9. 大蜘蛛討伐作戦
ロナウドは東側の丘で作戦の開始を待っていた。
目の前にはなだらかな丘が続いており、その頂上には蜘蛛の糸が縦横に張られた岩場が見える。
その最奥に大蜘蛛の女王がいるはずだ。ロナウドたちはその場所を目指すことになる。
女王を逃がしてしまうと、再びどこかで大蜘蛛の群れができあがるだろう。そうなっては苦労して巣をつぶしてもあまり意味がない。
今回の作戦における絶対条件は女王の討伐だった。
ロナウドの隣にはミレイとラナが並んでいる。特に緊張している様子もなく、普段の魔物討伐のときと同じ表情だった。
「ロナウド様、なにかご用ですか?」
ミレイがロナウドの視線に気づいて尋ねた。
ラナも不思議そうな顔でロナウドを見ている。
ぼんやりと二人を見つめていたロナウドは慌てて首を振った。
「なんでもない。作戦に緊張している様子はないな」
「ええ、いつもどおりですわ」
「私も変わりありません!」
エトウが新しいパーティーメンバーを得たように、自分にも頼りになる仲間がいる。そう思ったら、ロナウドの体から余分な力が抜けた。
「そうか。頼もしいな」
ロナウドの言葉にミレイとラナが驚きの表情を見せたとき、ティーダが通信の魔道具を握りながら応答を始めた。
「ロナウド様、準備が整ったようです」
「分かった。始めてくれ」
「了解しました」
「あ、ちょっと、ロナウド様、先程のお言葉は――」
「ミレイ、作戦開始だ。魔法の準備をしておけ」
「……分かりました」
ミレイとラナはうなずき合うと、たちまち戦いの表情になった。
周囲では伝令が走り抜けていき、部隊が前方に展開を始める。
序盤は魔道士部隊の火魔法と弓兵の火矢による攻撃である。それによって大蜘蛛の注意をこちらに引きつけ、他の方角へは行かせないように誘導するのだ。
山火事を防ぐため、火魔法と火矢は岩場の多い丘の中央部のみをねらう。
「大蜘蛛が出てきたぞー」
斥候を務めている冒険者が叫んだ。
岩場からぞろぞろと出てきた大蜘蛛の群れが、丘の斜面いっぱいに広がっていった。
大蜘蛛一匹の大きさは、高さが一メートル程度。折りたたんだ脚を伸ばせば、かなり遠くまで攻撃が届きそうだ。
大蜘蛛との距離が縮まってくると、射撃部隊は魔法と矢の攻撃を続けながら後退していった。
「ロナウド様、行ってきますわ」
「ミレイ、頼むぞ。ラナもミレイを守ってくれ」
「了解しました!」
射撃部隊と入れ替わるようにして、騎士と冒険者の歩兵たちが前に出ていく。
歩兵部隊は中央部がくぼみ、左右の両翼が前方へ突き出した不格好な陣形を取っていた。
両翼の最前線が大蜘蛛の突撃をなんとか耐え抜く。
その結果、大蜘蛛は歩兵部隊の両翼に沿うように、中央部分のくぼみに向かって誘導されていった。
次第に群れの形が縦長のものへと変わっていく。
そのくぼみの中央、大蜘蛛の先頭が向かってくる場所にミレイとラナは立っていた。
「世のことわりすら焼き尽くせ、ヘルフレイム」
ミレイが火系の極大魔法を唱えると、かかげた右手から漆黒の炎が渦巻くように伸びていった。そして、範囲内にいた大蜘蛛を片っ端から燃やし尽くす。
「よし、ミレイ、下がっていろ! 聖剣よ、我が求めに応じ、敵を貫く大槍となれ、ライトスピア!」
ロナウドの聖剣から生じたまばゆい光が辺りを照らした瞬間、極太の輝く槍が丘の斜面を上がっていった。
その光に包まれた大蜘蛛はたちまち消し飛んでいく。
ロナウドの剣技によって、丘の頂上まで続くまっすぐな一本道ができあがった。
「私に続け! 大蜘蛛の女王を打ち取るぞ!」
「おおー!」
大蜘蛛がいなくなった中央部分に、ロナウドを先頭にした戦士たちが走り込んでいく。
岩場から次々に湧いてくる大蜘蛛を相手にロナウドは聖剣を振るった。聖剣の一振りごとに数匹の大蜘蛛が斬り裂かれる。
ミレイはいまだ燃え続けているヘルフレイムの炎を操りながら、大蜘蛛の群れを小グループに分断していった。
その傍らではラナが護衛を務め、巧みな剣術と体捌きで大蜘蛛を寄せつけない。
ティーダ、ロブ、グラシオラも自分の部隊を率いながら、勇者パーティーに敵の戦力が集中しないように連携をとっている。
ロナウドたちは、一匹の巨大な獣のように躍動的な動きで女王が待つ丘の中央へと迫っていた。
東の丘にあらわれた大蜘蛛の過半数を討伐した頃、ロナウドたちは二十人ほどの少数部隊を作って女王のもとへ突撃する決断をした。
実力者であるティーダ、ロブ、グラシオラの三人はロナウドの指揮下に入った。
「この岩場を抜けた先、狭い空き地のような場所に、大蜘蛛の女王がいると思われます」
作戦会議の席で共有した情報だったが、ティーダは岩場の出入り口を前にあらためて確認した。
ロナウドはうなずいて、目前の切り立った崖を見上げる。
土色の壁には一箇所だけ隙間が空いており、三メートルほどの幅がある折れ曲がった道が先へと続いていた。
その道は上から下まで蜘蛛の糸が張られており、一気に奥まで駆け抜けることはできない。
「私どもが先行します」
ロブたち騎士を先頭にして一本道を進んでいく。
蜘蛛の糸は用意してきた木製のへらや棒で押し開きながら進んだ。
待ち伏せしていた大蜘蛛が襲いかかってきたが、数が少なければそれほどの脅威ではない。騎士は剣や槍で危なげなく倒していく。
しばらく道を進んでいくと、岩場の中にぽっかりと空いた広い場所に出た。
周囲には数本の木が生えていたが、蜘蛛の糸が幾重にも巻きつき、根本のわずかな部分しか見えない。
「ロナウド様、あれを!」
グラシオラの指先には蜘蛛の糸の中でうごめく巨大な影があった。
その影は木の下にぼとりと落ちると、太くて長い前足をかかげてロナウドたちを威嚇する。
「キシャャャー!」
その鳴き声は金属をこすり合わせような不快な響きだった。
「あれが大蜘蛛の女王か」
体の大きさは通常種の三倍はある。見上げるほどの高さだ。
真っ黒な体毛に覆われ、顔には赤い目がいくつも光っている。
硬そうなアゴからはヨダレが垂れており、今すぐにでも侵入者を噛み砕きたい様子だった。
ロナウドが皆の前に出て女王との戦闘に集中しようとすると、周辺の岩壁から複数の魔力を感じた。
「ロナウド様、これは!」
ミレイもそのことに気づいて声をあげる。
「周囲の壁に気をつけろ! 魔力反応があるぞ」
グラシオラが叫んだ。
岩壁が数箇所でくずれていき、そこから土色の人形が立ち上がった。
その数は十体。一体の大きさは二メートルといったところだ。
「ゴーレムの伏兵か」
ロナウドは新たな敵の出現に険しい表情でつぶやいた。




