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33. 孤独な勇者

 ピュークは天井を見上げながら深くうなずいた。


「厳しい指摘ですね……。ロナウドくんについては、近くで見ていたエトウくんにしか分からない部分があるのでしょう。勇者パーティー内での不当な扱いについては聞いていますので、エトウくんがそう思うのも無理からぬことだと思いますよ。ただ、私が彼に抱いている印象は、それとは違っているかもしれません。少し昔の話に付き合ってもらえますか?」

「いいですけど、なんの話でしょう」

「まだ十年はたっていませんね。ロナウドくんが、体に合わぬ木剣を抱えながら、王城の騎士団訓練所に出入りしていた頃の話です」

「そんな幼い頃から王城で訓練を?」

「ええ、ロナウドくんは、いろいろな意味で有名な子でした」


 当時も魔法士団の団長を務めていたピュークは、貴族の間で広がる噂話などには無頓着だったという。だが、そんな彼でも、ロナウドの実家であるキリングワース侯爵家の醜聞は耳にしたことがあった。ロナウドの父である侯爵家の当主が外で子供をつくり、そればかりかその浮気相手と息子を本宅に迎え入れたというのだ。


 貴族の間で正妻の他に愛人をつくることはめずらしくもなかった。それでも跡継ぎ争いの原因になるような事態は避けるだとか、正妻である第一夫人の立場は尊重するだとか、そういった最低限のルールは存在していた。当主個人の問題というより、貴族家の伝統を維持するための共通認識である。


 それなのにロナウドの父は、第一夫人が存命であるにもかかわらず、平民出身の愛人を本宅に入れて一緒に暮らし始めた。しかも、愛人が外で生み育てた息子は、ロナウドよりも年上だったらしい。


 存在を無視された形になった第一夫人――ロナウドの実母――は、寂しさをまぎらわせるためなのか、息子への教育に心血をそそぐようになったという。それは貴族間で噂になるくらい過剰なまでの熱心さだったらしいが、幼かったロナウドはそれを受け入れた。

 特に剣術に関しては、高名な指導者を家に招いて集中的に訓練を施し、そればかりかロナウドは騎士団の訓練所にまで足しげく通っていたそうだ。


「ロナウド少年が当時なにを思っていたのか、私には分かりかねますが、あの剣術への打ち込み方は尋常ではありませんでした。勇者の神託を受ける前に、ロナウドくんはかなりの腕前だったようです。確か、騎士団主催の新人剣術大会で優勝しているはずですよ」

「えっ、ロナウド様の強さは、勇者の神託を受けたからではなかったのですか?」


 神託を受け、その職業に応じた訓練をほどこすことで、人族は大きな成長を得ることができる。勇者は一時代で一人という希少な称号なので、その成長度合いは桁外れのものであるはずだ。

 実際、剣聖の神託を受けたラナは、王城に呼び出されて訓練を受け始めると、みるみる剣の腕前を上げていった。同時に訓練を始めたエトウをあっという間に置き去りにし、騎士団でも上位者の剣士しか相手ができないほどになった。


「もちろん、それもあるでしょう。勇者の恩恵は特別なものです。ただ、ロナウドくんはそれ以前から、ひたむきに剣の道を進もうとしていたようですね。私も黙々と剣を振るロナウド少年を王城で見かけたことがあります」


 そこには無邪気な気持ちで剣術に夢中になっている子供の姿ではなく、なにかを思い定めているような張りつめた緊張感があったという。


「もう何年も前、騎士団との打ち合わせに出向いたときに、ちょうどロナウドくんが模擬戦をしていましてね。なんとなくそれを見ていると、ロナウドくんが怪我してしまったんです。私はポーションを常に携帯していますからね。すぐに駆けつけて傷口にポーションをかけたのですが……。エトウくん、彼の体に残る古傷のことを知っていますか?」

「古傷ですか? そういえば、腕に跡があるのを見たことがありますけど」

「肩や胸、背中にも、ポーションでは治りきらない古傷だらけですよ。十代そこそこの少年の体とは思えませんでした。まるで戦場帰りの傭兵のような……。少なくとも侯爵家で生まれ育ち、何不自由なく育った子供のものではなかったです。騎士団での訓練でそこまでの傷をつくることはないでしょう。侯爵家の嫡男にそんな多くの怪我を負わせて、問題にならないはずがありませんからね」

「でしたら、どうして……」

「貴族家では、幼い頃から文武両面において家庭教師をつけます。ロナウドくんは、おそらく幼少の頃より、虐待に近い鍛錬を強いられていたのではないでしょうか」

「そんな……」


 それはエトウが初めて聞く話だった。


「真相は私にも分かりません。治療の際に古傷のことをそれとなく尋ねましたが、ロナウドくんはなにも答えませんでした。そして、それ以上の詮索を許さないという強い意思も感じました。ロナウドくんが勇者の神託を受けたのは、それからすぐのことです」


 怪我の治療を行って以来、ピュークは折に触れてロナウドの様子を気にしていたそうだが、その時期ぐらいから、以前にも増して剣術修行にのめり込んでいったという。


「あの頃のロナウドくんは、なんと言ったらいいのか、たった一人で世界と戦っているようでしたね。それくらい鬼気迫るものを感じたのです。いつも必死で、孤独で、自らの剣だけを信じているような、そんな危うさがありました。私の中にあるロナウドくんの印象は、その頃の姿が強く残っています」


 ピュークの息が荒くなっていた。本調子ではないのに話し過ぎたのだろう。エトウが休息をうながしたが、ピュークは首を振って大丈夫とだけ答えた。


「勇者というのはそれほど孤独なものなのか、それともロナウドくんにはそういう生き方しかできなかったのか、私はいつも考えさせられます。当時のロナウドくんに寄り添ってあげることができたら、なにか変わっていたかもしれない、と。後にエトウくんが勇者パーティーを抜けざるを得なくなった件についても、終わってから気づくことばかりです……」


 正直なところ、ロナウドにどういう過去があっても、エトウには同情する気持ちがうすかった。平民にとって貴族家の醜聞はあまりに遠くて現実味のない話だし、それに過去につらい経験があったからといって、その者の今の言動がすべて許されるわけではないからだ。

 ともすれば、それは加害者の言い訳になってしまう。これだけ大変な境遇だったのだから、大目に見てほしいと言われても、被害を受けた方は納得できるはずがない。


「そんなロナウドくんが、前へ前へと進む速度を初めてゆるめて目に留めた相手、それがエトウくんだったと思います」

「そんなことはないでしょう。パーティーで一緒のときは、ずっと無視されていましたよ」

「その後です。王城での一騎打ちでエトウくんに敗北した頃から、ロナウドくんには大きな変化がありました。私はよい方向へ変わっていると思っていますけど、結構分かりやすいですよ。なにしろロナウドくんが迷った表情を見せるのは、エトウくんの話をしているときぐらいですからね。まるで片想いの少女のようです。ふふふ」

「……勘弁してください」


 エトウも、ロナウドの内面が変化しているのは、辺境伯領で再会を果たしたことで感じていた。だが、自分の存在がそのきっかけだとは知らなかった。ピュークに話を聞いた後も半信半疑である。自分がそこまでロナウドに影響を与えられるとは信じられなかった。


 ピュークは「年長者のお節介かもしれませんが」と前置きしてから言った。


「きっとロナウドくんが求めているのは、自分と対等な立場でものが言える相手ではないですかね。そんな人、彼のこれまでの人生で一人もいなかったでしょうから」

「ミレイ様やラナがいるじゃありませんか」

「ふふ、彼らとエトウくんは違いますよ。同性というだけじゃありません。剣で語れる相手、ときにはありのままの感情をぶつけられる相手です。私の見るところ、エトウくんしかいません」

「……」


 エトウはありがた迷惑な気持ちだった。それでもピュークの話を聞いて、孤独を抱えた少年の頃のロナウドを想像することができた。それは頑なに勇者としての力を追い求めていた、数年前のロナウドの姿と重なるものがあったからだ。


「魔王を倒すには、エトウくんとロナウドくんが力を合わせる必要があります。二人には、背中を守り合ってともに戦ってもらいたい。願うばかりで、なんの力にもなれないのが心苦しいですが……」

「そんな! ピューク様が魔王と戦ってくれなかったら、私はエルフの里で修行をやり直したり、聖剣を創造したりする時間がとれませんでした。王国軍ももっと苦境に立っていたと思います。ピューク様がなんの力にもなっていないなんてことは、全然ありませんよ。ロナウド様のことは……正直、成り行きに任せるしかないかもしれませんが、ピューク様の期待に応えられるように、自分ができることをやってみます」


 ピュークはエトウを見て頬をゆるめた。


「エトウくん、必ず帰ってきてくださいね。私に命を救ってもらったお礼をさせてください。約束ですよ」

「はい」


 エトウは力強くうなずいたのだった。


 ロナウドの過去についてこれまで何度か書いてきましたが、あと一度で終わりになります。ここで思い出してもらえると、何話か先のそのエピソードに入りやすいので、エトウの頭の整理も兼ねて一話分使いました。どうぞもう少しお付き合いください。


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