3. 小さな違和感
ワイバーンの群れを討伐した一ヶ月後、アモーとソラノはB級昇格試験を受けることになった。試験の内容は、ギルドが指定する護衛依頼を無事に達成することである。
護衛対象の安全を最優先し、他の冒険者たちと連携することができるかなどが細かくチェックされる。
エトウがB級試験を受けたときには、護衛対象である商隊には商人たちが雇った傭兵がついていた。そして、その傭兵たちは冒険者を信用していないような言動を繰り返したのだ。
そこで冷静さを失えば護衛依頼は失敗に終わってしまう。冒険者への嫌悪感を隠さない傭兵たちといかに協力関係を結んで、護衛依頼を達成できるかが試験の肝となっていた。
エトウはアモーの心配はあまりしていなかった。
もともとB級冒険者だったこともあり、無口ではあるが他の冒険者や商人などとも必要なコミュニケーションは取れる男だ。高い戦闘力はもちろんだが、常に冷静沈着で感情をあまり表に出さないのも試験内容に合っている。
問題はソラノであった。エルフの里で奔放に育ったソラノは、感情のままに行動してしまう傾向がある。
それではパーティーの連携ができないと、エトウは繰り返しソラノを説得し、彼女もパーティー内では感情の振れ幅を抑えることができるようになった。
しかし、初対面の冒険者や商人たちを前に、ソラノがどこまで感情をコントロールできるかは分からない。相手に大ケガさせるようなことはないだろうが、一発ぶん殴って帰って来るぐらいのことはやりそうだとエトウは思っていた。
昇格試験に奴隷だけを参加させることになるため、エトウは試験申請の際に、二人がなにか問題を起こした場合には全責任を自分がとるという契約書にサインした。
ソラノにはしっかりと言い聞かせたつもりだが、はたしてどんな結果になるのかエトウは不安だった。
エトウは一緒に留守番をしているコハクにソラノのことを相談すると、「ソラノは大丈夫だよ。心配しすぎ」と笑われてしまった。
エトウは自分が考えているよりもソラノは大人なのかもしれないと思ったが、普段の彼女を思い出すとどうしても首をかしげてしまう。
「いや、ソラノは子供っぽいところがあるだろ? 肉を切らずにかぶりついたり、欲しいものがあると目の前のことがおろそかになったり」
「普段はね。それくらいはいいじゃない。でも、冒険者としてのソラノはちょっとすごいと私は思ってるよ。なんて言ったっけ? 志? ソラノは志が高いのよ」
「志? ソラノにはどんな志があるんだ?」
「内緒!」
それからソラノの志について何度聞き返してもコハクは教えてくれなかった。
☆☆☆
B級試験が行われている野営地では、商人が雇った傭兵と冒険者たちが険悪なムードになっていた。
どうやらエトウの受けた試験と内容は似ているようだった。
傭兵は夜間の見張りは独自に行うから、冒険者も勝手にすればいいと突き放すような態度をとり、それに反発した冒険者の一人が傭兵ともみ合いになったのだ。
双方の感情が高まって後もどりが難しくなったとき、にらみ合う二人の背中に大きな手が置かれた。即座に二人の体は引き離される。
何事かと思って二人が横を向くと、見上げるほど大きな男がにこにこと笑っていた。
「けんかはダメだ。大きな物音は魔物や野生動物を呼び寄せる。見張りは円を二周作るように行ったらどうだろうか? 傭兵は内側の円を見張り、自分たち冒険者は外側の円を見張る。いつもとやることは変わらない。そうだろ?」
アモーは傭兵と冒険者の目をのぞき込んだ。
虚を突かれた二人は、威嚇されたわけでもないのに「そうだな」とつぶやくと、アモーの提案を受け入れたのだった。
それ以降、冒険者が傭兵ともめそうになるたびにアモーがあらわれて、騒動をなくしてしまった。しまいには商人が冒険者に暴言を吐くようなことも起こったが、それもアモーの登場でなし崩しに解決してしまう。
怖がらせているわけでもないのに、なんだか気を抜かれてしまうのだ。
ソラノはアモーの後ろにぴったりつきながら事態を静観し、見張りの順番が回ってくれば高レベルの索敵能力と弓矢による中・遠距離攻撃で魔物を一切寄せつけなかった。
エトウが率いるパーティーのアモーとソラノはギルドでも有名な二人だった。
帯同した試験官はアモーの存在感でシナリオが書き換えられているのを見て、これでは試験にならないと頭を抱えていた。
ソラノが見張り番のときには、一緒に見張りを行う者が誰であっても、一定の距離まで近づいた魔物は知らぬ間に討伐されていた。
ここまで実力に開きがあると、他の冒険者の力を測ることが難しくなる。
アモーとソラノの活躍もあって、試験は大きな問題も起きずに終盤にさしかかった。
あと村一つ越えれば王都まですぐというところで、右手の森からホブゴブリンが街道に出てきた。
街道付近は騎士団や冒険者が定期的に魔物の討伐を行っているため、どこにでも出没するゴブリンといえどもその姿を見ることは稀だ。
ましてその上位種であるホブゴブリンは数も少なく、森の奥で獲物を狩るような個体が多い。
アモーとソラノがホブゴブリンの様子を観察していると、冒険者の一人が飛び出して行き、大剣でホブゴブリンの胴体を切り捨てた。
「どうだ! やっと魔物討伐の成果を残せたぞ!」
その冒険者は叫びながら、剣をかかげていた。
B級冒険者になりたいのであれば、護衛対象の安全を確保するために森の異変には敏感でなければならない。
その冒険者はホブゴブリンを一刀のもとに討伐する実力がありながら、試験内容を推し量る能力に欠けているのだろう。
アモーたちは油断なく周囲の警戒を続けた。しばらく待っても、街道に出てきたのはそのホブゴブリンだけだった。
魔物の剥ぎ取りと死体の処理が終わり、商隊は再び街道を進み始めた。
そのとき、ソラノは右手の森の奥深くから自分たちを見つめる視線を感じた。殺気の混じった鋭い視線は一瞬で消えた。
ソラノは前方で警戒を続けるアモーのもとに歩み寄った。
「アモー、さっき右手の森から変な視線を感じなかった?」
「気がつかなかったな。だが、嫌な感じはずっとしてる。それがなんなのかはうまく説明できないが……」
「そう」
あまりに不確かな情報だったため、試験官への報告は見合わせたが、いつもよりも警戒を高めることにした。
先程の強い視線はなんだったのか考えてみても、ソラノには分からなかった。気のせいとも思えないほどの強烈な感覚だったが、実害がなければ試験を続けるしかない。
普段街道では見ないホブゴブリンがあらわれ、殺気混じりの視線も感じた。ソラノは小さな違和感を抱えながら王都への道をもどっていった。




