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41. 兄と妹 1

 随分前に聖女と聖騎士の関係性や、それぞれの立場について書いたのですが、戦争が始まったり魔王が登場したりで間があいてしまったので、もう一度詳しく振り返っておきます。

 キーナレーンが八歳のとき、母親が山で魔物に襲われて大怪我を負った。家にかつぎこまれてきた母親の苦しそうな顔と衣服を染めるおびただしい血を見て、キーナレーンはほとんど無意識に体内の魔力を集めて、それを外に放出していた。

 すると誰にも教えてもらったことがないのに、なにかに導かれるようにして魔法を使っていた。周囲が黄金色の光に包まれ、母親の傷はたちまち治ってしまった。


 そうしようと思ったのではない。キーナレーンはただ必死だっただけだ。結果的に、そのとき初めて回復魔法、つまり聖女の力を使ったことになる。


 もう助からないと思われた大怪我が完治したのだから、そのことは村で評判になった。両親と仲のよい村人たちが、ちょっとした傷や肩こりなどを治してほしいと訪ねてきた。

 キーナレーンは自分に治療ができるのか半信半疑のまま、母親のときと同じように魔力を放出した。すると再び黄金色の光が部屋を満たし、傷や体の不具合が治ったのである。


 その後、キーナレーンは奇跡の子などと呼ばれ、寒村ながらけっこうな騒ぎとなった。

 もともとの魔力量が多かったのか、魔法を使ってもそれほど疲れなかった。治療を求めた者たちは、礼だといって野菜などの食べ物を持ってきてくれた。人々から感謝され、夕飯が少し豪華になったことを、キーナレーンは素直に喜んだ。


 事態が急変したのは、村に騎士があらわれてからだった。村長に連れられて銀色に輝く甲冑を身に着けた騎士たちが、キーナレーンの家を訪ねてきた。騎士たちは鋭い目で彼女とその両親を見つめ、怪我を治す魔法を使ってみろと命じた。


 キーナレーンが命じられるままに若い騎士の腕にできたアザを治すと、もっとも立派な見た目をしている騎士がとても驚いて、他の騎士の擦り傷や打ち身といった治療も命じた。それらの治療も無事に済ませると、最後には自らの腕に短剣で傷をつけて、目の前で治療してみろと言ったのだ。キーナレーンは慌てて魔法をかけた。すると、その切り傷も跡形もなく消えた。


 なんて無茶なことをする人だ、とキーナレーンは思った。

 その自分の腕を傷つけた人が、エーベン男爵家の長男ソールトだと知るのは後になってからである。


 一旦は帰った騎士たちだったが、すぐに迎えがきて、キーナレーンと両親は領主の館へ招待されることになった。そこで件の騎士が次期当主のソールトであることを知らされ、キーナレーンを是非とも男爵家の養子に迎えたいと提案された。


 日々暮らしていくのがやっとという村の生活に比べて、差し出された条件は破格のものだった。

 両親への資金援助、町での住まいの提供、仕事の斡旋、そしてキーナレーンはソールトの義妹、つまりは貴族の令嬢にしてくれるというのだ。しばらくは集中して貴族の礼儀作法や一般常識の勉強をすることになるが、それが終われば両親とも自由に会っていいという。


「キーナレーンの魔法は特別なものだ。このまま使い続ければ、いずれお前を利用しようという者が必ずあらわれる。その者が悪人ならば、両親も含めて、なにをされるか分からぬぞ。我らがお前を養子にしたいと提案したのは、少しでも信用してもらうためだ」


 養子縁組の説明の後、ソールトはキーナレーンの類まれな能力や今の状況を率直に語った。


「あの、私になにができるのでしょうか? そこまでのことをしていただいて、きちんとお返しできるのか、不安なのです……」


 キーナレーンは遠慮がちながらもはっきりとした声で言った。


「うむ。我らも、お前の魔法が目当てであるのは変わらない。これは慈善行為ではないからな。だが、すぐにどうこうするわけではない。お前には、きちんと魔法の修練を積んでもらって、我らの悲願を叶えるために協力してもらいたいのだ。今ここで詳しく話すことはできないが、これだけは騎士として誓おう。私は、自分の身かわいさに、お前を危険にさらすことは決してしない。戦いの場となれば、私は必ず前に出てお前の盾となろう。どうかそれだけは信じてほしい」


 ソールトの目は真剣そのものだった。





 領主館に滞在するのは気を遣うだろうとの配慮で、町中に宿をとってもらった。それでキーナレーンと両親は話し合いの時間を持つことができた。最初はためらいがちだった両親も、気持ちが落ち着いてくると、これほどよい話はこの先一生ないので絶対に受けるべきだ、とキーナレーンの説得にまわった。


「男爵様のところでお世話になった方が、キーナレーンはきっと幸せになれるわ。私たちも足手まといにならないように、紹介していただく仕事を一生懸命するつもりよ。ねぇ、あなた」

「ああ……会えなくなるわけではないのだものな。お父さんとお母さんは大丈夫だから、キーナレーン、お前は自分の幸せを一番に考えるんだ」


 キーナレーンは両親と離れたくなかった。だが、村での貧しい生活――魔物が山から下りてくることを考えたら、それは危険と隣り合わせでもあった。実際、母親は魔物に襲われて大怪我を負っている――から、両親と一緒に町での安全な暮らしへと移れるめったにない機会だった。


「……分かった。私、男爵様のお役に立てるように、がんばる」


 その決断がキーナレーンの未来を大きく変えていくことになる。





 誰かに利用されるというソールトの言葉は本当だった。


 それから二年がたち、貴族らしい所作を覚えた頃、魔法の指導係がついた。それまではソールトが魔法の基礎を教えてくれていたのだが、さらに高度な教育となると、騎士である彼の手にはあまるということだった。


 帝国にはもともと魔道士が少ない。それにエーベン男爵家には金銭的な余裕もないようで、指導係を探すのに苦労していた。そんなあるとき、ソールトの祖父である前領主が、知人から紹介されたという聖職者くずれの傭兵の男を連れてきた。


 ラヴィンと名乗ったその男は、家族が悪い病気にかかり、その治療のために大金が必要になったので、教会に届けずに治療行為をして金をつくろうとしたのだという。

 当然ながら、無断での治療行為、しかも金銭を受け取って自分のものにするのは女神教会の教義に反する。結局は教会関係者に見つかってしまい、問答無用で破門を言い渡されたということだ。


 その後、家族を助けることもできず、自暴自棄になっていたところ、魔法が使える男がいるという噂を聞きつけてやって来た傭兵団の団長に勧誘されたらしい。


 涙ながらに語られた男の話は同情できるものだった。それに男爵家が行った傭兵団に対する事前調査でも、特に大きな問題は挙がってこなかった。審査の結果、ラヴィンは男爵家に雇われることになった。


 座学で基本的なことをおさらいした後、実際に魔法を使った指導へと進んだ。すると、ラヴィンはすぐにキーナレーンが使う魔法の異質さに気づいた。キーナレーンを授業そっちのけで質問攻めにし、最後には女神教会に伝わる聖女なのではないかと疑い出した。


 やっぱりこうなってしまった、とキーナレーンは思った。これは想定していたことだった。

 彼女が魔法を使うと、密度の濃い黄金色の光が生じる。見る人が見れば、それだけで違いが分かってしまうのだ。そこでソールトは前もってラヴィンと秘密保持の魔法契約を結び、指導中に知りえたことを外部の者に話せないようにした。


 問題はこのラヴィンという男とその傭兵仲間が想定以上の悪党だったことだ。大金になると分かれば、貴族相手でも犯罪行為を躊躇しないような者たちだった。


 ラヴィンはキーナレーンの能力については話せないが、仲間と連絡を取り合って彼女の価値を伝えることはできた。

 何重もの魔法契約でもっとがちがちに縛ればそれも不可能なのだが、悲しいかな、男爵家にはそこまでの予算がなかった。それにラヴィンを紹介してくれたのは、前領主が長く付き合っていた信用できる人物だったので、そのぐらいの魔法契約で十分だろうという油断もあった。


 後で判明したことだが、ラヴィンの所属していた傭兵団は、各地を転戦して部族同士の小競り合いに参加していた――帝国内では部族同士の争いが頻繁に起こっており、いくつもの傭兵組織が幅を利かせていた――が、裏では盗賊行為や人身売買などの犯罪にも手を染めていた。

 そうした犯罪の事実は巧妙に隠され、ラヴィンを紹介してくれた人物も犯罪行為についてはなにも知らず、男爵家は独自に事前調査までしたのに、そこまでひどい傭兵団だとは見抜けなかった。


 その結果、キーナレーンはラヴィンから情報提供された傭兵団の者たちに誘拐されてしまう。

 異常を察知したソールトが、逃げようとしていたラヴィンを捕らえたときには、キーナレーンの身柄は他の団員によって町の外に出されていた。


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