80. パーティーでの戦い
エトウたちが散り散りに逃げたのを見た魔王は、頭を振ってブレスを動かした。すると、ブレスは弧を描くようにして逃げた者を追いかけていく。そして、一塊になって移動していた聖騎士の集団がねらわれた。
キーナレーンを守る聖騎士たちは、一人一人ばらばらに逃げようとはしなかった。あくまで聖女を守る護衛として動いたのだ。
彼らは魔王のブレスが迫いかけてくるのに気づくと、慌てて距離をとろうとしたが、とても間に合わなかった。ブレスの軌道上にいた者数人が吹き飛ばされてしまう。
「ふはははは、小虫のように逃げまどいおって! 余の敵となったお前たちには似合いの姿よ。それにしても今代の勇者は情けないな。どこに隠れた? 余を倒すのであろう? さっさと出てこぬか!」
魔王は勝利を確信したような余裕の態度を見せていた。
「好き勝手言っていられるのも今のうちだ。見ていろよ」
そうつぶやいたエトウの右手には高い土壁がそびえていた。エトウたちは魔王がブレス攻撃を放った直後に丘を下ったが、すぐに反転して駆け上がっていた。その際、魔王が魔法で築いた土壁を目隠しに使って大きくまわりこんだのだ。
土壁にはロナウドが聖剣でつくった大きな隙間が空いている。そこから向こう側をのぞきこむと、龍脈の魔力が勢いよく噴き出しているのが見えた。その先には巨大な魔王の姿もある。
それを確認したエトウたちは、土壁の陰に隠れながら再び移動を始めた。
先ほどから煙るように小雨が降り始めていた。それがエトウたちの気配を消してくれている。また、これほど接近していたら、魔力探知で位置がばれてしまうのが普通だが、龍脈の濃密な魔力によって探知そのものがやりにくくなっていた。今のところ魔王はエトウたちの接近に気づいた様子はない。
エトウは土壁の端まで来た。背中を壁につけて、そっと向こう側を盗み見る。巨大な足がすぐ近くにあった。魔王の左足である。漆黒の魔力に包まれ、まるで黒い袋に片足をつっこんでいるようだ。
後ろを振り返り、アモー、コハク、カーブ、ソラノ、サニーの顔を順番に見ていった。今からすることはすでに伝えてある。エトウがうなずくと、皆も緊張した顔でうなずきを返した。
ふぅと大きく息を吐き出し、吸い込んで止める。エトウは覚悟を決めると、土壁の端から飛び出して叫んだ。
「魔王、俺はここにいるぞ! エンチャント・サンダー!」
「ぬぅ、小虫めが! また寄ってきたか!」
丘を見つめておそらくロナウドを探していた魔王は、雷魔法を剣にまとわせたエトウをにらんだ。
エトウは魔王の側面にまわりこむように走り、剣の先から鞭のように伸ばした雷魔法をその巨大な足に絡みつける。
「もう同じ手はくわぬ! 逃がさぬぞ!」
魔王は黒い魔力を分厚くして自分の足を守ると、腰をかがめて左手を伸ばしてきた。エトウを捕まえる気である。
だが、そのとき、頭上から光の矢が降り注いだ。
「くっ、なんだ、これは!?」
それはロナウドの聖剣技でも、ラナの剣聖技でもなかった。ソラノがエルフの里で身に着けた流星颯矢という技だ。世界樹の長弓と矢に自らの魔力をこめることで、流星のように幾本もの光の矢を生み出すことができた。
消費する魔力がかなりの量なので連発はできないようだが、ここぞというときには大変頼りになる。
サニーも同じ技を習得しており、土壁の端から外に出た二人は同時に流星颯矢を放った。
「エルフめ、ちょこざいな技を!」
魔王は口から火を吐き出した。赤い色をした通常の火魔法に見える。漆黒のブレス攻撃ほど威力はなさそうだが、溜めの時間がほとんどないのは脅威だった。
ソラノとサニーがさっと後ろに下がり、その代わりに前に出てきたのはアラゴンの大楯を構えたアモーだ。
「アラゴンの大楯よ、その真価を見せてみろ!」
アモーが魔力を注入すると大楯が光を発した。そして迫っていた火を見事に反射して、魔王にはね返すことに成功した。
「なぜ炎が余の元に!? くっ!」
はね返された火魔法は、魔王の体を覆う黒い魔力にとりついて燃え続けた。
そこでエトウは自分の準備に入る。魔力操作を使って周囲の魔力を集め、最大級の雷魔法を剣に付与していった。
ミスリルソードがミシミシと音をたてる。魔王との戦闘が始まってから、ずっと無理をさせていた。もしものときのために、腰にはソラノから借り受けた予備の剣を差しているが、ここでは長年使い慣れた自分の剣で納得のいく攻撃がしたかった。
――頼む。もう少しだけ保ってくれ。
龍脈が噴き出したせいで、その魔力が空気中を満たしていた。そのため、エトウの想定以上の魔力が集まってきて、次々に雷魔法に変換されていく。これ以上は無理というギリギリのところで、エトウは魔法名を言い放った。
「魔王よ、じっくり味わえ! エンチャント・サンダー!」
魔王は、アモーがはね返した炎やソラノたちが放つ矢に手間取っていた。その隙をついて、エトウはあっという間に懐に入ると、全身を使った鋭い突きを放った。最大出力で剣に付与した雷魔法が魔王の胸めがけて伸びていく。
小虫だとエトウを侮っていた魔王は、なんの反応もできなかった。雷魔法は轟音をたてて魔王の胸と腹を縦に焼き切った。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
魔王が苦しみの声をあげたとき、エトウのミスリルソードは最後の力を振り絞ったかのように砕け散った。
「ああ……」
エトウの口からため息がもれる。
しかし、剣こそ失ってしまったが、それだけの成果はあった。魔王は両手で腹を抑え、ふらつきながら一歩、二歩と前に出てきた。そして、ついにはどうっと音をたてて倒れたのだ。
魔王が数歩分よろめいたせいで、龍脈が噴き出している場所とは距離ができた。これですぐには魔力を吸収することができないはずだ。
大きなダメージを与えただけでなく、龍脈から引き離すという予想以上の結果が得られたことで、エトウはふっと気がゆるんだ。そのために、魔王が予備動作なしで横に払った左手に反応できなかった。
「なっ!?」
エトウの身長よりも大きな手の平が、うなりをあげて眼前に迫る。気づいたときにはもう遅かった。エトウはなすすべもなく直撃を受け、吹き飛ばされてしまった。
「がはっ!」
幸か不幸か、飛ばされた先には土壁があった。壁の内側に激しく身を打ちつけたエトウは、ずるずると壁を伝って下まで落ちてきた。意識こそ失わなかったが、体中にダメージを受けて立ち上がることができない。地面に倒れたまま空を仰ぐと、雲間から人を乗せたグリフォンが滑空してきた。
「……よし、いいぞ」
エトウは拳を握りしめる。自分が魔王に吹き飛ばされたこと以外、想定通りの展開になっていた。
魔王はエトウが傷つけた腹を押さえ、なんとか上体を起こそうとしているが、ダメージが重いようで動きが止まっていた。
空から下りてくるグリフォンには、ミレイとラナが乗っていた。
まずミレイが極大魔法ヘルフレイムを放ち、魔王の周囲を覆う黒い魔力を焼いていく。深手を負って動けない魔王は、黒い魔力が剥がされていくのに抵抗できなかった。
「このっ、よくも!」
魔王が怒りの声をあげるが、ヘルフレイムを消し去ることはできていない。そこにラナが剣聖技を放った。無数の風の刃が降り注ぎ、魔王の体を切り裂いていく。
「おのれぇぇぇ!」
二人の攻撃が終わると、グリフォンは方向転換して上昇を始めた。
そこで魔王は右手を頭上にかかげ、もごもごとなにかをつぶやいた。すると、後方で噴き出していた龍脈の魔力が、徐々に魔王へと近づいていった。自らが身動きできないために、龍脈の方を動かしたようだ。
龍脈が魔王の足のあたりに接触すると、魔王の体内で魔力がふくれ上がった。龍脈の魔力を取り込むことで、回復を早めているのは明らかだ。
――ロナウド様はどこだ? このままじゃ、また回復されてしまうぞ。
エトウはロナウドの姿を探したが見つからない。
今こそ魔王に大きなダメージを与える絶好の機会だった。ロナウドがいないのなら自分が追撃をするつもりでエトウは一歩前に踏み出したが、体が思うように動かなかった。魔王に吹き飛ばされ、土壁に激突したダメージは思いのほか大きかったのだ。
手持ちの回復ポーションはすでに飲んだが、あまり効果が見られない。オークジェネラルの群れを相手に戦った後、最初の一本を飲んでいたからだ。
ポーションは短期間に続けて服用するとその効果が著しく下がる。このまま待っていても、多少ましな状態になるくらいで、完全回復は期待できないだろう。
エトウが悔しい気持ちで魔王をにらんでいると、光り輝くなにかが地上に落ちてくるのが見えた。
「あれは、まさか……!」
距離が近づいたことで、それが飛行魔法を使っているロナウドだと分かった。
ロナウドは聖剣を両手で持ち、その切っ先を前方へ出して構えている。まるでロナウド自身が一振りの剣になったような恰好だ。聖剣がひときわ輝きを増した。魔王が頭上にかかげていた右手に向かって、ロナウドはそのままの姿勢で突っこんだ。
次の瞬間、辺り一帯が聖剣の光に包まれ、あまりのまぶしさにエトウは目を手で覆った。光がおさまったとき、地上に降り立ったロナウドの手には聖杯が握られていた。
「それは余のものだ! か、返せっ!」
魔王は、龍脈の魔力を足に浴びていたほんの短い時間で、それなりに回復したようだ。いまだ地面に膝をついたままだが、復活した漆黒の魔力によってヘルフレイムの黒炎を絡め取っている。そして、今にも襲いかかりそうな獰猛な視線をロナウドに向けていた。
なにも答えないロナウドのもとに、グリフォンが空から舞い降りた。ミレイとラナがすぐさま地上に飛び下り、ロナウドの隣に並び立つ。
「あっ、ま、待つのだ!」
魔王は飛んでいくグリフォンに手を伸ばした。
グリフォンに乗るウラキの手には、ロナウドが奪った聖杯が握られている。容易に破壊できないのなら、魔王から遠ざけるしかない。それがロナウドの選択なのだろう。
どんどん離れていくグリフォンを追うように、魔王は慌てて立ち上がろうとしたが、それを許すロナウドたちではない。勇者パーティーの一斉攻撃が始まった。
「くっ、俺も早くあそこに行かないと……」
エトウが焦燥感にさいなまれていたとき、コハクがこちらに走ってくるのが見えた。その後ろにはアモーやソラノ、サニーも続いている。さらには、聖女キーナレーンと聖騎士たちも一緒だった。
「エトウ!」
コハクは足もとがおぼつかないエトウに抱き着いて支えた。
「もう、心配したんだから!」
コハクの目には涙が光っていた。
魔王によって派手に吹き飛ばされたのだ。皆には心配をかけてしまった。
「悪い。油断した」
「無事でよかった……」
エトウはコハクをなぐさめるようにポンポンと軽く頭にふれる。ソラノたちも一安心といった表情になっていた。そこでキーナレーンが前に進み出た。
「エトウさん、もしよろしければ回復魔法を使いますが、どういたしますか?」
キーナレーンの顔や服には土汚れがついていた。その表情にも緊迫感がある。
エトウは彼女たちが魔王のブレス攻撃を受けたことを思い出した。だが、その話題にどうふれていいのか分からなかった。聖騎士で犠牲になった者がいたとしても、エトウにはなにもしてやれない。
「……体が思うように動かないんです。頼めますか?」
「もちろんです。では、コハクさん、少しの間、離れていてください」
「あっ、はい……」
コハクは顔を赤くしてエトウから離れた。皆の前でエトウに抱き着いていたことに、今さらながら気づいたようだ。
「それではいきます。女神様の祝福を、ヒール」
短い詠唱である。ただ、それだけでエトウのダメージが見る間に回復していった。体全体の痛みがとれ、固くなっていた節々も苦もなく動かせるようになる。エトウは初めて回復魔法をかけてもらったが、それは驚嘆すべき効果だった。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、私には、このぐらいのことしかできませんから……」
エトウは、キーナレーンの表情に悔しさのようなものを感じた。もしかしたら、戦う力がとぼしいのが悔しいのかもしれない。仲間の仇を自分で討ちたいのだろう。
だが、力の限界を感じているのはエトウも同じだ。というより、単独で魔王を凌駕するような力を持っている者は存在しない。勇者であるロナウドでさえも、魔王を一人で倒すことはできそうになかった。
「エトウ、勇者たちと一緒に戦うつもり?」
ソラノが訊いてきた。
「ああ。なんとしてもここで魔王を倒さなければならないからな。みんなにも協力してもらうぞ」
「うん。それはいいんだけど、ウチらの魔力はもう限界。流星颯矢の連発はできない」
これにはサニーも同意するようにうなずいた。
流星颯矢という技はかなりの魔力を使う。なにしろ魔力の矢を多数生み出すのだ。神聖な魔力が豊富に含まれる世界樹の長弓と矢を使用しても、弓士の負担は大きい。エトウはそのことを事前に聞いていた。
「そうか……。いや、助かったぞ。流星颯矢があったから、聖杯を奪い返すことができたんだ。あとは通常攻撃に切り替えてくれ」
「分かった」
エトウは剣身が砕け散って握る部分だけになってしまった自らの剣を地面に置き、ソラノから借りたミスリルソードを抜いた。すぐにでも魔王のもとへ向かうつもりである。
そのとき、カーブがぴょんと跳び上がってエトウの肩に乗ってきた。
「おっと、カーブ、どうした? 今、かまっている時間はないぞ」
エトウが気を抜かれたようにそう言うと、頭の中に声が聞こえてきた。
『このままでは魔王を倒せぬぞ』
「えっ!?」
エトウはまじまじとカーブを見つめた。まるでカーブが言葉を発したように思えたからだ。しかし、すぐにその声に聞き覚えがあることに気づいた。
「もしかして、ネメシス様……ですか?」
『そうだ』
その声は聖剣創造のときに話をしたことがある女神ネメシスのものだった。




