78. 反撃
勇者パーティーの随行員は、大神殿に来るまでに二手に分かれていた。魔王を追って先行したミレイとラナに同行した者たちと、ロナウドの治療を待ってから行動をともにした者たちである。
彼らは大神殿の近くで合流を果たしていた。現在は丘の中腹まで下りてきて、あふれ出した魔物と戦いを始めている。指示を出しているのは、随行員のまとめ役であるティーダとロブだった。
彼らは一刻も早くロナウドのもとへたどり着こうとしていた。なぜなら、ロナウドが使うミスリルソード十一本を運んでいたからだ。今は荷台を捨て、騎士二人が肩に担いでいる。
だが、次々に向かってくる魔物が前進をはばみ、魔王との距離がなかなか縮まらなかった。
「あれは、ロナウド様ではないか!」
誰かがそう叫んだことで、ティーダたちの視線が上を向いた。そこには飛行魔法を使って空を飛ぶロナウドの姿があった。
ロナウドはこちらに下りてこようとしているが、その後ろからは数多くの鳥の魔物が追いかけている。
「追いすがってくる鳥の魔物に攻撃魔法を放て! ロナウド様をお助けするのだ!」
ティーダの指示によって、魔道士たちは空に向かって魔法を放ち始めた。
勇者パーティーの随行員が、各組織の思惑のみで決められていたのは過去のことである。今は実力主義の人選が徹底されていた。魔道士たちの強力な魔法攻撃は、鳥の魔物を撃ち落としていった。
ロナウドは自らも剣で魔物をほふりながら、ティーダたちがいる場所に着地した。
「ロナウド様、ご無事で!」
「ティーダか。ロブもいるな。皆、ご苦労だった」
「ロナウド様が魔王と戦っておられるのは見えましたが、その手にお持ちなのはもしや聖剣ですか」
「そうだ。エトウが届けてくれてな」
「おお! 聖剣が勇者の手にもどりましたか!」
騎士も魔道士も、ロナウドに聖剣がもどったことで喜びの声をあげた。それだけ聖剣の重要さを認識していたということだろう。ロナウドも口元をゆるめて大きくうなずいた。
「それで、どうなされました? 聖剣をお持ちならば、もはやミスリルソードは必要ありますまい」
「いや、それが必要になったのだ。今、どこにあるか分かるか?」
「ここにございます」
ティーダが目配せすると、二人の大柄な騎士が抱えていた布包みを地面に下ろした。すぐに布がめくられ、縄で束ねられたミスリルソードが姿をあらわした。
「ご苦労だった。これは私が預かろう」
ロナウドは十一本ものミスリルソードを肩に軽々と担ぎ上げた。
「ロナウド様、我らにできることはございますか?」
「そうだな。ここから魔王までは距離がある。お前たちは王国軍の部隊と合流して、魔物の群れを殲滅してくれ。魔王との最前線は私たちが支える。お前たちの意志も一緒に持っていくぞ。グラシオラの分もな」
グラシオラの部下だった魔道士たちが、涙を堪えながらロナウドを見つめた。
「無茶をして死ぬことだけは許さん。魔王との最後の戦い、ここで決着をつけるぞ」
「はっ!」
ロナウドは颯爽と空に飛び上がると、鳥の魔物をものともせずに魔王がいる岩山へもどっていった。
「ロナウド様のお言葉は聞いたな? 我らには我らの戦いがある。王国軍と合流し、魔物どもを殲滅するぞ!」
ティーダはそう叫ぶと、再び集まってきた魔物を倒しながら、一番近い場所にいる王国軍の部隊を目指した。
「待たせたな」
ロナウドが肩に大荷物を担いでもどってくると、エトウがそれを受け取った。そしてロナウドを追ってきた鳥の魔物たちを殲滅してから、ラナも加えた三人で空高く飛び上がった。
この辺りに留まっていた空を飛ぶ魔物は、ロナウドがいない間にあらかた片づけておいた。殲滅力がもっとも高かったのは、大岩の上から放たれたラナの剣聖技だ。無数の風の刃が広範囲に飛んでいき、魔物たちを次々と落としていった。
「ロナウド様とラナには、空を飛ぶ魔物の対処をお願いしたいです」
「心得た。お前に近づかせなければよいのだな」
「ええ」
エトウは肩に担いだミスリルソードの束から一本を引き抜いて右手に握った。そして、その剣に雷魔法の付与を行う。
真下には魔王がいる岩山が小さく見えた。それほどエトウたちは空高くに留まっているのだ。そこからエトウは雷がほとばしるミスリルソードを思いきり投げ落とした。
剣はうなりをあげて飛んでいき、雷が落ちるときの轟音が鳴り響くと、落下地点の岩山が爆散した。
「ぐわぁぁぁぁ!」
岩山の表面が崩れ落ち、そこから魔王の苦悶の声が聞こえてきた。
もうそのときには、エトウは二本目のミスリルソードを手にしている。その剣にも雷魔法の付与を行い、先ほどと同じように岩山へ向けて投げ落とした。今度は少しずれた場所で爆発が起き、岩山がさらに崩れていった。
「どんどん行くぞ!」
エトウは張りきって同じ攻撃を繰り返した。
高価なミスリルソードを使い捨てにするのはもったいないが、魔力が伝わりやすいというミスリルの性質があるからこそ、雷魔法の効果も大きくなる。十本の投擲が終わるころには岩山全体が崩れ落ち、ところどころに傷ついた魔王の体が見えるようになった。
エトウは魔力を回復するマナポーションを飲み干してから、魔王を挑発するように大声をあげた。
「魔王、いつまで寝た振りを続けるつもりだ!」
「おのれぇぇぇ!」
起き上がろうとする魔王めがけて、エトウは最後のミスリルソードを投擲した。めいっぱいの魔力をこめた一本である。魔王は片手を前に出してふせごうとしたが、剣はその手の平を突き抜けて片目に突き刺さった。
「ぎゃあぁぁぁ! こ、この、慮外者がぁぁぁ!」
ついに魔王は自ら岩山を崩して立ち上がった。時を同じくして、魔物の発生がぴたりと止まった。
魔王は目に刺さった剣を無理やり引き抜くと、怒りを爆発させるようにエトウたちに向かってきた。驚くべきことに、ロナウドが聖剣で傷つけた傷はふさがっている。魔王の思惑どおり、傷の回復は終わっていたようだ。
飛行魔法で空に浮かんでいるエトウたちだが、巨体を誇る魔王が立ち上がるとその攻撃範囲に入っていた。魔王はいきなりダッと駆けてきて、四本の腕で殴りつけてきた。
エトウがそれをかわしながら地上に下りようとすると、執拗に踏みつけてくる。しまいには、地面の土を握りしめて思いきり投げつけてきた。魔王は自らが生み出した魔物たちの存在も意に介さず、踏みつぶしながら攻撃を繰り出した。
その無茶苦茶な攻め方はかなり厄介だった。
巨体から繰り出される攻撃は、どれ一つとってもまともに受けたら致命傷になるほどに威力がある。それに魔法の詠唱をしてくれたら、どんな攻撃がいつ放たれるのか事前にだいたい予測できるが、単純な物理攻撃を読みきるのは難しかった。
おそらく土魔法で生成しておいたのだろう。魔王は手の中に隠し持っていた石を投げつけてきた。魔王にとっては石礫のつもりだろうが、エトウたちにとっては大岩が数十個飛んでくるのだ。必死で避けるしかない。
魔王はエトウを集中的にねらっていた。岩山の上から攻撃されたのが、よほど腹立たしかったのだろう。
エトウは飛行魔法を使いながら、投げつけられた岩をすんでのところでかわしきった。しかし、余裕がなかったために、周囲の状況把握がおろそかになっていた。かわした先に、三匹のオークジェネラルが待ち構えていたのだ。
普段ならばそれほど問題のない相手である。だが、飛んできた岩をかわすのに地面へ滑りこんだところだったため、瞬時に回避行動をとることができなかった。オークジェネラルの振るう太い木の棒をまともに受けてしまい、エトウは数メートルを吹き飛ばされた。
「く、くそっ!」
なんとか剣で防ぎ、体に直撃はしなかったが、それでもすべての威力をそらせたわけではない。両手には痺れが残り、わずかにかすった左肩にも痛みがあった。
それでもすぐに立ち上がると、さらなる問題が生じた。そこはオークの群れのど真ん中だったのだ。ポーションを飲む時間も与えられず、エトウはオークの上位種、オークジェネラルたちを相手に大立ち回りを演じるはめになった。
こちらが魔王を追い詰めたつもりが、反対に窮地に陥っている。ロナウドやラナは魔王の相手をしていて、こちらを援護する余裕はなさそうだ。エトウは怪我の痛みに耐えながらやっとのことで最後のオークジェネラルを倒しきった。
「エトウ、後ろ!」
それはラナの叫び声だった。
エトウが振り向くと、巨大な土槍が目の前に迫っていた。
「くっ!?」
これはかわしきれない、エトウがそう思ったとき、左側から強烈な光が起こり、土槍を突き抜けるようにして右へ抜けていった。
それは聖剣による斬撃だった。ロナウドの強烈な一撃が土槍の先端を斬り落とし、飛んでくる軌道も変えたのだ。
土槍はエトウのすぐ横を通り過ぎ、離れた場所で地面に落ちた。その瞬間、轟音とともに大量の土が空に舞い上がる。土槍の魔法はかなりの威力だった。まともにくらっていたら大事になっていただろう。
エトウはその爆発の規模に驚きながらも、昔のことを思い出していた。
あえて思い出そうとしたわけではない。生死を分ける戦場で、他のことに気を取られるのは危険だが、目の前に突然差しこまれたようにその情景が浮かんできたのだ。それはロナウドたちがエトウを見限ることになった出来事だった。
当時、エトウたちは辺境で魔物討伐の任務についていた。
勇者パーティーの連携を確認しながら、それぞれのレベルを向上させるための実地訓練である。そこにマンティコアという人面獅子の魔物が突然あらわれたのだ。
ロナウドの強さは抜きん出ていた。聖剣を振るって強烈な攻撃を繰り出し、苦戦らしい苦戦もせずに魔物をほふっていた。そして、ミレイは魔法、ラナは剣術において、類まれな才能を発揮し、戦いにもどんどん慣れていった時期だ。その中でエトウだけが、賢者の特性をつかみきれず、長いこと伸び悩んでいた。
エトウは突然目の前に迫ったマンティコアにうまく対処できなかった。危ないところでミレイの魔法によって助けられ、最後はロナウドが聖剣技でとどめを刺した。
魔王の放った土槍をロナウドが横から斬りつけて軌道をずらしたのを見て、エトウはなぜかそのときのことが頭に浮かんできた。
――俺は……あのときのままじゃないぞ!
エトウの中に、負けてたまるかという気持ちが沸き起こった。
それは助けてくれたロナウドへの反発ではない。過去の自分を乗り越えようとする強い意思だった。
エトウは回復ポーションを飲み干した。魔力を補うマナポーションもすでに使っている。ポーションの特性上、次からは飲んでも大幅な回復は見込めないだろう。
だが、そんな状況にもかかわらず、気持ちは高ぶっていた。エトウは山のように大きな魔王を見上げて叫んだ。
「魔王アービド二世、お前には魔力と腕力のゴリ押し戦法しかないんだな! ピューク様が言っていたとおりだ!」
ピュークの名前を出すと、魔王の表情に変化があった。
「ピューク、だと?」
「そうだ! ピューク様と比べたら、お前の魔法なんて素人みたいなものだ! 技術がなくても、龍脈の魔力を吸っていればいいんだから、こんなに楽なことはないな! 人の血を吸う害虫と、なにが違うのか言ってみろ!」
「貴様、この無礼者が!」
魔王はエトウをにらみつけた。怒りまでの沸点がかなり低い。他人の怨念を取り込んだせいか、精神的に不安定なのかもしれない。
ロナウドもエトウの言葉に反応していた。その顔には、魔王をわざと怒らせて一体なにがねらいなんだ、と書いてあるように見える。
エトウは苦笑いを浮かべた。明確なねらいがあるわけではなかった。気持ちで負けてしまうのを嫌い、とりあえず冒険者らしく喧嘩を売ってみたのだ。
――それじゃあ、一つ試してみるか。
エトウは体内の魔力を操作する感覚をもっと広げ、周りにただよう魔力も制御下に入れていった。
この丘の周辺は、龍脈があふれ出たせいで魔力濃度が高くなっている。空気中の魔力を操作すると、かなりの量が集まってきた。
「ファイヤーアロー」
その魔力を使ってエトウが発動したのは火属性の初級魔法だった。
「ファイヤーアローだと? 貴様こそ、初級魔法しか使えんのか!」
魔王が怒りと嘲りを含んだ声で叫んだ。
だが、エトウは魔力操作をやめなかった。発動したファイヤーアローに、さらなる魔力をこめていく。魔力が火魔法へと変換され、どんどん質量が増していった。
「なっ!? 貴様、それはなにをやっているのだ!」
魔王は怪訝な表情になった。エトウが出したファイヤーアローが発射されず、空中に浮いたまま大きくなっていたからだ。
エトウが右手を前に出すと、巨大な火矢が動き始めた。初動はゆっくりだが、次第に加速していく。
「ふんっ、いくら魔力をこめても所詮は初級魔法だ。余が握りつぶしてくれるわ!」
魔王は避ける様子もなく、ファイヤーアローを迎え撃つ体勢になった。




