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45. サキの町にて 1

 エルフの里を出発したエトウたちはサキの町にたどり着いた。大神殿へと続く北の街道では一、二を争う大きな町である。龍神セイが管理を務めるダンジョン『龍神の迷宮』に近く、冒険者の町としても有名だった。


 エトウたちは、里長ボヘルが用意してくれた四頭立ての馬車に乗っていた。木目が美しいその馬車を引くのは、馬とよく似た八本脚の魔物、スレイプニルである。


 スレイプニルは、ゴブリン程度であればたいして速度をゆるめずにはじき飛ばしてしまうくらい、強い力を持っている。人に使役される魔物としては最上級の部類だろう。その速度は普通の馬とは比べものにならず、エトウたちは移動日数をかなり短縮することができた。


「すごい人だね。前に来たときは、こんなに混みあっていなかったのに」


 馬車の窓から外を眺めていたコハクが言った。今は南門から町に入り、大通りを北へ進んでいる。もう少し行けば、それなり以上の宿屋が集まっている区画になるはずだ。


「やっぱり、『龍神の迷宮』が一時閉鎖された影響だろうな」


 エトウも窓から外を眺めながら返事をした。

 ここに来る前に領都ベールに立ち寄ったエトウは、街道沿いの町の状況をカマランから聞いていた。ダンジョン『龍神の迷宮』が一時的に閉鎖されたことが原因で、最寄りの町であるサキでは冒険者や商人たちでごった返しているという話だったが、まだその混乱は収まっていないようだ。


「今晩の宿、見つかるかな?」

「それは大丈夫だ。カマランさんから、この町の領主宛ての手紙をもらっているからな。どうしても宿が見つからない場合には、領主の館に泊めてもらうさ」


 カマランからは魔王と勇者パーティーが交戦した話も聞いた。

 かなり激しい戦いだったようで、大爆発の後に行方不明となった聖剣は、必死の捜索をしても見つからなかったという。大怪我したロナウドはベール城でしばらく静養していたが、歩けるようになるとラナやミレイの後を追っていったらしい。


 カマラン自身も魔王と対峙していた。その正体が宿敵である皇帝アービド二世だと知ったにもかかわらず、一矢報いることができなかったと悔いていた。帝国とは長年の間、諜報員同士による水面下での攻防があったようだ。


――カマランさんは、今の立場でなければ、俺たちに同行したかっただろうな。


 ラボルト辺境伯が出陣している現在、カマランはベール城において責任者の一人となっていた。魔王の襲撃によって城内が浮足立つ中、彼ほどの地位にいる者が軽々に町を離れることは難しい。

 エトウはカマランの無念の想いを引き継ぐ気持ちで、「魔王は自分たちが止めてみせます」と告げてベールを出てきた。


 出発を急いだ理由には、ダンジョンの閉鎖を聞かされたこともあった。『龍神の迷宮』のダンジョンマスター、龍神セイとは知己の間柄である。セイが今どうしているのか、エトウは知っておきたかった。


「エトウ?」


 黙りこんで考えごとをしていたエトウにソラノが声をかけた。


 馬車にはエトウ、コハク、ソラノ、アモー、カーバンクルのカーブといういつものメンバーと、ソラノの兄であるサニーが乗っていた。そのサニーはいびきをかいて寝ている。エトウたちと一緒にいることで安心しているのか、よく寝る男だった。御者役はここまで交代で来たが、今はアモーが務めている。


「ああ、なんでもない。ちょっと考えごとをしていただけだ」

「そう」

「とりあえず、今晩泊まる宿を探すか。貴族が泊まるような高級宿には、ほとんどの冒険者は見向きもしないだろうから、そのあたりからまわってみよう」

「いいの?」


 普段、エトウたちはそういった散財はしない。ぼろぼろの安宿は快適さと保安上の理由で避けるが、一人前といわれるC級冒険者や一般的な行商人が泊まるような宿を選ぶことが多かった。


「大神殿はもう目と鼻の先だ。明日か明後日には魔王と戦うことになるかもしれない。その前に、宿が決まらずにいらいらするのは勘弁だろ?」

「そうだね」

「たまの贅沢を味わおうじゃないか」

「ふふ、あんまり似合ってない」


 ソラノは頬をゆるませた。


「まぁな。貧乏性の自覚はある」

「そんなこともないと思うけど、今晩ゆっくりするのは賛成」

「私も!」


 ソラノの意見にコハクも同意を示した。

 辺境伯領の南に位置するエルフの里を出発し、この北部地方のサキの町に到着するまで、領地をほぼ縦断した形になる。馬車に乗っての旅とはいえ、長距離の移動で精神的に疲労がたまっているのだろう。


 魔王との戦いの前にこの町で心身を休めておきたいのは、エトウも同じである。前方の小窓を開け、御者をしているアモーと宿の相談を始めたのだった。





 今晩泊まる宿は思っていたよりも早く見つかった。カマランに渡された領主への手紙が、宿の受付で効力を発揮したのだ。

 エトウたちは部屋の準備が整うまで宿のロビーで待たされた。高級宿らしく一人掛けのソファとテーブルが並んだ上品な空間だった。


「その手紙、すごいね。対応が全然違ったよ」


 コハクが感心したように言った。


 手紙の封は切られていない。宿の者はその印章を見ただけで態度をころりと変え、支配人を呼んでくるほどの騒ぎとなった。あまりに気をつかわれるのは面倒なので、今は放っておいてもらっているが、受付には支配人が残ってこちらを笑顔で見つめている。


「カマランさんから、こうやって使えばいいって聞いていたけど、やっぱり貴族様の威光はすごいな。というより、俺たちは辺境伯の後ろ盾を得ている感じなのか」

「みたいな、じゃないでしょ。だって、これだって一応は王国の要請ってことになるんじゃないの? 魔王の討伐なんだから」

「どうかな。ロナウド様の誘いは断ってしまったし……」

「喧嘩別れしたままなんだよね。話を聞いて、私、笑っちゃったよ。なんで、そうなるの? 普通に話をすればよかったじゃない」


 コハクは呆れたような顔をした。


「そうなんだけどな……」


 エトウは深いため息をついた。

 数日中にはロナウドと顔を合わせることになるだろう。そのときにどういう態度で接すればいいのかを考えると、憂鬱な気分になった。


 やがて、先ほどいなくなった宿の従業員がもどってきた。部屋の準備が整ったという。

 エトウたちが立ち上がり、従業員の後に続いてロビーを出ようとしたとき、宿の出入り口から人が入ってきた。


「あっ、エトウさん!」


 急に名前を呼ばれたエトウは驚いてそちらに目を向けた。


「えっ、ミキオさん、どうしてここに?」


 そこにはダンジョンの案内人であるミキオが立っていた。


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