34. ソラノの生家
部屋に様子を見にきたエルフの女性はエトウの意識がもどったことを知り、慌ててそのことを他の者に伝えにいった。すると、エトウのパーティーメンバーに加え、里長ボヘルとお付きの者たちがどっと押し寄せた。
それほど広い部屋ではないので一気ににぎやかになり、遅れてやって来たカミーラはその騒々しさに辟易して叫んだ。
「ああもう、狭い部屋にどれだけ人がいるのだ! これでは落ち着いて話もできんではないか! エトウは念のためにもう一晩泊まっていけ。他の者たちは帰った、帰った! もう遅い時間だぞ。話をするのは明日以降にしろ」
カミーラは全員を部屋の外に追い出してしまった。そして、扉を閉めるとエトウたちの方を振り返って言った。
「それでエトウ、数日のうちには里を出ていくつもりなのだろう?」
「ええ、そうしようと考えています」
「魔王とはどうやって戦う?」
その単刀直入な問いかけにエトウも戸惑ってしまう。
「……まだ分かりません。とりあえずロナウド様たちと合流して、聖剣をお渡ししたいです」
「うむ、勇者には聖剣が必要だな。そうなれば、いよいよ勇者対魔王の決戦になるか……」
カミーラは思いを馳せるように目をつむった。
「大樹の精霊となって以来、私はこの地を離れることができなくなった。肝心なときに戦力になれないのは、口惜しいものだな」
「カミーラ様……」
カミーラは真剣な顔でエトウを見つめた。
「エトウ、魔王のこと、頼んだぞ。生きのびて、また会いにこい」
「はい」
「さあ、せめて作戦会議には参加させてくれ。私には腐れ神と戦った経験がある。そして、ピュークは今代の魔王と生死をかけて戦ったのだ。なにかいい案が浮かぶかもしれんぞ」
カミーラの言葉にピュークもうなずきを返した。
「私が知りえたことは、すべてエトウくんにお伝えします。どうか役に立ててください」
「お二人とも、ありがとうございます」
その夜、エトウたちはピュークの体力が許すかぎり、魔王と戦うための案を練ったのだった。
◇◆◇
「あ、ウチ、家に寄ってくるから、先に帰ってて」
世界樹の神殿から里に帰ってきたソラノは、コハクとアモーにそう告げた。
「一緒に行く?」
「ううん、大丈夫。ちょっと様子を見てくるだけだから」
「そう。じゃあ、先に帰ってるね」
「うん」
ソラノは里にもどってから両親の墓参りには行ってきた。
墓といっても、そこは一面の花畑となっている。魔力を養分にして成長するムーンフラワーは、色とりどりの花々を一年中咲かせるのだ。魔力がとくに強い地域でしか育たないため、世界樹の魔力を豊富にとりこめるエルフの里ぐらいでしか見ることはない。
花畑の真ん中には小高い丘があり、そこには自然石をいくつか置いた祈りの場所が設けてある。そこにエトウたちも一緒について来てくれて、亡くなった両親に皆を紹介することができた。
その後は、ピュークの看病だったり、『試しの儀式』に挑戦したりと、やることが多くて家を見にいく時間がとれなかった。というより、サニーが里にいないので、誰もいない家に帰っても仕方がなかったのだ。
「ただいま……」
ボヘルから渡されていた鍵で家の扉を開けて中に入った。大木の二階にあるツリーハウスで、里ではめずらしくもない間取りである。棚の上に置いてあった魔道具に魔力をそそぐと、部屋の中が明るくなった。
近くにあった椅子に腰かけ、さほど広くもない居間をざっと見渡す。サニーがきれいに使っているせいだろう、それほど埃っぽくなかった。
「ふぅ」
ソラノはなんとなく肩の力が抜ける気がした。
両親はソラノが幼いころに亡くなっている。
母はソラノを生んだ後、体調がなかなかもどらず、そんなときに里で流行り風邪が出てしまった。外からもどってくるエルフがいるため、こうした流行り病は定期的に起きる。そして一旦起きてしまうと、孤立した集落なので一気に広まるのが常だった。
それでも死者まで出るのは稀である。エルフには世界樹の素材などを使った薬の知識があるからだ。それなのに、母は不幸にも亡くなってしまった。当時赤子だったソラノには、母の記憶がまったくない。
父はその数年後、里の外での任務中に亡くなったと聞いている。里も生き残りをかけて各地にエルフを派遣し情報を収集していた。父はエルフを奴隷にして売り払おうとした盗賊団と戦闘になり、重傷を負ってそのまま亡くなったという。里には帰れなかったそうだ。
幼くして両親を亡くしたソラノにとって、年の離れた兄のサニーが親代わりだった。それに里長のボヘルや近所の者たちも助けてくれた。
エルフの里は氏族による派閥もあることにはあるが、激しく権力争いをするようなことはない。里長を中心としたゆるやかな共同体をつくっていた。
かつて腐り神という魔王に里を崩壊寸前まで破壊されてから、お互いを支え合って生きていこうとする意識が強くなったらしい。大きく人口が減ったことも理由の一つだろう。
エルフの仲間意識について、ソラノはうっとうしいと思ったこともあるが、両親を早くに亡くした自分たちが特に不自由なく成長できたのは、同胞たちが助けてくれたおかげだった。
ソラノが自らの身を犠牲にしてでも里を守ろうとしたのは、こうしたエルフ同士の支え合いの精神が身に沁みついていたからだ。
その結果、奴隷に落とされた挙句、王都に売り飛ばされてしまったが、エトウと出会えたおかげでまた里の土を踏むことができた。サニーやボヘルたちとも再会を果たすことができたし、ソラノはエトウのためならば命をかけて戦う覚悟だった。
一休みした後、ソラノは背負い袋から小さいノートを取り出した。いつも持ち歩いている日記である。そこに今日起きたことを簡単に書いておいた。エトウが気を失って倒れたと聞いて、ソラノたちはとても平静ではいられなかった。しばらくたってエトウが目を覚ましたとき、どれほど安心したことか。
「本当に、エトウは……」
一人で世界樹の神殿に行き、聖剣をつくって倒れるなんて、誰が予想できるだろう。いつもエトウはソラノの想像を超えてくる。
ソラノは背負い袋の底に手をつっこみ、もう一冊のノートを取り出した。それは特別なノートだった。
日記を書き始めたとき、気づくとエトウの言ったことが多くなっていた。いつも一緒にいて、仕事の指示を出すのもエトウなので、その日のことを書き出すと自然にそうなってしまうのだ。あるとき、エトウはなかなかいいことを言っていると思った。それで他の者にも聞かせてやろうと、そのためだけのノートを一冊つくってみた。
今ではエトウ語録がけっこうたまっている。エトウがもっと出世して自分たちのパーティーが有名になったら、これを本にするのもいいかもしれない、とソラノは思っていた。
「冒険者ならきっと役に立つ。王都とベールで売り出せば、けっこう売れるかも」
エトウにはまだ内緒だった。ソラノはエトウの驚く顔を想像して微笑み、ノートを背負い袋の中に大事にしまった。
「もどろうかな」
ソラノは椅子から立ち上がった。サニーもいないし、無人の家に長居しても仕方がない。家がきれいに使われていることが分かってよかった。家の扉を開けて外に出ると、驚いたことにこちらへ歩いてくるサニーが見えた。
「ソラノ、帰っていたのか!」
夜なのにサニーはけっこう大きな声を出した。
「うん。サニー、おかえり」
ソラノは里で暮らしていたときのように言葉をかけた。
サニーは目を大きく見開くと、笑っているのか泣いているのか分からない顔になった。
「……ただいま」
立ち尽くしているサニーにソラノは首をかしげる。
「どうしたの?」
「お前が家にいて、俺を迎えてくれるなんて、本当に久しぶりだな」
満面の笑みに変わったサニーを見て、ソラノはどう返答していいのか分からなくなった。
「そうだね……。お腹、減ってる?」
「ああ、少しな」
「じゃあ、なにかつくるよ」
「いや、適当に、あるもので食べるさ。里長に聞いたぞ。明日には出発するんだろ」
「うん」
「俺もついていくからな」
「そうなの?」
「ああ、相手は魔王だ。勇者の応援に駆け付けた里の者にも犠牲が出ている。気を引き締めていくぞ」
「うん、頼りにしてる」
ソラノとサニーは家の中に入り、居間の椅子に座った。二人で家にいるのは本当に久しぶりだった。手持ち無沙汰になったソラノは椅子から立ち上がって言った。
「やっぱり、スープぐらいつくるよ。余った携帯食があるなら出して。つくっている間に、サニーは体でも拭いてきたら?」
「じゃあ、そうさせてもらうか」
余りものを使ったスープができあがり、ソラノはサニーと一緒に携帯食のパンをひたして食べた。食事をしながら、里に着いてからのことをぽつぽつと話す。それはソラノが里を出ていく前、当たり前にあった兄との穏やかな時間だった。




