73. 大神殿までの道
エトウたちは大神殿に至る街道をひた走っていた。
アモーとエトウが御者台に座り、スレイプニルに鞭を打つ。馬車の中にいるコハク、ソラノ、サニーの三人も、頻繁に窓から顔を出して前方の様子をうかがっていた。
サキの町を出たときには、コハクとソラノが屋台飯を食べられなかったと愚痴っていた。戦いの場に到着する前に、緊張によって疲れてしまっては元も子もない。実戦経験が豊富なエトウたちはそのことが分かっていたから、馬車の中にはどこかのどかな空気が流れていた。
それが一変したのは、北部からやって来る騎士――おそらくは伝令だろう――の数が増えた頃からである。彼らの誰もが余裕のない表情で街道を駆け抜けていった。なにかよからぬことが起きているのは明らかだろう。エトウたちの緊張感も自然と高まっていった。
そして、スレイプニルのために街道脇で何度目かの休息をとっていたとき、地面が突然揺れ始めた。ドン、ドンと腹に響いてくるような揺れ方である。
干し肉をかじっていたコハクが、水袋の水で口の中のものを急いで飲みこんだ。
「エトウ、今のって……」
「ビトー村近くの戦場でも、今の揺れを感じたことがあったな」
「うん」
その場所にいなかったサニー以外、全員がうなずいた。
コハクはビトー村で待機していたが、エトウたちと同じように揺れを感じていたようだ。
後から分かったことだが、それはアービド二世が『恐るべき子供たち』を犠牲にして龍脈を操った結果だった。そうすることで、アービド二世は魔王の力を得ようとしたのだ。龍脈の魔力が地上に噴き出したときに、この腹に響いてくるような揺れが起きた。
なにを話しているのか分からないという顔のサニーに、エトウはそうしたことを説明した。
「では、これは魔王がやっていることなんだな」
サニーは険しい顔つきでエトウに確認した。
「ええ、そう思います」
「大神殿までは、あとどのくらいだったか……」
「ここからだと二時間足らずで到着しますね。スレイプニルの馬車は少し手前に停めて、あとは歩きで向かった方がいいと思うのですが、サニーさん、どう思いますか?」
エトウは、かつて盗賊団を討伐する仕事を請け負ったとき、大神殿まで足をのばしていた。そのため、だいたいの距離感は把握できていた。
「ああ、それでいい。馬車から解放してやれば、スレイプニルはこの辺りの魔物にやられたりはしないだろう。俺たちの帰りを待っていてくれるはずだ」
「そうですか。では、早速出発しましょう」
「大神殿に着いたら、エトウの指示に従うからな。魔王と戦う覚悟はとうにできている。そこは安心してくれ」
「ええ、期待していますよ」
灰色の雲が空を覆っていた。先ほどまで降っていた雪まじりの雨はやんでいる。エトウは街道沿いにずっと続く針葉樹の森を見つめた。その先に目的の場所である女神教の大神殿があるのだ。
エトウたちが歩きで大神殿のある丘に到着すると、見たこともない巨人が龍神セイの首をつかんで地面に押し付けていた。
「なんだ、あの巨人は……。なにが起こっている……」
エトウだけでなく全員が呆気にとられていた。
巨人がいるのは丘の中腹で、空には飛行魔法で飛ぶ勇者パーティーの姿もある。
エトウにそれが分かったのは、ロナウド、ミレイ、ラナの三人が、それぞれ得意とする固有の剣技と魔法を放ち始めたからだ。それらは巨人に直撃しているが、周囲を覆う黒い魔力に防がれてしまい、それほど効いているようには見えなかった。
「とにかく、ロナウド様たちと合流するぞ」
エトウが先頭に立ち、丘を登っていく。それほど急な勾配ではない。ただ、あちこちから龍脈の魔力と思われるものが噴き出していて、それを避けるのが大変だった。
――『恐るべき子供たち』はもういないはずだ。それに怨念の塊である『女神の涙』も、聖剣をつくったときに消滅している。それなのに、魔王はどうやって龍脈をあふれさせたんだ……?
龍脈の魔力は、そこに光の柱が建っているように見えるくらい、勢いよく噴き出し続けている。エトウはそれを横目でにらみながら、胸の中で嫌な予感ばかりがふくらんでいた。
エトウたちが丘を登っている間も戦闘は続いていた。セイの体はもうすっかり地中に埋もれてしまった。
「くそっ、本当にあれが魔王なのか? セイ様はどうなったんだ」
先ほどからエトウは魔力探知を行っているが、巨人の周囲にある高濃度の魔力にはいろいろなものが混じっていて、それが魔王と断定できなかった。セイの魔力もうまく探知できていない。
空を飛んで戦っていたロナウドが地上に下りてきた。エトウたちの存在には気づいていない。こんな見晴らしのよい丘の上なのに、目の前の巨人しか眼中にないようだ。ロナウドは二刀流だった。聖剣は失われてしまったので、代わりの剣を使っているのだろう。
驚いたことに、ラナはグリフォンに乗って戦っていた。どういう経緯でそんなことになっているのか、エトウには想像もつかない。その後ろ、エトウたちともっとも近い距離にいるのが後衛のミレイだ。彼女は魔法の詠唱を始めていた。
そのとき、ミレイはなにかに気づいたように後ろを振り返った。そして、エトウの顔を見て驚いた表情に変わる。エトウはその表情の変化が分かるくらいまで近づいていた。
「サニーさんとソラノは、あそこにいるミレイ様と合流して、遠距離から弓矢で攻撃してもらえますか?」
「分かった。任せておけ」
「うん、エトウも気をつけて」
エトウは二人にうなずいた。
「コハクは三人の護衛に徹してくれ。いつもミレイ様を護衛している王国騎士たちが見当たらない。ラナも前衛にまわっているから、コハクの負担は大きくなるぞ」
「大丈夫。あの巨人以外には敵がいなそうだし。なにかあっても、ソラノたちのことは私が守るから」
「頼んだぞ」
コハク、サニー、ソラノの三人は、エトウたちから離れてミレイのもとへ向かった。残ったエトウとアモーは、魔王の方へまっすぐ駆けていく。
「アモー、しんどい戦いになりそうだぞ」
「王都のスタンピードもひどかった。エトウといると退屈しないな」
「おいおい、俺が災厄を呼び寄せているような言い方はやめてくれよ」
アモーは頬をゆるめて言った。
「ふふ。生きのびて、また冒険者生活にもどるぞ」
「ああ。ソラノじゃないけど、まずはサキの町でダンジョン産のうまいものを食べつくしてやる」
「それはいいな」
二人は笑い合うと、最後の加速をして魔王に迫った。




