11. 引退
公開処刑から数日後、エトウは被害者支援活動の報告のためにカマランに会いにいった。
リーゼンボルト前領主代理は、自らの罪に見合うだけの罰を受けた。
しかし、実の親である辺境伯や、リーゼンボルトを幼い頃から世話してきたであろうカマランは心を痛めているだろうとエトウは心配していた。
「カマランさん、支援活動の報告にあがりました」
「ご苦労様です、エトウ様。では、早速、報告を聞かせて頂きましょう」
カマランの様子はいつもどおりだった。落ち込んでいる様子も、無理して気負った様子もない。
エトウが報告を終えた後、カマランは辺境伯にも処分がくだったことを話し始めた。
「ステインボルト様は、長年辺境を守護した功績を鑑みて罪には問われませんでした。その代わり辺境伯を引退し、これ以降は政治に関わることを禁止されます。公の文書では記録されませんが、その約定を破ることはできません」
「なるほど……」
王国上層部、おそらくは王家との約定ということだろう。その記録は王城でのみ保管され、厳しい閲覧制限が課される。
この約定を破ってしまえば、王国で生きていくことはできない。
「この城も新しい辺境伯になられるラボルト様に明け渡し、ステインボルト様は奥方様が晩年を過ごされた離宮に移られることになります」
「ラボルト様が辺境伯になられるのですね」
カマランは以前、ラボルトが辺境伯になる可能性は高くないようなことを言っていた。
王国上層部が、ベール周辺から辺境伯の影響を取り除きたいと考えれば、領主代理となっているラボルトごと頭をすげ替えるだろうと。
「ええ、その決定には私も驚きました。ですが、他に適当な人がいなかったとも言えます。ラボルト様はこれからが大変でしょう」
カマランは様子見が半分という見立てのようだった。
エトウにとっては、まったくつながりのない者が辺境伯になるよりは、ラボルトに続けてもらった方がやりやすい。
このまま被害者の支援活動を継続できることが分かって一安心だった。
「リーゼンボルト様にはご兄弟がいませんでしたから……」
「そうですか」
リーゼンボルトの名前が出たが、エトウには話を進めることができなかった。
彼を処刑にまで導いたかなりの部分で自分がかかわっている。
エトウがどのような慰めを言っても角が立ってしまうだろう。
「辺境伯様が移られる予定の離宮はどこにあるのですか?」
「ベール内ですよ。ステインボルト様の亡くなられた第一夫人がお暮らしになられていました。奥様のご指示で作られたバラ園は貴族の間でも評判でしたね。敷地はそれほど広くありませんが、美しい白壁の邸宅は暮らしやすい造りだと思います。ステインボルト様はお体がすぐれませんので、環境が変わらなかったことは幸いでした」
「そうですか。話を聞くかぎりですが、穏やかな暮らしができそうですね」
「ええ、私もそう思っています」
カマランは一安心だというように笑顔になった。
「カマランさんも、辺境伯様とご一緒に離宮の方へ行かれるのですか?」
エトウは軽い気持ちで訊いた。それはエトウにとって当たり前のことだったからだ。
カマランが辺境伯に示す忠誠心や敬意に疑うところは一切なかった。
「私は引退です」
「え?」
「ふふふ、驚かれましたか? 引き継ぎを済ませたら、これまで苦労をかけた家内との時間を大切にしたいと考えています」
「驚きましたね。家の方はご子息が継がれるのですか?」
「いや、私に子供はいません。もともと私は平民出身のたたき上げなんです。爵位は頂きましたが、この度引退をするにあたり、返上させて頂くつもりです」
「カマランさんは貴族出身じゃなかったんですか」
「ええ、いわゆる一代貴族ですね」
一代貴族とは当人の業績などを鑑みて送られる爵位で、子供に相続させることができない。一代のみの貴族という意味だ。
ただ、それだけの能力を当人が保持していることから、爵位が低くても敬意を払われる存在である。
「それも驚きですね。でも、貴族用の邸宅などはどうするんです? 維持や管理だけでも大変でしょう?」
「私は一代貴族でしたから、いろいろと例外を認めてもらっていました。家は貴族街の端っこに、そこそこのものを一軒持っています。邸宅と言えるようなものではありません。私と家内と、手伝いがあと一人か二人いれば充分に管理できる広さです」
「私はその辺りの事情に詳しくないのですが、貴族様でなくても貴族街に住めるのですか?」
「住めますよ。他の町では無理なところもあるでしょうが、ベールの貴族街はただの名称です。身分の区別がある訳ではありません。さすがに平民が中心部近くに家を持つと貴族ににらまれるでしょうが、それ以外の区画であれば豊かな商人なども家を持っていますからね」
「そうだったんですか。しかし、カマランさんが引退なんて、とてももったいないと思いますけど……」
「そう言って頂けるとうれしいですね。実は、私も離宮にお供しようかと思っていたのですが、ステインボルト様に暇を出されました」
「ええ!」
「老い先短い者同士が、離宮などで顔をつき合わせても仕方がない。余生は各々自由に過ごせばよいと」
カマランは穏やかな表情で辺境伯の言葉をエトウに聞かせた。
その言葉は拒絶ではなく、長年の忠義への感謝なのだろう。自分などに構わず、お前は好きに余生を送れと言ってくれているのだ。
エトウは立ち上がってカマランに頭を下げた。
「カマランさん、私から言うことではないかもしれませんが、長い間、ご苦労様でした」
「……エトウ様」
カマランは言葉に詰まったが、ソファからゆっくりと立ち上がった。
「エトウ様とお会いできたのは。ステインボルト様や私にとって幸運でした。事件の収束に協力して頂いて、そしてそのようなお言葉までかけて頂いて、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、カマランさんがいなかったら、犯罪被害者の支援活動は何度も暗礁に乗り上げていましたよ。本当にありがとうございました」
エトウはカマランと固い握手を交わし、時間が空いたときにはお互いの家で食事会でもしましょうと約束したのだった。




