13. 最悪の目覚め
朝の目覚めは最悪だった。
「カンナバーロめ……」
ロナウドはベッドの中でつぶやいた。
大蜘蛛退治が成功して浮かれているときに、思いきり冷水を浴びせられたような心境だった。
母の姿を久しぶりに思い出した。自分の記憶の中に、あれほど鮮明な母の姿がまだ残っていたことに驚いた。
ロナウドはため息をつきながらベッドから起き上がる。
カーテンを開けるとまだ外は暗かった。
「私は強さへの誇りとやらに、しがみついていただけか」
それは幼いロナウドと母との約束だった。
しかし、いつしか重い鎖のようにロナウドを縛りつけるものに変わっていた。
カンナバーロに見せられた記憶によって、ロナウドは自分自身の歪さが嫌というほど分かったのだ。
ガラスに自分の顔が映っている。やわらかい毛質の金髪は、母によく似ていると言われたものだった。
「私は自らのパーティーに弱者がいることが許せなかった。それは強さの象徴である勇者の称号を汚すものだからだ。だが、結局のところ、私は強さへの誇りという歪んだ欲望を満たすために、エトウを犠牲にした。違うか? カンナバーロよ」
カンナバーロは姿をあらわさなかった。
ロナウドは自分の投げかけた問いが宙に浮いて、部屋の中を漂っているような気持ちになった。
窓を開け放つと、朝の冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。
「私は自らの弱さを認めたくなかったのか……」
ロナウドはいまだ夜明けがこない暗い空をじっと見つめていた。
その後、朝食を済ませたロナウドは体を動かしたいと考えた。
気持ちが沈んでいるときにはじっとしていない方がいい。この数年間でロナウドが学んだ数少ない真理の一つだった。
動きやすい服装に着替えて訓練場に向かうために部屋を出る。
来賓と貴族用の階段を降りていたロナウドの耳に男たちの声が聞こえてきた。どうやら階段で座り込んで、仕事をさぼっているようだった。
「あーあ、俺だって勇者に認定されていれば、あれくらいの活躍はできるのにな」
「はん? お前がか?」
「なんか文句あるのか、おい!」
「お前の顔じゃ無理じゃねぇか?」
「顔で勇者が務まる訳じゃないだろ!」
「勇者様は二人もいい女はべらして、ハーレムパーティー作ってるじゃないか。お前には無理だろ?」
「勇者の力と肩書きがあれば、女なんていくらでも寄ってくるわ」
「そうですかい。しかし、あんなガキに指揮されるのだけは性に合わんな」
「それな!」
ロナウドはため息をついて階段に腰をおろした。
こんなものだと思ったのだ。勇者様といくら持ち上げられても、彼らの内心はこんなものなのだ。
しばらくこのまま座ってやりすごそうと考えていると背中にかすかな気配を感じた。
振り向く間もなく、隣に座った者がいる。
「ラナ、気配を消して近づくのはよせと言ってるだろ」
ロナウドは声を落として言った。
「ごめんなさい、ロナウド様。あと、ぶっとばします?」
ラナは階段の下を指差しながら、ささやき声でそう尋ねた。
「いや、止めておく」
ロナウドは頬をゆるめてそう答えた。ラナを声の届かない離れた場所まで連れていき、再び階段に腰を下ろす。
「ロナウド様、ちょっと雰囲気変わりましたよね」
「そうか?」
「ええ、なんとなくですけど。今日の雰囲気も、昨日までと違いますし」
「……いろいろと考えることがあるのだ」
「考えることですか、へー、ふーん」
夢の中でカンナバーロと名乗る道化師人形に絡まれ、過去の記憶を見せられた。それで今朝は最悪の気分なんだ。
そう言ったら、ラナは信じるだろうか?
ロナウドはそんな無謀な挑戦をするつもりはなかった。
階下の声も消えたようなので、そろそろ立ち上がろうかと足に力を入れたが、そこで昨夜カンナバーロに見せられた訓練場での一幕がよみがえる。
「ラナ」
「はい」
「エトウのことでな……」
「……はい」
「私は王城の訓練場で聖剣を振るったことを、エトウに謝罪したいと思う。それとラナにもだ」
「私にもですか?」
ラナは驚いた表情を浮かべた。
ロナウドは立ち上がり、ラナの目を見つめる。
「幼馴染みを危険な目に合わせて申し訳なかった。エトウがパーティーにいたときも、補助魔法を禁じるという差別的な命令をしたのは、私の大きな間違いだと思っている。すまない」
頭を下げたロナウドに、ラナは慌てたように立ち上がって両手を左右に振った。
「自分に謝られても困ります! でも……エトウが聞いたら、きっと喜びますよ」
「あの男は、私に関心がないのではないか?」
「……それもありえるかも」
「どっちなのだ?」
「どっちなんでしょう? ははは」
幼馴染みのラナに分からないのであれば、ロナウドにエトウの気持ちが分かるはずがなかった。




