52. 悪夢
ミレイとラナが飛行魔法で大神殿に近づいていくと、魔王と龍神の戦いに人らしき者も参戦していることが分かった。
「ミレイ様、あれは……?」
「ラナ、あれはきっと人ではないわ。魔力が尋常じゃないもの。警戒をゆるめては駄目よ」
「はい、気をつけます」
「私たちにできることをしていきましょう」
「はい!」
ミレイの攻撃魔法が届く距離に入ると、まず龍神セイが、それから魔王がこちらに注意を向けた。もう一人、モノクルをつけた紳士風の男は特に反応を示していない。誰も口を開かなかった。
「あなた方は口をきけないのかしら? まぁ、どちらでもいいですわ。魔王アービド二世、少しばかり体がふくらんだようですけど、考える頭の方はスッカラカンなのかしらね。勇者パーティーの魔聖と剣聖がこうしてやって来たのですから、もう少しまともな反応をしてほしいものですわ」
「……勇者は、ど、どうした? し、死んだのか?」
魔王が低い声で応じた。巨人の体を得たせいか、その声はよく響いた。
ミレイは魔王をキッとにらみつけた。
「どうやら見た目通りの低能のようですね。ロナウド様はすぐにでもここに来られます。それまで私たちが露払いを務めましょう」
魔王は興味を失ったのか、なにも言わずにセイの方へ視線をもどした。
ミレイもセイに視線を向ける。
「そちらは龍神セイ様で間違いありませんね? もう御一方も、魔王の敵、つまりはこちらのお味方ということでよろしいの?」
「うむ、我はセイじゃ。あそこにいるマーレーという男は、まぁ、今のところは味方じゃな。お前たちは今代の勇者一行か。ともに戦うのはよいが、肝心の勇者はどうしたのじゃ?」
「ロナウド様は後から駆けつけてくださいます。それまで私たちも魔王の足止めに協力いたしますわ」
ミレイが魔力を練り始めると、三者の様子に変化があった。無視できるような弱い存在ではないことが、それだけで伝わったのである。
「我が黒炎よ、世のことわりすら焼き尽くせ。ヘルフレイム!」
ミレイが放った黒炎は渦を巻いて魔王に迫り、防ごうとした魔王の左腕をたちまち業火に包んだ。
「ぐわぁぁぁ!」
魔王は叫び声をあげ、黒炎にとりつかれた左腕を振るっている。しかし、火は一向に消えなかった。
「私の放つヘルフレイムは、対象を燃やし尽くすまで消えることはありません。ほらほら、どんどん黒炎が広がりますわよ」
「こ、このぉぉぉ!」
魔王は赤く染まった三つの目で憎らしそうにミレイをにらみつけると、右腕を手刀の形にして左腕の肩へと振り下ろした。一連の動きには一切のためらいがない。その一撃で魔王の左腕は根元から切り離され、黒炎をまとったままぼとりと地面に落ちた。
「なっ!?」
ミレイが驚いているうちに、魔王の左腕の切断面からぶくぶくと黒い泡がわいてきた。それがどんどん広がっていき、ものすごい早さで腕の形をつくり始める。ついには、その超再生の能力によって魔王の左腕は元にもどってしまった。
「私のヘルフレイムから、そんな方法で逃れるなんて……」
ミレイが苦々しい顔で言った。
まるでトカゲのしっぽ切りのようだ。魔王は自らの腕を切り捨てて、ヘルフレイムの黒炎から逃れた。必殺の魔法だったはずが、こんな対処法が存在するとは想像もしていなかった。
ミレイたちのもとに、セイが長い体をくねらせながら近づいてきた。
「今ので分かったか? これは果てしない消耗戦なのじゃ。だからこそ、勇者と聖剣がどうしても必要になる」
「聖剣、ですか……」
「うむ。それが分かったら、早く勇者をここに連れてくるのじゃ」
ミレイは険しい顔をしたがなにも言わなかった。その反応にセイは首をひねった。
「なんじゃ? なにか問題があるなら言うてみい」
「聖剣は……」
ミレイは二振りの聖剣がぶつかり合って、大爆発を起こしたのを目撃していた。
だが、聖剣が本当に破壊されてしまったのか、それとも爆発の衝撃でどこかへ飛んでいってしまっただけなのか、明確な答えを持っていなかった。なぜなら、聖剣の捜索は他の者たちに任せて、魔王の後を追ってきたからだ。
――もしも聖剣が失われていたら……。
魔王の超再生を見たミレイは危機感を覚えていた。
「ふふふ。こ、これが魔王の力だ。そ、それに、こんなこともできるぞ」
魔王は右腕を頭上にかかげて叫んだ。
「り、龍脈よ、余に魔力を与えよ!」
一度は収まっていたはずの魔力の奔流が再び始まった。
魔王はその上に片手を差し出す。すると、地下から噴き出した魔力が魔王の手に当たって大きくはじけた。
「龍脈を自由に動かせるのですか!? でも、それでなにをしようと……。まさか!」
ミレイは恐る恐る魔王の魔力を探ってみた。嫌な予感は当たってしまった。魔王の魔力量がどんどん増えていたのだ。これまでの戦闘や片手の再生などで使った魔力が、元にもどっているようだった。
「龍脈の魔力を吸収している……。そんなことが可能とは……」
ミレイの声は震えていた。
龍脈を自由に操り、その魔力を吸収して自分のものにできるとしたら、魔王の魔力量は無限である。あれほどの超再生の能力に加え、魔力を無限に使える相手と戦うのは、悪夢以外のなにものでもなかった。
セイがミレイの顔をのぞきこんで言った。
「魔聖よ、怖気づいたのか?」
「そ、そんなわけがありませんわ! 少し驚いただけです!」
「それならよいがな」
そこに巨体を誇る魔王が飛びこんできた。
ミレイたちは散り散りになって攻撃をかわし、また距離の空いたところで合流する。魔王は新しく生えてきた左腕の調子を確かめるように何度も振っていた。
「お前たちの飛行魔法は見ておれん。我の背に乗るがよい」
「えっ……」
「早くせぬか。今は猫の手も借りたいくらいなのじゃ。特別に乗るのを許してやろう」
ミレイとラナは顔を見合わせるとうなずき合った。
「失礼いたしますわ」
「私もお願いします」
二人は恐る恐るセイの首の辺りにまたがった。




