巻く魔力がどんどん加速していき、体の隅々に流れていく。それが大きな循環となり、体内魔力が手の平からあふれ出すと、エトウは空気中にある龍脈由来の魔力も制御下に入れていった。エトウを中心に大きな魔力のうねりが生まれ始める。


「エトウさんは、なにをしているのです……。あんなことが人に可能なのですか……」


 魔力を感じ取るのに敏感なミレイは、目を見開いてエトウの様子を凝視していた。それくらいエトウが集めようとしている魔力は膨大だったのだ。

 右の手の平から出た魔力が空気中に漂う魔力を集め、左の手の平から体内にもどってくる。その大きな流れの中で、エトウは魔力を聖属性へと変換していった。


「これで打ち止めだ! エンチャント・ホーリー!」


 それは劇的な変化だった。聖属性へと変わった膨大な魔力が、ロナウドの持つ聖剣へと流れこんだのだ。


「こ、これはっ!」


 ロナウドが強すぎる魔力の圧力に声をあげた。不十分だった魔力がどんどん補われていく。

 これに顔をしかめたのは魔王だった。


「勇者に魔力は残っていなかったはず!? またお前なのか。雷魔法を使う小虫めが、余計なことをするな!」


 魔王は、魔力の変換を行っているエトウに襲いかかろうとした。


「させぬよ」


 セイの尾が素早く上下に動き、魔王の頭を地面に打ち据えた。


「お、おのれぇぇぇぇぇ!」

「ぬっ!」


 魔王はセイの尾に噛みついて大きく頭を振った。すると、セイの体が振り回されるようにして後ろへ飛ばされた。魔王は頭だけになったのに、それだけの力をまだ残していたようだ。


「苦しまぎれの手を! 魔王よ、おとなしく滅ぼされるがよい!」

「があぁぁぁぁぁ!」


 魔王はくわえていたセイを遠くに放ると、憎しみのこもった目でエトウをにらみつけた。そして、口の中に魔力を収束させていく。魔王は至近距離からブレスを放つつもりのようだ。


 エトウはそれが見えていたが、動くことができなかった。今、集中を乱したら、聖剣に送っている聖属性の魔力が途切れてしまう。そうなれば、魔王にとどめを刺すことができなくなる。やり直しはきかない。エトウにはもう一度同じことをするだけの魔力が残っていなかった。


 セイが慌ててもどってこようとしているが、間に合いそうになかった。


「勇者も、小虫も、まとめて死ぬがよい!」


 ブレス攻撃が放たれようとしたまさにそのとき、土の中からなにかが飛び出してきて魔王の顎に勢いよくぶつかった。

 もともと頭だけの不安定な状態である。魔王の頭はその衝撃で真上を向いた。そのままブレスが放たれると、一筋の黒い咆哮が空へと伸びていき、灰色の雲を吹き飛ばして消えていった。


「なっ、なっ、なんなのだ!?」

「マーレーのかたき! まおうはほろびろ!」


 それはグリフォンに乗ったウラキだった。聖杯を持って距離をとっていたウラキは、今このときに値千金の働きをしたのだ。


「こ、この、愚か者どもがぁぁぁ!」

「ふっ、やはりお前はひとりぼっち、こちらには味方がいっぱいじゃ」


 セイが口角を上げたとき、ロナウドの聖剣がまばゆい光を放った。

 魔王はハッとした表情でそちらを振り返る。


「聖剣よ、我が求めに応じ、世界に仇なす魔王を打ち滅ぼせ! ホーリーグレイブ!」

「う、うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ロナウドが振り下ろした聖剣は、額にある第三の目もろとも、魔王の頭を真っ二つに斬り裂いた。

 その切り口からは粉々に砕かれた赤い魔石が見えた。ピュークが魔王の弱点だと分析していたものだ。その推測は正しかったようで、魔王の頭だけでなく、首から下の巨体も大きな音を立てて地面に倒れこみ動かなくなった。


「や、やったんだな……」


 それを見届けたエトウは、すべての魔力を使い尽くして膝から崩れ落ちた。意識が途切れる寸前、大地を揺らすような大歓声を聞いた気がした。


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