15. 覚醒 後編
赤目の姿を追うソラノは焦っていた。
ゴブリンの群れをエトウたちだけで足止めできるわけがない。それでもエトウは命を賭して引き受けたのだろう。それはこの場にいる誰もが理解していた。
一刻も早く赤目を討伐して、エトウたちを助けにいかなければならないのに、焦れば焦るほど気持ちがざわついて、赤目の魔力がとらえられなくなる。
集中するのだと思っても、なかなか気持ちが入らなかった。
エトウ、コハク、アモーの存在がこれほど自分にとって大きかったなんて、分かっていたつもりが想像以上だった。
「くっ!」
ソラノが赤目の出現ポイントを見極めることができないため、自分を護衛している騎士が傷ついていく。
赤目は自分の姿をとらえ始めたソラノをねらっているようだった。
冒険者たちも赤目を包囲するように動いているが、転移魔法に翻弄されて詰め切れない。ソラノは自分が赤目の動きをとらえるのだと眉間のしわを深くした。
「ソラノさん。魔力感知に大切なのは平常心ですよ」
ピュークはソラノに話しかけた。
ソラノにしてみればそんなことは分かっていると言いたかった。エトウたちのことを考えると、とても平静ではいられないのだ。
「あなたはエトウくんを信じていないのですか?」
ピュークは挑発するようにソラノに尋ねた。
先程の傷で血を失ったピュークの顔は病人のような青白さだったが、その言葉はどこか冗談を言っているように聞こえる。
「なにを言っている。ウチは他の誰よりもエトウたちを信用している。お前に分かってもらおうとは思わない」
ピュークの言葉を不愉快に感じたソラノは吐き捨てるように言った。
「それならば、なぜ心を乱すのですか? 今のソラノさんをエトウくんが見たらどう思うでしょうね。冷静さを失い、指示されたこともできない残念エルフですかねぇ」
ピュークは紫色の唇で笑いの表情を作った。
「腐れ魔道士は黙れ。戦闘開始早々に襲われて死にそうになってた男が、ウチに文句をつけるな」
ピュークが自分を鼓舞するために、あえて嫌なことを言っていることは理解していた。だが、それでもソラノは魔道士の物言いに段々と腹が立ってきた。
「ほらほら。また冷静さを欠いていますよ、ふふふ」
ピュークがからかうように言葉を重ねる。強敵を前にしている緊迫感などまったくないかのようだ。
「お前、なんのつもりだ!」
ソラノはついに叫び声を上げて、ピュークの顔をキッとにらんだ。
「黙りなさい! ここにはあなたを必要としている人たちがいます。あなたが魔力の揺れを察知しないかぎり、赤目にとどめを刺すことはできません。高い能力を持ちながら責任を果たしていないあなたに、エトウくんはもったいないですね」
ピュークは常にない強い口調で言葉を発した。そのまま厳しい表情でソラノを見つめている。
赤目はダンジョンの入り口で魔力を蓄え、冒険者たちが距離を詰めると離れる。そして気まぐれにソラノをねらって転移することを繰り返していた。
右肩からの血もほとんど止まっている。このまま赤目を休ませて魔力を回復させてしまうのはまずいと誰もが思っていたが、打開策が見当たらなかった。
「エトウくんはソラノさんに赤目の転移先を察知するように指示を出したのでしょう? ならばその期待に応えることが、エトウくんに対して最大限報いることになるのではありませんか」
ピュークは声を落としてソラノに語りかけた。ソラノはうつむいて黙り込んでしまう。
「どいつもこいつも、勝手なことばかり言う!」
赤目のことを忘れたように地面を見つめていたソラノだったが、溜まっていたものを吐き出すように叫んだ。そして大きく深呼吸すると、ダンジョン前に居座る赤目をにらむ。
ソラノは弓を持つ手に数本の矢を一緒に持ち、そのうちの二本の矢を速射で放った。赤目はたまらず転移魔法で逃げようとする。
「そこ!」
ソラノの放った矢が赤目の右太ももを貫いた。
赤目が地面に落ちるまでの間に、ソラノはさらに二本の矢を放つ。一本は脇腹、もう一本は左肩に命中し、赤目は矢が刺さった状態でもがいている。
そこへA級パーティーの前衛陣が襲いかかった。
赤目は体を揺らしてなんとか致命傷を避けるが、体中につけられた傷から血が流れている。白かった体は今やべっとりとした緑色の血にまみれていた。
赤目はダンジョンからたっぷりと魔力を吸い取っていたのか、続けざまに転移を行う。
「そこだ!」
ソラノはまたもや赤目の転移先を察知して、今度はミスリルの短剣を目前の空間に叩き込んだ。
短剣は赤目の頭蓋骨を砕き、鼻の辺りまで縦に引き裂いた。赤目は断末魔の叫び声を上げる間もなく、ソラノの強烈な一太刀で命を散らすことになった。
ソラノは緊張を解くように深呼吸を一つするとピュークを見た。
「ウチは信頼できる者のために命を賭ける。それがウチの志。分かったか、腹黒魔道士」
ソラノは誇らしげに胸を張った。




