15. 撤退
「防御陣形! トール前へ!」
シーラが叫ぶ。
「おう!」
「ソリトはポタとクーを下げて」
「はい! ポタ、クー、こっちに来い!」
狼犬の二匹がソリトの近くにもどってくる。ポタとクーは階段の方を向いて唸り声をあげていた。
警戒度を最大にして魔物が姿をあらわすのを待っていると、階下から濃密な魔力がガスのようにもれ出してきた。
その魔力は一階層に拡散していき、階段近くは魔力の濃度がどんどんと高まっていく。
「これは……」
シーラはどうすべきか決めかねているように見えた。
「シーラ、魔物が出てくるにしても、ここで戦う必要はないぞ。それにこの辺りに広がっている魔力濃度は尋常じゃない。撤退を進言する」
大盾を構えたトールは階段をにらみながら声をあげた。
シーラも階段を見つめる。圧迫感を覚えるほどの濃密な魔力が絶え間なくあふれ出しているのが分かった。
「撤退します! ムーランは先行。後詰めはトールとティアム。ソリトはポタとクーを左右に展開して、魔物の牽制をお願い」
シーラの指示に全員が即座に反応する。
持ち帰るのはダンジョン情報を書き記した書類や貴重な魔道具のみで、テントやスープの入った鍋などはこの場に置いていくことにした。
一刻も早くダンジョンを離脱することを目指す。これまで経験したことのない状況に誰もが嫌な予感を覚えていた。
シーラたちは来た道をもどっていった。すでに一階層は踏破しているため、ダンジョンの出口に向かう道だけを選んでいく。
その間にもダンジョン内の魔力密度は上昇していた。魔力がもれ出しているところは、階段付近だけではないのかもしれない。
「シーラ、あれを見て!」
ムーランが前方を指差す。そこには壁からあふれ出した魔力の渦があった。
「そーれっ!」
ムーランは近くにいた食人キノコをその渦の中に投げ入れた。するとパンという甲高い音とともに、食人キノコは内部から弾け飛んだ。
「魔力暴走じゃな。それほどの魔力があふれ出しているということじゃ」
ゴーサムが眉間にしわを寄せた。
「ゴーサム、この通路をとおらずに出口まで行けるはずよね?」
「ああ、大丈夫じゃ。ほれ、この辺りまでならメモに書いてある。一度もどって、右に抜ければ、大回りして出口にもどれるわい」
「ゴーサム、さすが! 天才魔道士!」
「こんなときばかりほめおって。いいから行くぞい」
シーラは危機的な状況にもかかわらず、パーティーメンバーが冷静さを失っていないことに頼もしさを感じていた。
パーティーは一旦後退し、大回りして出口を目指すルートへと入る。
「シーラ、好物のキノコが爆発したからといって、がっかりするなよ」
ティアムが走りながらシーラをからかった。
「ふふふ。食人キノコを試したことはなかったわね。今度、味見してみようかしら」
シーラも頬をゆるめて応じる。
大回りのルートは魔力濃度がそれほど高くなかった。
シーラにも少し心の余裕が出てきたところで、エルフの弓士ワラビが近くに寄ってきた。
「シーラ、これは魔物の仕業じゃないかもしれない。里長から、ダンジョンは龍脈とつながっていると聞いたことがある。これは龍脈からあふれ出した魔力の奔流だと思う」
龍脈とは、地下深くを走るエネルギーの流れである。詳しいことは分かっていないが、この世界を生み出す大元の存在だと太古から伝えられていた。
「この魔力が龍脈からあふれ出しているとして、このままだとどうなるの?」
「魔力の奔流がダンジョンの奥へ向かえば、このダンジョンが拡張され、多くの魔物が生み出されると思う。だけど、魔力が浅い階層で溜まってしまうと、魔物が大量発生してスタンピードを起こすかもしれない」
「なんですって!? その魔力の奔流はどうやって止めるの?」
「止める方法はない。だから、一番被害が少なくなる方法をとるべき。警戒を最小限にして全速力でダンジョンの外に出て、事態の急変を王国に報告。残ったメンバーは各地の戦力と合流してスタンピードに備えるのがいいと思う」
「ワラビ、ありがとう、それでいきましょう。みんな、今の話を聞いてたね? 全速力で離脱します!」
それからは密集隊形でダンジョンを走り抜けた。
前進の邪魔になる魔物だけを排除して、速力を落とさないことを第一に考える。
先頭は一撃必殺の攻撃力が高いミナトとティアム、左右は狼犬のポタとクー、後衛はシーラとトールが請け負った。
「ダンジョンの出口が見えたぞ!」
ミナトが叫ぶ。
「このまま気持ちを切らさないで! 外まで駆け抜けるわよ!」
「おう!」
あと数歩でダンジョンの出口に届くというとき、足元が激しく揺れた。
シーラたちは転倒を避けるために一旦止まらざるをえなかった。
揺れはますます大きくなり、ダンジョンの地面に地割れができ始める。
「みんな、地割れよ、気をつけて!」
シーラがそう叫んだ直後、地面の至るところが盛り上がり、高濃度の魔力が一斉に噴き出した。




