11. 奴隷解放
翌日の朝、宿の一階にあらわれたコハクは「寝不足です」と顔に書いてあるようだった。
半開きの目をこすりながらエトウたちの元にやって来るとテーブルに突っ伏した。ソラノはいたっていつも通りである。
朝食の後、エトウは奴隷解放を頼みたい旨の手紙を、タマラの奴隷商館に届けてもらった。
王都ではこういった連絡をする場合、孤児や貧しい家庭の子供に手紙を持たせて小遣い程度のお金を払うのが一般的だった。
エトウたちが泊まっている宿にも、契約しているわけではないが宿付きの子供たちがいた。エトウは顔見知りとなっている一人の少年に依頼をして、先方から返事ももらってきてほしいとお願いした。
一時間足らずで帰って来た少年は、いつでも商館の方に来てほしいというタマラの伝言を預かってきた。
エトウたちは十時過ぎに宿を出て奴隷商館に向かう。朝食の後に少し眠れたのか、コハクは朝よりはましな顔をしていた。
「緊張しているのか?」
「ううん。なんだか現実感がないの」
両眉を下げて肩を落として歩くコハクは、本当にどうしていいのか分からないといった様子だった。そのコハクの肩をアモーが支えている。
「コハクも俺たちも、なにかが変わるわけじゃないからな。ただ、コハクにできることが増えるだけだよ」
「できることって?」
「例えば、解放後、コハクはアモーとソラノを連れてギルドの仕事を受けられる。俺の承諾は必要だけど、身分的にはなにも問題ない。それに、もしもコハクが望むならば、学校に通うこともできるな。読み書きや算術を教えてもらって、同世代の友達も作れる。毎日通わなくても、冒険の合間に勉強を見てもらうこともできると思うぞ。そういうことをやってもいいし、やらなくてもいい。選択肢が増えるだけだ」
「選択肢かぁー。なんだかよくわからないなぁ」
コハクは空を見上げてつぶやいた。
奴隷商館でエトウたちを迎えたのは商館主のタマラだった。タマラはスタンピードの解決やワイバーン討伐などのエトウたちの成果を賞賛した。
「それで今回奴隷から解放されるのはお一人ですか?」
「ええ。コハク一人です。よろしくお願いします」
「初めてエトウ様がこちらにいらしたときに、私は突っ込んだ質問をさせて頂きましたね。その一つに、なぜ同世代の冒険者ではなく、奴隷をパーティーメンバーに迎えようとなさるのですかとお尋ねしたと思いますが、覚えておられますか?」
「はい、よく覚えています」
タマラは強い瞳でエトウを見つめた。冒険者ギルドのグランドマスターのような威圧感はないが、ささいな変化を見逃さない商人の目だった。
「エトウ様は奴隷契約で身の安全を図りたいとお答えになりました。本日は奴隷を解放されるということで、エトウ様のご懸念はなくなったのでしょうか?」
「さぁ、どうですかね。ただ、今のパーティーメンバーとは半年以上冒険者活動を続けてきました。そして今回のゴブリン・スタンピードでは、文字通り背中を預けて命を助け合ったんです。彼らとならば対等な関係で冒険ができる。危機に陥っても一緒に切り抜けていける。自分はそう信じています」
「そうですか……。それは本当に、本当に素晴らしいことですね」
エトウの言葉を聞いたタマラは、目尻のしわを深くしてうれしそうに笑った。
その後の奴隷解放の手続きは実にあっさりとしたものだった。タマラが手をかざして文言を唱えただけで、コハクの奴隷紋は跡形もなく消え去ったのだ。
「えーと、これで私は奴隷じゃないの?」
「はい。コハク様。書類にサインも頂きましたし、奴隷紋もたった今消しました。これでコハク様は奴隷から解放されたことになります」
タマラがにこやかな笑みを浮かべながら答えた。
「コハク様って……。様をつけて名前を呼ばれるのは、さすがに変な感じがする……」
コハクは深いため息をついた。
「奴隷から解放されたコハクです。みんなこれからもよろしくね」
コハクは気持ちを切り替えるように、元気な笑顔でそう言ったのだった。
それからが大変だった。アモーが突然号泣しだしたのだ。
驚いたエトウたちはアモーをなぐさめたのだが、一向に泣き止まないアモーにコハクがしびれをきらした。
「お父さん!コハクは泣き虫が嫌いです! いい加減落ち着いてください」
コハクに突き放されると、アモーの涙はぴたりと止まった。
親の借金のために娘までも奴隷にしてしまったアモーには、これまで一人で抱えていたものがあったのだろうとエトウは思った。




