12. ナルからの緊急連絡
前領主代理の公開処刑から一ヶ月がたった頃、騎士団施設の五号棟で保護していた被害者たちは親元に帰ったり、ベールで仕事を見つけて働き始めたりと、その症状に大きな改善が見られた。
自分たちを苦しめた元凶はこの世にもう存在しない。その事実は彼女たちの心を強くしているようだった。
五号棟には行方不明になっていた被害者たちが新しく入居している。
元上級裁判官であったテレーロのリストに載っていたが、王都や南の砦で保護する前に売られてしまった者たちだった。
ギルド調査員であるナルとニーが、カブスの奴隷商館から売却先のリストを入手しており、各地の騎士団と合同で被害者の救出作戦が進められている。
現在までに、行方不明者十五人のうち十一人の所在が確認された。
五号棟における自助グループの活動は、ルーリーたちの力を借りる形で始められた。
だが、今では被害者のナタリーがグループのリーダーとなって、五号棟へ新たに入居してきた者たちを受け入れている。
ナタリーは誘拐されたときの怖さや苦しさを街中で突然思い出してしまい、意識を失って五号棟に運び込まれた女性だ。
そのときナタリーは混乱して五号棟から飛び出そうとしたのだが、今の彼女の姿からは誰も想像できないだろう。
ナタリーはふさぎ込んでいる者にも積極的に声をかけて、自助グループに居場所を作ってやり、周囲との連携で支えていこうとしている。
辺境出身のシュリは、当初こそふさぎ込んで周囲に壁を作っていたが、ルーリーやナタリーの支えもあって今ではベールで仕事を見つけている。
先日から、同じ誘拐被害者であるダイナの実家で、住み込み女中として働き始めたのだ。
きつい仕事だが、村に帰らずに新しい環境で頑張ってみたいというのが本人の希望だった。
自助グループにも参加しており、周囲の者たちの助けを借りながら前に進もうとしている。
半年前には想像できないくらい物事は順調に進んでいた。
エトウはまだ忙しくしていたが、徐々に仕事を他の者に振るようにして、自分がいなくなったときに困らないようにしておこうと考え始めていた。
そんなときにナルからの緊急連絡が入った。
今日の夜、事情を話しに行くので、パーティーメンバーと一緒に家にいてほしいとの伝言だった。
ナルに家の場所を教えたつもりはないのだが、ギルドの調査員相手にそんなことを言っても仕方がないのだろう。
夕飯を多めに作ってナルとニーを待つことにした。
「久しぶりだな」
ちょうど夕飯の準備ができた頃、ナルとニーは家にやって来た。
相変わらずナルは青色の布、ニーは橙色の布を頭に巻き付け、同色の布で口を覆っている。
今晩の夕食は、アモーの好物だという香辛料が効いたスープだった。
肉と野菜をやわらかくなるまで煮込み、そこに数種類の香辛料を入れて味と香りを整えている。
辛味が食欲を誘い、どんな種類のパンにもよく合った。
ナルとニーも気に入ったようでお代わりをしていた。
食後のデザートにはフィコールの実が出された。
庭の木にサニーが木魔法をかけて生育を促したのがフィコールの木だった。
本来ならば夏から秋にかけて実がなるようだが、サニーの魔法の影響なのか、時期よりも大分早くに実をつけた。
味の方は酸味がまったくなくてとても甘かった。
口の中にあった香辛料の辛味が、フィコールの実の甘さに変えられた頃、ナルが訪問の理由を話し始めた。
このときまでエトウは、ナルが緊急連絡で家に来たことを忘れていた。
「緊急だったんじゃ……」
エトウがつぶやくと、ナルがゴホンと大きな咳払いをした。
「今回、エトウたちに依頼したいのは、盗賊団からの被害者奪還だ」
「ちょっと待ってください。盗賊団ですか? どんな経緯でそうなったのか説明してもらっていいですか?」
「もちろんだ。テレーロのリストには、奴が奴隷にした誘拐被害者の名前が載っていた。俺たちは、奴隷商人のカブスやその部下たちから入手した売却先の情報をたどって、一人一人被害者を見つけていった。それはもう報告を受けているな?」
エトウたちはうなずいた。
ナルとニーは騎士団と協力しながら、行方不明となっている誘拐被害者を探しているのだ。
「現在、保護されているのが十一人。そして、残り四人の行方がこの度判明した」
「なるほど。それが盗賊団の中だと?」
「そうだ。カブスの部下が奴隷を売却先に届ける道中で盗賊に襲われた。連れていたのは誘拐被害者の女性四人だ。それから半年以上がたっている。四人の生死は不明だ」
「それは確かに盗賊団だったんですか?」
「ああ。襲われた奴隷商人は生き残っていてな。その男が言うには、盗賊の連中は口を黒い布で覆っていたらしい。そしてその布の中央には、鋭い歯が並んだ魚の口が描かれていたようだ。その手がかりを探ると、スカルピン盗賊団という名前が浮かんできた」
「スカルピン?」
「川にいる魚の名前のようだ。背びれにトゲがあって毒持ちらしい。人が死ぬような毒ではないが、痛みやしびれが続くということだ」
「スカルピン盗賊団。名前のセンスがない」
ソラノが身も蓋もないことを言う。
「それで、そのスカルピンたちのアジトはどこなんですか?」
エトウはナルに訊いた。
「川の中州だ」
「中州って聞いたことあるけど、どこだっけ?」
コハクは首を傾げて訊いた。
「川の中にある岸を中州というんだ」
アモーがコハクに教えてやると、「中洲、中洲」とコハクは繰り返しつぶやいた。
「話をもどすぞ。スカルピン盗賊団は小さな船を巧みに使う。片一方から攻め込めば、反対側から逃げ出すだろう。他にもアジトがあるかもしれないので、できるだけ多くの人数を一網打尽にしたい。エトウ、なにか作戦はないか?」
「ええ! そこから丸投げですか?」
「お前、得意だろ、こういうの」
「騎士団の大部隊で岸の両側から攻めるのはどうですか? 上流と下流には船に乗った兵士を置いておけば、逃げ場所はありません」
「そんな大部隊を動員できるのであれば最初からそうしてる。エトウ、お前わざと言ってるだろ」
「その状況で中州が包囲できないのであれば、少数精鋭での夜襲ぐらいしかないですよ。成功確率はけっして高くありません」
「分かっている。その確率を少しでも上げるために、力を貸してほしい」
「被害者がいるんじゃ、人まかせにはできませんね」
エトウがそう言うと、コハク、ソラノ、アモーの三人もうなずいた。
「それじゃ、中州とスカルピン盗賊団の詳しい情報を教えてください」
エトウは中州への奇襲作戦について、頭の中であれこれと考え始めたのだった。




