46. サキの町にて 2
ミキオは『龍神の迷宮』を主な活動の場としているポーターである。
ポーターとは、ダンジョン内の案内と荷運びを兼ねた仕事だ。個人やパーティーから依頼を受け、それぞれの要望――特定の魔物から取れる素材を必要としていたり、レベルに応じた深い階層への挑戦だったり――に応えつつ、最後には依頼人を無事に帰還させるのに全力を尽くす。
ダンジョンに不慣れな者にとっては、有能なポーターの存在が生死を分けるほど、重要な役割を担っていた。
今年三十歳とポーターの中ではまだ若いミキオだが、年齢をごまかして成人前からダンジョンに潜っていたような男だ。『龍神の迷宮』に関しては、ベテランのポーターにも負けないくらいの経験値がある。
エトウたちが初めて『龍神の迷宮』に挑んだ際、ギルド職員の勧めもあって、ミキオをポーターに雇うことになった。
だが、ダンジョンに入った後、当初の予定とはまったく違った展開となる。龍神セイに毒草ギミロンウィードの除去を頼まれ、早々にダンジョンを出ることになったのだ。そして、ミキオが毒草の繁殖地までの地理に詳しかったために、結局は最後まで付き合わせることになった。
そのようにして親交を深めたミキオとエトウたちは再会をはたしたのだ。
「えっ、ミキオさん、どうしてここに?」
エトウがそう言うと、ミキオは頭をかいて言葉を探している様子だった。
「なにから説明すればいいやら……。とにかく、エトウさん、俺と一緒に領主様の館へ行ってくれないか? 詳しいことは、行きの馬車の中で説明するから」
「領主様の館ですか?」
「ああ、俺は今、そこで厄介になっているんだ。それもこれもセイ様からの頼まれごとが原因なんだが……」
ミキオは懐から手紙を出してエトウに渡した。領主本人がエトウ宛てに書いたものだという。
「ここで読んでもいいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
手紙の文面は短いものだった。領主の名はアンリ・レーン伯爵といい、彼はエトウが龍神セイとつながりがあることをミキオから聞いて、この町にやって来るのを待っていたという。
エトウがこの町に入るとき、南門で身分証の提示を求められた。冒険者ギルドで発行されたカードを見せたのだが、そこから領主の館に連絡がいったらしい。その後、レーン伯爵はすぐに手紙をしたため、ミキオに持たせて送り出したのだろう。手紙には、現状について是非とも話を聞かせてほしい、と書かれていた。
「ミキオさん、これって、南門の衛兵が俺たちの後をつけたってことですよね?」
そうでなければ、エトウたちがこの宿にいることをミキオが知っているはずがなかった。混みあった町中で馬車に乗っていたこともあるだろうが、尾行の警戒などしていなかったエトウは全然気づかなかった。
「まぁ、そうだな。いや、エトウさんたちだけじゃないんだ。勇者ロナウド様も館に招待したんだが、先を急ぐとかで断られている。伯爵様は、今この領地でなにが起きているのかを、実際に見てきた人に尋ねたいんだろうよ。衛兵に後をつけさせたことは、大目に見てやってほしい」
そこでミキオは口に手を当てて声を小さくした。
「伯爵様は、なにか後ろ暗い考えがあって、エトウさんたちに接触するようなお人ではないと思うぞ。そもそもセイ様と友好関係にあるエトウさんに、迷惑をかけるようなことはできないはずだ。この町は、セイ様が管理する『龍神の迷宮』があって成り立っているところがある。後が怖くて、セイ様の意向に沿わないことはできないだろうよ。会って、少し話をすれば、伯爵様も安心すると思う。セイ様に指示されたダンジョン関連のことでは、伯爵様にいろいろ便宜をはかってもらっているんだ。悪いがエトウさん、頼まれてもらえないか?」
エトウは少し悩んだが、カマランからも領主宛ての手紙をもらっているので、挨拶ぐらいはしておいた方がいいかと思った。それにミキオの顔もつぶしたくはない。
「分かりました。領主様のところへご挨拶に行きます。今からですよね?」
「ああ。申しわけない。恩に着るぜ、エトウさん」
エトウはパーティーメンバーに自分の荷物を預け、帰りが遅れるようなら食事を先に済ませておいてほしいと告げてから、ミキオの後についていった。
宿の前に停まっていた馬車は立派なものだった。中に入る扉のところに、剣とグリフォンが描かれている。それがレーン伯爵家の家紋なのだろう。
馬車が走り出すと、ミキオはこれまでの経緯をエトウに話し始めた。
つい一週間ほど前まで、セイがこの町に滞在していたという。エトウも見たことのある子供の姿に変化し、屋台での買い食いを楽しんでいたようだ。
「セイ様は伯爵様とも知り合いだったらしくてな。帝国との戦争がどうなっているかを知るために、連絡をとったようだ。セイ様は人の諍いには手をお出しにならない。だけど、この地が帝国軍に占領されるようなことがあれば、住民の暮らしやダンジョンの管理にも影響が出るだろうから、情報収集はしておきたいみたいだった」
「なるほど。ミキオさんは、それに付き合わされたわけですね」
「まぁ、そうだな。伯爵様は、一介のポーターに過ぎない俺のことも、セイ様と一緒にいるってだけで信用してくれるんだから、逆に恐縮しちまったよ」
「ははは。それは大変でしたね」
ミキオたちは伯爵との面会も終わり、食べ歩きをしているときに、数多くのガーゴイルが南に飛んでいくのを目撃したらしい。セイは南の方角に不穏な気配を感じ、ガーゴイルを追いかけるようにしてこの町を去ったという。
ミキオは領主の館にもどり、セイから言付けられたことを説明した。それ以来、そこで厄介になっているというわけだ。
「南……。もしやセイ様は、魔王の気配に気づいたのですか?」
「やっぱり魔王は復活したのか!?」
ミキオはアービド二世が魔王になったことを知らなかった。それについてエトウは簡単な説明をする。国境沿いの戦場のことやベール城での戦いのことなどだ。
「そうか。じゃあ、あの情報は正しかったのか……」
「なにかあったんですか?」
「ああ。数日前、セイ様と思われる青龍が、空の高いところでなにかと戦っていた、という目撃情報があったんだ。ギルドに挙がったその報告は、ただちに伯爵様のもとに届けられ、内容を精査された。伯爵様がエトウさんに話を聞きたかったのも、そのあたりが関係していたんだが……」
「それって、もしかして……」
「セイ様は、魔王と交戦中だったのかもしれん」
それが本当にセイと魔王だったとすれば、もうサキの町からは離れているだろう、というのがミキオの見解だった。自分たちはかなり出遅れているな、とエトウは痛感することになる。
そんなことを話しているうちに、馬車は領主の館の門前に到着した。
レーン伯爵はこの地域を代々治めている一族らしい。エトウたちが馬車に乗ったまま門をくぐると、よく手入れされた広い庭園の先に大きな邸宅が見えた。
その邸宅のエントランスに馬車は横付けされ、執事とメイドが迎えに出てきた。通常は門のところで馬車を降りるものなのだろう。かなりの好待遇であることは、こうした扱いに慣れていないエトウにも理解できた。ミキオと一緒に応接室へ案内され、メイドがいれてくれた紅茶で喉を潤していると、伯爵本人が姿を見せた。
「エトウ民政官ですな。私はこの土地を治めるレーン伯爵家の当主アンリです。町に到着早々呼び出してしまって申しわけない」
「いえ、お気になさらずに」
アンリ・レーンは初老の男だった。白髪混じりの灰色の髪を後ろに流している。歩くときには杖をついているが、背筋はピンと伸びていて矍鑠とした印象だ。
エトウに対しては、冒険者ではなく公的な身分である民政官として遇するつもりのようである。その方が話しやすいのであれば、エトウも別に気にならなかった。
「エトウ民政官のことは、セイ様にも聞いています。相当お強いらしいですな」
「いえ、そんなことは……」
「謙遜なさらなくてもいい。お若いのに堂々としておられる。やはりミキオに頼んで連れてきてもらってよかった。ミキオ、ご苦労だったな」
ミキオは黙って頭を下げた。
その後、アンリはダンジョンの入場禁止などの世間話を少ししてから、ようやく本題に入った。
「さて、早速いろいろとお尋ねしたいのだが、エトウ民政官は国境沿いの戦場にいたのですな? まずは王国軍の戦況をお聞きしたい。こちらにも報告は入ってくるが、現場を知る者の生の声というのは貴重ですからな」
「話すのは構いませんが、私は少し前に戦場を離れてエルフの里に行っていましたので、ご期待にそえるかどうか……」
「構いません。エトウ民政官が見たもの、聞いたもの、そういった諸々のことを話してもらえればいいのです。実は勇者殿もこの館にお招きしたのですが、とても急いでおられたようで応じてもらえなかったのですよ。なので、こうしてエトウ民政官に来ていただけたのは、本当にありがたいのです」
「そうでしたか」
エトウは前線の状況について自分の知るかぎりのことを話した。アービド二世が魔王になろうとした話をすると、アンリは驚きを隠せなかった。
時折、アンリが質問をし、エトウがそれに答える形で不明な点を明らかにしていく。しばらくして戦場の話が一段落すると、話題はセイと魔王のことに移った。
今から四日前、サキの町の西に広がる大森林で、村付きの冒険者パーティーが空高くを飛ぶセイの姿を見たという。アンリはテーブルに広げた地図の一点を指差した。
「セイ様が目撃された場所はこの辺りですな」
そこは森のかなり深いところだった。サキまで馬車で来るとゆうに三日はかかるらしい。
「では、その報告がもたらされたのは、ここ数日のことなんですね」
「ええ、そうです。正確には三日前ですな。それでつい昨日、二件目の目撃情報があったのがこの辺りになります」
再びアンリが地図を指差した。先ほどの場所よりもかなり北寄りである。サキの町にも近い。
「この町から馬車で半日足らずのところで、そのような戦いが行われているとは想像もしませんでした。ダンジョンを閉鎖していなかったら、冒険者の目撃者が続出して、この町の混乱は収拾困難になっていたかもしれません。不幸中の幸いでした」
アンリは険しい表情で言った。
地図から目を離したエトウは、セイがたった一人で魔王と戦っている姿を頭に思い浮かべていた。
相当な強さと魔力量を持った魔王が相手である。セイがいくら強くても、命を削るような戦いにならざるを得ないだろう。しかも、おそらくセイは昼も夜も戦い通しのはずだ。魔王相手にいつ限界がくるか分からない。
エトウは神託を受けた賢者である。本来であれば、魔王との戦いの最前線に立っていなければならない存在だ。それなのにセイ一人に負担をかけてしまっている。いろいろと事情はあったにしても、エトウは自らの至らなさに自責の念を感じていた。




