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75. 聖剣の輝き

「エトウ、なんとか言え! これはどういうことだ! この剣をどこで手に入れた?」


 エトウはめずらしいものを見たという気持ちで、ロナウドの驚く顔を眺めていたが、肩を揺すられて我に返った。


「あ、ああ、そうです。それは聖剣です。あと手に入れた場所ですか? いや、それなんですけど――」

「なぜお前が聖剣を持っている? もしや女神様から託されたのか? 勇者の私ではなく、賢者のお前が……」


 矢継ぎ早に言葉を発するロナウドの顔は真剣そのものだった。


 もしかすると、過去の聖剣は女神からの贈り物とされたのかもしれない。その方が賢者の特異な能力を広めずに済んだだろう、とピュークも話していた。ロナウドがその知識を持っているならば、そのように考えるのも無理はなかった。


「落ち着いてください、ロナウド様。これはあまり広めてほしくないのですが――」

「なんだ?」

「あの、賢者にとって一番重要な仕事は、聖剣を創造することだったらしいです。エルフの里で、その、神託みたいなものを受けまして、それでその聖剣を私がつくったんです」

「なっ!?」


 絶句とはこのことか、とそう思えるくらい、ロナウドは言葉を失っていた。

 数秒間の停止状態をへて、ロナウドは再起動した。後ろから魔王の怒鳴り声が聞こえてきたのがきっかけである。


「戦線にもどらねば……」


 ロナウドはそう言って、自分の手にある聖剣をじっと見つめた。


「エトウが、本当にこれを……」

「はい」

「私が使ってもよいのか?」

「もちろんです。聖剣は勇者が使うものですよ」

「いや、しかし、お前も聖剣を使ったと聞いたぞ」


 エトウは最初なんのことか分からなかった。だが、すぐにトーワ湖でアンデッド退治をしたとき、ベール城に保管されていた聖剣――ロナウドが貸与されていたものとは別のもの。それも魔王との戦いで破壊されてしまった――を借りたことを思い出した。


「あれは非常事態だったので、少しの間お借りしただけですよ。それに、はたしてきちんと使えていたかどうか。暴れ馬に乗った気分でした。とにかく、その聖剣はロナウド様が使ってください。そのために持ってきたんですから」

「そうか……そうだな。エトウ、恩に着るぞ!」

「あっ、待ってください!」


 すぐにでも飛び出していこうとするロナウドをエトウが止めた。そしてアモーと自分にしたように、ロナウドにも補助魔法をかけていった。

 聖剣を渡したのがよかったのか、ロナウドは素直に応じた。補助魔法をかけ終えると、ロナウドは何度か聖剣を振って感触を確かめた。


「エトウ、私は勇者としての務めを果たすぞ」


 ロナウドの瞳は曇りが晴れたように澄んでいた。


「私も、遅ればせながら、賢者の務めを果たしたいと思います」


 ロナウドの瞳の強さに負けないように、エトウも思っていることをそのまま伝えた。


「そうか。では、エトウ、行くぞ」

「はい、行きましょう」


 ロナウドとエトウは魔王に向かって走り出した。


 魔王は腕を交差して弓矢と魔法の遠距離攻撃に耐え、グリフォンに乗って飛びまわるラナの動きに注意を向けていた。やはり近い距離からの剣聖技はもっとも警戒すべき攻撃なのだろう。走って近づいているロナウドとエトウのことは気づいていない様子である。


 しかし、攻撃が届く距離に入ったとき、魔王の顔が突然こちらを向いた。ぎょろりとした目でロナウドを凝視している。魔王は勇者への警戒を忘れてはいなかったらしい。


「それはなんだ? 聖剣はなくなったのではなかったか!」


 魔王が鬼のような顔で叫んだ。


「ロナウド様、まず俺が行きます! 隙をつくるので、あとは頼みましたよ!」

「エトウ、待て!」


 エトウは足を速めてロナウドを追い抜くと、腰に差していたミスリルソードを抜いた。そして、もっとも得意とする攻撃方法を選んだ。


「エンチャント・サンダー!」


 エトウの剣に雷がまとわりつき、バチバチという弾ける音が響く。エトウはさらに加速し、自分の間合いに入った瞬間、魔王に向かって剣を下段から振り上げた。


「いけぇぇぇ!」


 剣の先から雷が鞭のように伸びていく。

 魔王は防御のために両手を顔の前に出していたが、エトウが放った雷は空気を切り裂くような速さでその手首に絡みついた。


「くっ、このっ!」


 あまりにも巨大な体を持つ魔王に、雷魔法がどれほど通じるかは分からなかった。それに魔王の全身は黒い魔力で覆われ、それが障壁の役割を果たしているのだ。ただ、エトウは魔王の注意を引きつけることには成功した。


 ロナウドがエトウの横をすごい速度で駆け抜けていく。そのとき、エトウは剣にまとわりついた雷魔法にさらなる魔力をそそいだ。すると、雷からそれまで以上にまばゆい光が放出され、魔王の目をくらました。


「おのれ、小賢しいまねを!」


 魔王は片手を振って雷魔法を払おうとするが、思ったようにいかずに怒りの声をあげた。


 その瞬間、ロナウドは飛行魔法を使って魔王の胸の辺りまで飛び上がり、両手で持った聖剣を頭上から振り下ろした。強烈な光に包まれた聖剣が、魔王のまとっている黒い魔力障壁を突破し、左肩から胸までを一直線に斬り裂いた。


「ぐわぁぁぁ!」


 丘の上に魔王の叫び声が響きわたった。ロナウドが放った聖剣の一撃によって、魔王は大きな傷を負っていた。


 動きが止まった魔王を見逃す手はない。

 エトウの後ろからは、ソラノとサニーの放った矢が、魔王の両目を正確に射抜いた。これまで両腕による防御があって顔に当てるのが難しかったが、今はねらい放題である。

 ずっと魔王の魔力障壁に取りついて燃え続けていたミレイのヘルフレイムも、ここにきて聖剣でできた傷の周辺を焼き始めた。


 味方全員が持てる力を振るって攻撃を集中させている。今が勝負所だと誰もが理解しているのだ。


 エトウも剣を振って雷魔法のエンチャントを一旦止めると、魔王の足元に向かって走り出した。そして前にいるアモーに声をかける。


「アモー、足をねらうぞ! 俺は右足だ!」

「じゃあ、俺は左足だな!」


 合流した二人は、またすぐに左右に別れた。

 アモーは魔王のはだしの足を大剣で突き刺した。それだけで終わらず、力づくで大剣を奥まで押しこんでいく。見ているこちらまで痛くなるほど、指と指の間に大剣が深く入りこんでいた。


 頭上から魔王の絶叫が降ってくる中、エトウは火魔法のエンチャントを行った。


「エンチャント・ファイヤー!」


 近接攻撃においてもっとも攻撃力の強いのが火魔法の付与である。その分だけ目立つし、攻撃が直線的になりがちなので隙も生まれやすいが、魔王が他の場所に気を取られている今が使いどころだった。

 エトウはロナウドを真似て飛行魔法で飛び上がった。ただし、魔王の正面に向かってではない。エトウのねらいは皮膚が薄いであろう膝の裏側だった。


 勢いよく燃え始めた剣を横に流し持ち、そこから強烈な一撃を魔王の膝裏に向けて放つ。一度で終わらせず、二度、三度と攻撃を繰り返し、最後はめいっぱいの力で突きを放った。


「があぁぁぁ!」


 魔王は前に倒れこみ、丘の斜面を下にすべっていった。地面に手をついてやっと止まったが、聖剣でつけられた左肩の傷が痛むようで、そちらの腕はだらりと下がったままだ。


「お、おのれぇ、龍脈よ、我に力を!」


 魔王がそう叫ぶと、近くの地面から魔力が噴き出した。そして魔王の傷が徐々に回復していく。


「えっ、どうして!?」


 エトウは目の前の光景が信じられなかった。

 アウロラと先祖たちの怨念――ピュークが『女神の涙』と名付けた――は、エトウが聖剣をつくるときに、すべてのエネルギーを費やして消え去った。それこそが龍脈の魔力を暴走させ、歴代の魔王を生み出してきた元凶である。『女神の涙』が消えた今、龍脈が暴走する理由もなくなったはずだ。


 ただ、もう一つ可能性がある。

 国境沿いの戦場で、魔王は『恐るべき子供たち』を使い捨てにし、龍脈の魔力を地上にあふれさせた。それと同じことをしたのかと疑ったが、今はそんなことをした様子はなかった。魔王が右手をかかげて文言を唱えただけで、地下から魔力があふれ出したのだ。

 魔王は龍脈の魔力を用いるための新たな方法を見つけたのかもしれなかった。


「傷も回復しているようだし……。なんなんだ、これは?」


 エトウは、なにがどうなっているか分からず混乱していた。


「エトウ、先に行くぞ!」


 そんなエトウの脇をロナウドが駆け抜けていった。

 ロナウドは魔力を回復するマナポーションを口にしていた。巨体を誇る魔王にあれだけの傷を負わせたのだ。聖剣にこめた魔力はかなりの量だったにちがいない。

 それでも今が好機ととらえたのだろう。ロナウドの表情は覇気に満ちていた。


 エトウは、龍脈のことをここで考えていても結論は出ないと諦めた。そして、アモーと一緒にロナウドの後を追いかけようとしたとき、グリフォンに乗ったラナが空から下りてきた。


「エトウ、来てくれたんだね!」

「ああ、遅れて悪かったな」


 ラナの前には少年が乗っていた。少年は戦場の最前線にいるのに、びっくりするぐらい落ち着いている。それに魔力の流れがあまりにスムーズだ。まるでベテラン魔道士の魔力操作を見ているようだった。


「ラナ、その少年は……もしかして人ではないのか? いや、グリフォンも……」

「この子はウラキちゃん。えーと、いろいろ説明が大変そうだから、全部終わってから話すね」

「……味方なんだな?」

「もちろんだよ!」

「だったら文句はない」


 先ほど、エトウはラナたちが魔王に攻撃を加えるのを見ていた。少なくとも、魔王や帝国側に与する者たちではないのだろう。ラナが少年とグリフォンを味方だと言うなら、それ以上の詮索は無用だった。

 それにエトウには他に尋ねたいことがあったのだ。


「ちょっと聞きたいんだが、魔王の傷が治っているみたいだけど、ずっとこんな感じなのか?」


 もしそうなら魔王との戦い方を考え直さなければならない。それぞれの判断で漫然と攻撃を続けても、その度に傷が回復してしまうのでは意味がないからだ。


「前はもっと回復が早かったかな。小さな傷なんて、ほとんど一瞬で治ってた。マーレーさんが魔王の魔力を奪ったから、その影響が出ているんだと思う」

「マーレー? もしかして奇術師マーレーか?」

「うん? なんかそんなこと言ってたかもしれない」

「マーレーという男は、ゴーレムを使役してベール城を襲わせたとんでもない奴だぞ。ここにいるのか?」

「ううん、いない……」


 ラナは悲しそうな顔で首を横に振った。


「エトウ、その話も後でいい? マーレーさんは大丈夫だから」

「……」

「エトウ、お願い」


 ラナはウラキという少年を気にしている様子だ。そのウラキは表情のない顔でエトウをじっと見つめている。エトウはなんとなく根負けした気持ちになった。


「……分かったよ。とにかく、魔王の回復力は落ちているんだな?」

「うん、それは間違いないよ」


 だとしたら、弱っている今のうちに全員で総攻撃をかけるべきだ。


「よし、ラナ、アモー、俺たちも全力で攻撃するぞ」

「うん、久しぶりの共闘だね。あっ、そうだ! ロナウド様が持っているの、あれ聖剣だよね? エトウが持ってきたの?」

「あー、それも後でいいか? ちょっとこみいった事情があるんだ」

「えー、まぁ、いいや。後でちゃんと教えてよね」

「ああ。じゃあ、行くか――」

「お待ちください!」


 甲高い女性の声がエトウたちを呼び留めた。エトウが後ろを振り返ると、そこには聖女キーナレーンが聖騎士たちを従えて立っていた。


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