72. 限界
聖剣が失われたと聞いたセイは、体の力が抜けていくようだった。
ひたすら勇者の到着を待っていたのは、聖剣によって魔王にとどめが刺されるまで、しっかり見届けるためだ。それが不可能となれば、話は大きく変わってくる。
飛行魔法で後退してきたロナウドに、セイは最後の確認のつもりで尋ねた。
「勇者よ、聖剣を失ったというのは真のことか?」
「……ああ、本当だ」
ロナウドの表情が曇る。
だが、セイはそんなことを気にしていられなかった。
「聖剣がなくて、どうやって魔王を倒すつもりじゃ! お主はそれでも勇者のつもりか!」
高ぶる感情を叩きつけるようなセイの言葉を、ロナウドは黙って聞いていた。
いくら傷つけても治ってしまう超再生が魔王の厄介なところだ。それに加えて巨人の体である。生半可な攻撃では、かすり傷程度にしかならない。致命傷を与えるのはさらに難しくなったのだ。
ロナウドも、聖剣を失ったことがいかに大きいことか身を持って感じていた。
「ふはははは、やはり聖剣を失っていたか! 聖剣のない勇者など、いてもいなくても同じこと! 余の勝利は決まったようなものだ!」
セイの声が聞こえたのだろう。遅かれ早かれとはいえ、こちらに聖剣がないことが魔王に伝わってしまった。その哄笑は大神殿の建つ丘全体に響き渡る。やはりマーレーが魔力を抜き取る前よりも、魔王の言葉がしっかりしていた。
「くっ、黙るのじゃ、この慮外者が!」
セイは怒りに任せて自身最大の技をくり出そうとした。龍の咆哮、いわゆるドラゴンブレスである。長期戦を覚悟していたセイは、魔力の消耗が激しいこの技をずっと封印していたのだ。
セイの体内で膨大な魔力が渦巻いていく。龍神と呼ばれ、数世代に渡って神と崇められたその力は半端なものではなかった。
「セ、セイ様!?」
それに驚いたのは背中に乗っているミレイである。その大きすぎる魔力に恐怖すら覚えた。自分はここにいて大丈夫なのか、と。
「ミレイ様、こちらへ!」
ラナが声をかけ、自らの乗るグリフォンの背中を手で示す。ミレイは急いで飛行魔法を唱えると、ラナの後ろに腰を落ち着けた。
セイはそれをちらりと見てから、その長大な体をくねらせて急上昇した。そして、カッと目を見開き、魔王の頭上からドラゴンブレスを放ったのである。セイの鱗と同じ青色のブレスが一直線に魔王に向かい、避ける間もなく直撃した。
魔王はとっさに両腕を交差させてドラゴンブレスを防御したが、たちまちその圧力に押されて地面に膝をついた。それでは終わらずに、じりじりと体が後ろに押しこまれていく。
「ぐっ! 龍神め、これほどの力をまだ隠していたか!」
魔王の言葉に反発するように、セイはドラゴンブレスの放出量を上げた。すると、魔王の両腕が一瞬ではね上げられ、青色に輝く咆哮がついにその胸をとらえた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
魔王は押しつぶされるように仰向けに倒れた。横からの攻撃ならば吹き飛ばされるだけだったろうが、上空からのドラゴンブレスはそれすら許さない。上からの圧力で魔王の体が地面にめりこんでいった。
その余波は周囲にも及び、距離をとって布陣していた王国軍の部隊は一斉に後退を始めた。判断が早かったために被害は避けられたようだ。
セイは我を忘れて攻撃したわけではなかった。聖剣を失ったロナウドへの怒りも確かにあったが、それよりもここで一気に勝負をつけたかったのだ。
マーレーに魔力を奪われ、魔王は弱体化したように思われた。傷の治りが遅くなったのがそれを証明している。だが、散発的な攻撃を繰り返しても、魔王は龍脈の魔力で体を回復してしまうだろう。
――ならば、ここで一気に決めてしまえばよい。我らにはもうそれしかないのじゃ!
これがセイの本音だった。
実のところ、セイは限界が近かったのだ。
一週間に渡り、昼夜を通して魔王と戦ってきた。そして、ここにきて魔王は巨人化し、今までのような半分逃げ腰の戦闘――魔王はとにかく北へ向かいたがっていた――ではなくて、本腰をいれた重たい攻撃をしてきた。それを迎え撃つだけでも、セイは体力と魔力を急速に失っていた。
そんな状態のときに、聖剣が失われてしまったことを聞いたのである。セイの失望は相当に深かった。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。魔王にこの世界を破壊させるつもりは毛頭なかった。そこで気持ちを奮い立たせ、最後の勝負に出たのだ。
セイ渾身のドラゴンブレスがやんだとき、魔王の体は半ば土の中に埋もれていた。
「はぁ、はぁ、これでどうじゃ……」
呼吸を乱したセイが魔王を見つめていると、勇者パーティーからも攻撃が始まった。ロナウドの聖剣技、ラナの剣聖技、そしてミレイの極大魔法ヘルフレイムが地上の魔王に襲いかかる。
勇者パーティーの一斉攻撃がやんでも、魔王は地面に埋もれたまま動きを見せなかった。
「やはり相当に頑丈じゃな。ならば我の爪と牙で、その無駄に大きい体を引き裂いてくれるわ!」
セイが加速をつけて地上に迫ったとき、土に埋もれていた魔王の右腕が上に伸びてきた。それとほぼ同時に、周囲の地面から龍脈の魔力が勢いよく噴き出した。
「ぬぅ!」
セイは柱のように噴き出す魔力にぶつかりそうになり、慌てて体をそらして避けた。
魔王のように、大量の魔力を許容できるだけの器を持っていなければ、龍脈からあふれ出す魔力は毒にしかならない。それは龍神と呼ばれるセイであっても同じだった。
そのとき、魔王がむくりと起き上がった。そして体勢を崩しているセイの首を、その大きな右手でつかんだ。
「くっ、お、お主っ、寝たふりをしておったのか!?」
「龍神、お前は邪魔だ。土の中でしばらくおとなしくしているがよい。砂流封印!」
長く生きたセイでも、そんな魔法名を聞いたことがなかった。
魔王を中心に地面が水のように波打ち、大きな渦を巻き始める。首をつかまれたセイは逃れようともがくが、魔王は力任せにセイをその渦の中に押し込めた。
「な、なにをするつもりじゃ!?」
魔王はなにも答えず、セイの体をずぶずぶと沈めていった。
ロナウドたちは慌てて攻撃を再開したが、魔王は龍脈の魔力を使って即座にダメージを回復してしまう。なすすべがないとはこのことで、セイはその長大な体すべてを地中に押し込まれてしまった。
「魔王、龍神になにをした!」
飛行魔法で飛ぶロナウドが怒りの声をあげた。
魔王はロナウドたちを見上げると口角を上げる。
「龍の戦闘力と生命力は馬鹿にならん。余がこの世界を手中に収めるまで、地の底で眠ってもらうことにした。ああ、お前たちに、このような手間のかかる方法は使わんから安心するがよい。後顧の憂いを断つためにも、この場で決着をつけてやろう」
魔王に帝国の皇帝らしい不遜な態度がもどっていた。
「おのれ、魔王! これ以上、お前の好きにはさせんぞ!」
ロナウドは地上に下りたつと魔王に向かって走り出した。グリフォンに乗るウラキとラナもその後に続き、グリフォンから下りたミレイは後方に留まって極大魔法の準備に入る。
勇者パーティーと魔王の戦いが今から始まるというそのとき、ミレイはある者の魔力を感知して後ろを振り返った。彼女の目が大きく見開かれる。
「エトウさん!」
そこには丘を駆け上がってくるエトウの姿があった。
寄り道の多いこの作品に付き合ってくださってありがとうございます。次回からはエトウ視点にもどり、そのまま最終話までいくつもりです。
ここで一つ補足しておきます。
聖杯はかつてのエーベン公国の末裔しか使えないと書きました。それなのに魔王が聖杯を使えるのは、その末裔である聖騎士ソールトの血と肉を取り込んだからです。ソールトは暗黒騎士として使役され、ロナウドとラナに倒されますが、一旦吸収した血肉は魔王の体内にまだ残っているので、聖杯を使い続けることができます。
聖杯を使うにはソールトの血が必要という描写をしたつもりですが、分かりにくかったかもしれません。そういうわけですので、どうぞご理解ください。




